49.人族の侵攻
人族がタイオワ連合に因縁をつけてきた翌日、さっそく植民地に動きがあった。
「偵察班から伝霊が入りました。予想どおり、人族の軍が植民地を出発したそうです」
「やっぱりな。すでに交渉する気がないのを、隠す気もないみたいだな」
「まったく、恥知らずな奴らじゃ」
作戦室に集められた者が報告を聞き、ため息を漏らす。
そんな中で狼人のクワイガが、報告者に尋ねた。
「敵の規模は?」
「およそ5百人とのことです」
「前回の倍以上ではないか。こちらも戦力を集めねばならんな」
「そうじゃな。しかし連中がここまで来るのに、おそらく5日。こちらは百人は3日で集まるとしても、残りは間に合わんぞ」
「俺たちが持ちこたえていれば、駆けつけてくれますよ。それにその後の反撃もあります。ダイカツを除く村へ、大至急、伝霊を送りましょう」
ザンデに近いフメイ、トゥクク、チクリからは、3日以内に戦士が駆けつける予定だが、それ以外では6日以上、キトリに至っては10日は掛かる見込みだ。
しかしかつてない人族の攻勢に対抗するため、全ての集落に戦士の召集が掛けられることになった。
ただし、ダイカツだけは生産活動に専念するため、除外される形になる。
現在、ザンデには2百人の戦士が詰めているので、全て集まれば優に5百人を超えるだろう。
さらに訓練の不十分な予備兵が百人ほどいるが、これはあまり期待できない。
ただし、味方の戦力はそれだけではない。
すでにザンデには各種の精霊術師が50人ほど詰めており、その中には中位精霊持ちの武明とオルジーも含まれる。
ポワカを含む他の術師も駆けつけることを考えると、さらに30人は増えるだろう。
それだけの戦力を揃え、さらに防御設備によって戦えば、十分に対抗できると考えていた。
「しかし5百人とは大軍だ。少しでも戦力を削るためには、後方攪乱もやるべきではないか?」
「いや、下手にそれをやって、引き返されても困ります。できれば一気に引き寄せて、殲滅したいですからね」
一応、植民地付近にいる諜報班には、後方攪乱の準備もさせていた。
植民地に火を放つとか、敵の補給線を寸断するなどの作戦だ。
しかし5百程度の軍ならば、おびき寄せて撃退した方がよい。
「ならば全て、予定どおりということか?」
「そうですね。敵を砦に引きつけて、損耗を図ります。敵の動きは俺が空から監視するので、予想外の攻撃も防げるでしょう」
「うむ、そうだな。それでは我らは、迎撃の準備をするか」
「ええ、頼みます。俺はちょっと、ヒエンに乗って様子を見てきますよ。ニケも行こう」
「はいでしゅ」
「気をつけてな」
状況を確認できたところで、武明は偵察に出ることにした。
村の外に待機させていたヒエンの所へ行くと、村の子供たちに囲まれていた。
当初はひどく恐れられたヒエンも、今では子供たちの人気者だ。
元々、気性がおとなしく、知能も高いヒエンは、人を襲うこともなく、のんびりと昼寝をしていた。
武明とニケが近づくと、子供たちに話しかけられる。
「あ、ぎちょう、どっかいくのか?」
「ああ、ちょっと偵察にな。すぐに飛ぶから、みんな離れてくれ。ヒエン、敵を偵察したいから、少し乗せてくれるか?」
「グル~!」
「ああ、頼むぞ」
武明は手際よく鞍をヒエンに着けると、ニケと共に騎乗した。
そしてヒエンがバサリと翼を広げ、ほとんど羽ばたくこともなく浮かび上がると、子供たちから歓声が上がる。
ヒエンはフランの力を借りて、まるでヘリコプターのように舞い上がっていた。
元々、自力でも飛べたヒエンが、風魔法の補助を受けることで、その機動性が格段に上がっている。
翼長10メートルを超えるワイバーンが、自由自在に空を舞う姿は、一種幻想的なものがあった。
武明は子供たちに見送られながら、みるみるうちに高度を上げ、植民地へ進路を向ける。
千メートル以上の高空を、時速百キロメートルほどで飛びながら、ニケは鼻歌を歌いながらキョロキョロと地上を見回していた。
傍から見れば遊んでいるようだが、こんな時でも彼女の探知能力は健在だ。
やがてニケは何かを見つけると、小さな手でそれを指差した。
「タケしゃま、なにかいるでしゅ」
「お、さすがはニケ。目がいいな。人族の軍隊かな?」
「いっぱいいるから、たぶんしょうでしゅ」
はるか下方に、人の群れが見えた。
高度を取っているので、ゴマ粒のように小さいが、数百人はいそうなそれは、イスパノの軍隊であろう。
武明はヒエンを操って、静かに高度を下げた。
風そのものを操ることにより、ヒエンはほとんど音を立てずに飛べる。
さらにヒエンの体色は空の色に似ているので、下から見られても気づかれにくかった。
静かに軍隊の後方に付けると、武明はその様子を観察する。
「たしかに5百ぐらいはいそうだな。それにしても、これだけの軍隊、動かすだけでもひと苦労だろうに」
「はいでしゅ」
戦闘部隊の後ろに、多数の馬を連れた補給部隊が見えた。
道が悪いので馬車などは使えず、馬に荷物をくくりつけている。
当然、それだけでは足りないので、戦闘部隊も大荷物を背負っていた。
「この様子じゃあ、長期戦は無理だろうな。まあ、こっちも長びかせるつもりもないけど」
「タケしゃま、あれ、なんでしゅか?」
「ん、どれだ?」
「あれでしゅ」
ニケの指差す方向を見ると、変わった荷物を運ぶ隊列があった。
その荷物とは、長さ150センチ、直径20センチほどの黒い円筒だった。
よほど重いのか、2頭の馬で1本を運んでおり、それが5つほど見えた。
「あれは……大砲か?」
「たいほうって、なんでしゅ?」
「ん~と、大きな鉛玉を飛ばす武器さ。銃を大きくしたような奴だ」
「おおきいと、つよいでしゅか?」
「ああ、やり方によるけど、強いだろうな。砦や防壁だって、壊れるかもしれない」
「ふわ~、こわいでしゅ」
武明はそれを見た時、敵を侮っていたことを悟った。
タイオワ連合が守りを固めていることを察知した人族は、早くも大砲らしき兵器を投入してきたのだ。
まだその威力は分からないが、砦や防壁の防御力も、過信できないかもしれない。
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武明は強い危機感を持って、ザンデへ帰還すると、関係者を集めた。
「タケアキ殿、偵察の結果はいかがでしたかな?」
「情報どおり、5百ほどの軍隊を確認しました。しかもその中に、新たな敵の兵器らしき物が見えました」
「新たな兵器とは?」
「たぶん大砲ってやつですね。これぐらい大きな鉛玉を、撃ちだすんですよ。ひょっとしたら、砦や防壁も壊されるかもしれません」
「なんと、砦を破壊するとは、恐ろしい武器ですな」
「ええ、なのでそれに備えて、作戦を少し変えます」
「まったく、敵も決して侮れませんな」
ザンデに人族の魔の手が、刻々と迫っていた。