4.逃避行
武明がオルジーからこの世界のことを教えてもらっているうちに、戦士団が洞窟へ戻ってきた。
なんとか敵は撃退できたようだが、それなりに激戦だったらしく、戦士の半分ほどが負傷している。
そのため戦士団の長が武明に歩み寄り、少し遠慮がちに治療を依頼してきた。
「悪いが、治療をしてもらえないだろうか? このままでは移動もままならない」
「それはいいけど、さっきほど上手くできるかは、分からないぜ」
「少しでも楽になるならいい。よろしく頼む」
「ああ、分かった……ところであんた、名前は?」
武明は相手の名前を知らないことを思いだし、聞いてみた。
すると男も名乗っていなかったことに思い至り、バツが悪そうに答える。
「うむ、そうだったな。俺の名はカレタカ。アクダの村で、戦士団をまとめている」
「そうか。改めて俺の名はタケアキ。さっきの騒動は残念だったが、こちらに敵対する意思はない」
「……うむ、こちらこそ部下が失礼をした。後で詫びを入れさせよう」
「別にいいけどな」
一応の和解を見て、武明は男たちの手当てを始めようとする。
しかしケガ人に近寄ると、男たちからにらまれた。
いくら彼がこの世界の者でないと言われても、人族への嫌悪感は拭い去れないのだ。
武明は内心ため息をつきながらも、手近な男を捕まえてケガを確認する。
「なんだ、この傷。まるで銃で撃たれたみたいだ。この世界にも銃があるのか?」
そのケガ人は左肩から血を流していたが、それは矢傷ではなかった。
まるで銃創のような傷を見て、武明はこの世界に銃の存在を疑う。
すると痛みにうめく男に代わり、カレタカが教えてくれた。
「それは人族の精霊武器にやられたのだ。長い鉄の棒に風精霊を封じたようなもので、棒の先から鉛の塊が飛んでくる代物だ」
「へ~、精霊を利用した鉄砲ってとこか」
「てっぽう?」
「また後で説明するよ」
武明はミズキを召喚すると、ケガ人の傷を指し示す。
するとミズキが、”治すの?”という顔で見上げてきたので、うなずいて治療を促した。
ミズキが患部に手を当て、魔力が流れ始めるのを感じると、武明は治療の仕方をイメージしてみた。
それは肩に食い込んだ鉛玉を追い出し、血管や筋肉を修復して、皮膚を再生するイメージだ。
さすがに自分の体ほど上手く治せなかったが、それまで苦痛に呻いていた男がひと息つけるほどにはなる。
戸惑いがちに礼を言う男を後に残し、武明は次々とケガ人を治療していった。
おかげでそれまで親の仇のように見られていた視線が、だいぶ柔らかくなる。
やがて何やら動き回っていたカレタカが、武明の横に戻ってくる。
「仲間の治療、感謝する。タケアキ殿は、稀代の治癒師のようだ」
「とんでもない。こんなことしたの、生まれて初めてだよ。ところで、これからどうするんだ?」
「うむ、そのことだがな、このまま同族の住む村へ移動しようと思う」
「そんなっ! 村はどうするんですか?」
カレタカの言葉を聞きつけた若者が、会話に割り込む。
しかしカレタカは難しい顔で、事情を語った。
「ヤツィの偵察によれば、人族はまだ村に居座っているらしい。人数も百人近くいるので、とても我らの手に負える相手ではない。ここは同族を頼って落ち延び、再起を図ろうと思う」
「それはいつになるのですか?! 敵に捕まった同胞もいるでしょう!」
「分かっておる。しかしせめてここにいる者だけでも、安全なところへ逃がさねばならんのだ」
「しかし我らの村が、同胞が……」
ここにいるのは女子供が20人ほどと、合流した戦士団が10人だけだ。
この戦力で敵に対抗するのは到底不可能であり、避難を優先するのは当然だ。
しかし生まれ育った土地を見捨てるのに、反対する声も多い。
それでもカレタカとオルジーの説得によって、避難は決定事項となり、やがて出発の準備が整った。
当然ながら武明も、彼らと行動を共にすることになる。
移動しながらも武明は、この世界のことを学び続けた。
元々この大陸に住む者は、妖精を祖先としているらしい。
それはオルジーらのような獣の特徴を持つ獣人種であったり、エルフ、ドワーフ、ハーフリングのような妖精種もいる。
なんで地球のファンタジーの住人がいるのか、とは思ったが、おそらくそれに近い人種として、脳内で勝手に変換されているのであろうと、武明は当たりを付ける。
そして彼ら先住民は、それなりに争いながらも比較的平和に暮らしてきた。
効率の良い狩場などを強い種族が独占することはあれど、それなりに棲み分けがなされ、共存してきたそうだ。
しかしそこに割り込んできたのが、人族だ。
彼らは遥か東の大陸から来航し、沿岸地域に住み着いた。
先住民は比較的平和に対応しようとしたが、いつの頃からか未知の疫病が流行り、いくつもの集落が弱体化した。
その弱ったところに人族は圧力を掛け、徐々に支配地を広げているらしい。
しかし、ある程度の規模を持った集落には治癒術師がおり、未知の疫病にも耐えている。
そのような集落は、どうしても人族と対立してしまう。
それは人口の増えた人族が、何かといちゃもんをつけてくるようになったからだ。
今回の襲撃も、そんな人族の言いがかりで始まったらしい。
アクダの村も人族と交易をしており、それなりの関係は保っていた。
しかし最近、村の近くで人族の交易人が死んだということで、犯人の差し出しと損害賠償を要求してきた。
それを聞いた村の若者が暴走して人族の使者を殺すと、人族は大規模な軍を派遣し、アクダを蹂躙したのだ。
間の悪いことに、主戦力であるカレタカらは狩りの遠征で留守にしており、ほとんど抵抗もできなかったそうだ。
なんとかオルジーら少数を逃がせただけで、その多くが殺されたり、捕らえられたりしているという。
そんな話を聞いていた武明が、ポツリとつぶやく。
「なんだか、インディアンの歴史に似てるな」
「いんでぃあん、とはなんですか?」
「俺の世界で迫害された先住民さ。アメリカ大陸ってところに住んでたんだけど、ヨーロッパっていう文明の進んだ地域から白人が移ってきてね。そいつらにいつの間にか国を造られて、どんどん土地を奪われ、追われていった。今でもその子孫は生き残ってるけど、アメリカはすっかり白人の国になっちまった」
「そうなのですか。どこの世にも、似たような話があるのですね」
オルジーが寂しそうにつぶやくのを、カレタカが聞きとがめた。
「ちょっと待て。タケアキ殿は、我らもそうなると言いたいのか?」
「このままバラバラに戦っていたら、そうなるだろうな。それとも、種族を越えてまとまる動きでもあるのか?」
「いや、たしかにそれはないが、内地には我らよりも強い部族が多くいる。彼らの協力を得れば、人族など簡単に撃退できるだろう」
「あ~、無理無理。先住民がひとつにまとまれない限り、各個撃破で切り崩されるのが落ちさ。人間の欲望には、際限がないからな」
「ムッ……我らの強さを見たこともないくせに、決めつけないでもらいたいな」
「……ああ、そうだな。知ったような口を聞いて悪かった」
カレタカに諫められ、あっさりと前言をひるがえした武明だが、内心はそう思っていなかった。
地球のインディアンだって、さんざん抵抗したのだ。
しかし狡猾な白人は、インディアンの諸部族を分断し、内部対立をあおった。
もちろんインディアンの中に団結の動きがなかったわけではないが、合衆国を打ち立てた白人に打ち勝つことは、とうとうできなかった。
新大陸を神に与えられたフロンティアと信じてやまない、白人どもの図々しさに負けたのだ。
この大陸もいずれ、似たような歴史をたどるだろう、と考えていた。
はたして自分は、そんな連中と運命を共にしなければならないのか?
その前に元の世界へ戻ることはできないのか?
武明はまるで他人事のように、そんなことを考えていた。