46.里帰り
ワイバーンのヒエンを手に入れた武明は、その背に乗って空を飛んだ。
初めて上から見るタイオワの大地は、とても美しかった。
「この大地は美しいな、ニケ」
「はいでしゅ。しぇいれいの、ちから、あふれてましゅ」
「ああ、そうだな」
元々、先住民しかいなかったこの地には、緑があふれていて、動物も豊かだ。
そしてそれを地味に底上げしているのが精霊であり、大地にあふれる魔素なのだ。
そんな、自分たちが住む場所がどんなところなのかを、武明は空から見て回った。
「ほら、あれがたぶん、トゥククだ」
「ほえ~、よく、わかりましゅね」
「まあ、なんとなくな。前から、この辺の地形を思い描いてたのもある」
「しゃしゅが、タケしゃまでしゅ」
さらに少し飛ぶと、今度はザンデが見えてきた。
武明はそこからヒエンを、東南へ向けた。
するとさして飛ばぬうちに、今までとは異なる集落が目に入ってきた。
「ほら、あれが人族の植民地だ。分かりやすいだろ?」
「しょうでしゅね……なんか、きたないでしゅ」
「汚い、か……まあ、不自然なのは、事実だろうな」
先住民が自然に敬意を払い、それに寄りそう暮らし方であるのに対し、人族は全く異なる。
邪魔な物は全て壊し、使いやすいように作り替えるというのが、人族の流儀なのだ。
そのため人族の営みは自然に調和することがなく、ひどく無様な在り方に見えた。
そんな植民地の姿を心に刻みつけ、武明はヒエンを北へ向けた。
フランの支援を受けたヒエンは快調に飛び続け、出発から2時間足らずでダイカツへ到着する。
しかし、着陸時にまた騒動が巻き起こった。
「ワイバーンだ~! 逃げろ~」
「うわ~」
事前に伝えてあったにもかかわらず、ドワーフたちが混乱していた。
そんな喧騒をよそにヒエンはフワリと着地すると、武明とニケも地面に降り立つ。
すると村人もただの魔獣の襲撃でないことに気がついたのか、ようやく騒ぎが治まりはじめた。
やがて、またもや呼びだされたドラムカが駆け寄ってくる。
「なんだよ、タケアキじゃねえか。驚かせるなよ」
「驚かせるなって、ヒエンについては昨日、さんざん話したじゃないですか?」
「そりゃそうだけどよ、ワイバーンが近づいたら普通、逃げるぜ。タケアキのワイバーンかどうかだってわからねえし」
「まあ、そうかもしれませんね。それじゃあ、改めて紹介します。彼が俺の新しい仲間のヒエンです」
「グルウ」
武明の紹介に応えるように、ヒエンは静かな唸り声を上げる。
その完全に統制された様を見て、他のドワーフたちも集まってきた。
「ははあ。ワイバーンってのは、近くで見ると、こうなってるのか。しかし、普通のやつとは色が違うな」
「そうなんですか? 俺はヒエンしか知らないんで、分からないんですけど」
「ああ、普通のワイバーンは、もっと濃い茶色をしている。こんな白っぽいのは、見たことがねえ」
「あ~、そういうことか……」
ドラムカの言葉を聞いて、武明は合点がいった。
たしかにヒエンの体色は部位によって濃淡もあるが、ちょっと青味が掛かった灰色だ。
おかげで空ではあまり目立たないのだが、どうやらそれは特殊らしい。
「そういうことって、なんのことだ?」
「いや、ヒエンを発見した時、彼は傷だらけだったんですよ。あちこちに引っかかれたり、噛みつかれた痕がありました。たぶん色が違うから、仲間にやられたんじゃないかな、と」
「あ~、その可能性は高いな」
するとニケが悲しそうな顔で、武明に尋ねる。
「ヒエンも、いみご、でしゅか?」
「ん~、似たようなものかな。俺の世界では、白子って呼ばれてるけど」
「しろこ、でしゅか?」
「ああ、人間とか動物でも、たまに色の薄い子が生まれてくるんだ。本当に真っ白な個体もいたりするけど、そういうのは短命なことが多い」
「ヒエン、ながいき できないでしゅか?」
「その可能性はあるけど、こうやって出会ったのも運命だ。俺と契約することで魔力を受けてるから、案外、大丈夫じゃないかな」
「よかったでしゅ」
武明の言葉に胸をなでおろしたニケは、再びヒエンの背によじ登り、彼の首をなではじめた。
それは一方的な仲間意識に基づく行為であったが、ヒエンも心地よさそうな唸り声を上げている。
「なんか共感してるって感じだな」
「ええ、彼女も故郷では苦労したらしいですから」
「なるほど。見た目が違うと、苦労するからな。逆にタケアキに対する忠誠心は強いかもしれんな」
「かもしれませんね。あ、そうだ。ヒエンのために、鞍を作ってもらえませんか? 命綱とかも付けて」
「ん~、そうだな。これからタケアキの足になるんだろうから、作ってやろう。ついでに今度、俺も乗せてくれよ」
「いいですよ。その勇気があるならですけど」
「……脅かすなよ」
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ドラムカの指示で、ヒエン用の鞍は2日で出来てきた。
その日から武明は、連合の村をあちこちと飛び回るようになる。
時にはダイカツで製鉄法の開発をし、時にはチクリで道路工事の相談に乗る。
はたまたある時はザンデで防衛力の強化に励み、さらには狼人の村へも顔を出していた。
「久しぶりに会ったと思ったら、とんでもないものに乗っているな」
「ええ、たまたまケガしたワイバーンに会いましてね。ちゃんとした契約も結んでるので、安全ですよ」
「グル~」
キトリ村の近くにヒエンで降下したら、またまた大騒ぎになった。
そこで戦士長のクワイガを呼びだしてもらい、村長とも面会する。
「長。こちらが以前話した、タケアキ殿だ。今日はわざわざ、ワイバーンに乗って、会いにきたそうだ」
「初めまして。タイオワ連合の議長を務める、タケアキです」
「これはごていねいに。儂がこの村の長の、タイカンじゃ。いつぞやはクワイガたちが、ご迷惑をお掛けしたそうで、申し訳なかったの」
「いえ、今は同じ連合の仲間ですから、お気にせず」
キトリの長タイカンは、大きな男だった。
かなり高齢のようだが、背筋はシャンと伸び、かつての威容を感じさせる。
「それで、今日はどういったご用件で?」
「この村の様子を確認するのと、連合議会へのお誘いですね」
「議会ですと?」
「ええ、近日中に会議を開催するので、代表者を出して欲しいんです。ここは遠いので、俺が迎えに来ますよ」
「ひょっとしてあのワイバーンでか?」
「ええ、それが一番速いですからね」
「ホッホッホ、それならば儂が出席しよう。空を飛ぶ機会など、他に無いからのう」
クワイガたちがうらやましそうにしていたが、タイカンは押し切った。
そんな彼に苦笑しながら、武明は村の状況を尋ねる。
「それで、この村の状況はどうですか? 特に食料事情ですが」
「うむ、おかげさまで改善しておる。毛皮と交換で穀物も入ってきておるし、ムツアシのおかげで、遠くまで狩りに出られるようになったからのう」
「そうですか。ならば当面は、ひと安心ですね」
キトリの連合入りを機に、ハーフリング族が定期的に商隊を出すようになった。
彼らは狼人族が狩った獲物の毛皮と引き換えに、穀物を供給している。
さらに闇使いとムツアシも常駐させ、狼人の狩りを手伝うようにもなっていた。
それで輸送力が増したため、狩りに行ける範囲が広まったのだ。
「うむ……ところで、タケアキ殿の後ろにおるのが、例の?」
「ああ、やっぱり気になりますか? ニケ、出ておいで」
それまで武明の後ろに隠れていたニケを、前に押し出す。
昔の不愉快な事を思いだすのか、彼女は不機嫌そうだった。
別に来なくてもいいとは言ったのだが、武明の護衛だと言ってついてきていた。
「ほお、この子が……たしかに変わった毛色をしておるな。聞けばそのせいで不愉快な思いをしたとか。この村を代表して儂が、ここに謝罪しよう。すまなかったのう」
「べつに、もういいでしゅ」
「そうか……ならば、ここへ戻ってはこんか?」
「いやでしゅ! ニケのいばしょは、タケしゃま、いるところ!」
予想以上に強い反発に、タイカンが悲しそうに眉をひそめた。
そこで武明は、ニケに不満が向かわないよう止めに入る。
「もうそのくらいにしておいてください。今はこうして生活できるんだから、無理に呼び戻す必要もないでしょう」
「……うむ、そうは言っても、不安に思う者も多くてな。できれば戻ってきて欲しいんじゃが」
ニケが精霊の落とし子であることが広まると、キトリ村では論争が巻き起こっていた。
彼女を村から追い出したために、自分たちは精霊にそっぽを向かれたのではないか、という声が上がったのだ。
実際にはそんなこともなかったのだが、民の不安は根強い。
しかし彼らの自己満足のために、ニケを手放すつもりなど、武明にはかけらもなかった。
むしろ、狼人族は勝手に悩んでいればいい、とすら思っていた。
「連合内に留まる限り、あなたたちも精霊の恩恵に与れますよ。今後も一緒に、協力していきましょう」
「……仕方ない。それでよしとするか」
こうしてニケは里帰りを果たしたものの、それは和解には程遠いものだった。
しかし、武明と強い絆で結ばれたニケにとって、それは大したことでないのも、また事実であった。