45.初飛行
武明は狩りの途中で、飛竜のヒエンと契約することになった。
しかしさすがにケガを治したばかりで動かすわけにもいかず、今後の対応を相談する。
「さて、契約したはいいけど、すぐには動かせないよな」
「はいでしゅ」
するとヒエンが、甘えるような声を上げた。
「グルル、グルル」
「え~と……腹が減ったって、言ってる?」
「しょうだと、おもうでしゅ。なにか、えもの、とってくるでしゅ」
「ん~、そうだな。そうするか。ヒエンは少し、待ってろよ」
「グル」
武明とニケはムツアシにまたがると、獲物を探しにいった。
じきにニケの鼻にイノシシが引っかかったので、2人であっさりと仕留める。
それをムツアシにくくりつけ、彼らはヒエンの元へ戻った。
「そら、とりあえずこれでいいだろ?」
「グア~ッ! グルル、グルルッ」
ヒエンの前にイノシシを放りだすと、嬉々としてかぶりついた。
どうやらしばらく食っていなかったようで、ひどく嬉しそうだ。
「凄い食欲だな~。喜んでもらえて何よりだけど」
「はいでしゅ。しょれでタケしゃま、ヒエンで、しょら、とぶでしゅか?」
「う~ん、たぶんな。今日はゆっくり休ませて、明日、試してみるよ。今日はもう帰ろう。ヤクルたちも、心配してるだろうから」
「はいでしゅ」
「それじゃあ、ヒエン、ゆっくり休めよ」
「グルウッ!」
こうして武明はヒエンを残し、ダイカツへ戻った。
するとそこにはハーフリングの助手だけでなく、大勢のドワーフが待ち構えていた。
「おい、タケアキ。無事だったのか?」
「あ、はい。ひょっとして、心配させちゃいました?」
なんとダイカツの長、ドラムカも待ち構えていた。
「当たり前だろうが。魔獣が出たって話だが、なんだったんだ?」
「実は、ワイバーンがケガをしてたので、治療――」
「なんだとっ! ワイバーンって、あのワイバーンか?」
「え、ええ、あのワイバーンです。治療のつ――」
「野郎ども! 男衆に総動員を掛けろ。女子供は家から出すなよ」
「おすっ!」
「これはえらいこった」
「戦闘準備だ~!」
ドワーフたちは武明の言うことも聞かず、勝手に騒いでいる。
このままではまずいと思った武明が、風魔法で爆音を立てた。
――バ~ン!
「ウワッ! タケアキ、何しやがるっ!」
「俺の話を聞けってえの! ワイバーンは俺が治療して、ついでに契約までしてるから、怖がる必要ないからっ!」
そう、ひと息にまくしたてると、ドワーフたちの動きがピタリと止まる。
しかしほとんどの者は、何を言われたのか理解できなかった。
「ちょ、ちょっと待て、タケアキ。今、ワイバーンと契約したって言ったか?」
「ええ、そう言いましたよ」
「お前、何を平然と言ってんだよ……ワイバーンが人に懐くなんて、聞いたことねえぞ。そもそも魔獣との契約って、口約束みたいなもんなんだろ?」
「いえ、今回は違いますよ。ワイバーンが俺の血をなめて、魔力経路がつながったみたいだから、ほとんど精霊契約に近い状態です」
「はあっ! 血をなめたって、襲われたのか?」
「いやいや、違いますって」
それから武明は、先ほど起こったことを、かいつまんでドラムカたちに説明した。
彼はさもなんでもないかのように語ったが、聞いていた人々の口は開きっぱなしだった。
「というわけで、ヒエンって名前を付けて、契約を交わしました。今は飯を食わせて、休ませてます。あれ、どうかしました?」
「……いや、お前さ、おかしいだろう。いろいろと」
「変態だ。変態がいる」
「ドン引きっす……」
ドラムカだけでなく、アッサムやザバルからも、責められた。
武明はちょっと傷つきつつも、自己弁護を試みる。
「いやいや、皆さんは魔獣のことを、誤解してるんですって。中には高い知能を持つやつもいて、そういうのとは分かりあえます。それに今回は、ライガも仲介してくれたから。な?」
「キュ~」
武明が霊獣のライガを引き合いに出すと、ようやくドラムカたちも理解を示した。
「う~ん、そういうこともあるんかのう?」
「考えてみりゃ、タケアキは中位精霊を3体も従えてるんだ。それぐらいやるか」
「さすが、なんすかねえ……」
「なんか、まだ納得できないみたいだけど、事実ですから。とにかくワイバーンが村を襲うことはありませんし、明日になったら連れてきます。その時に慌てないよう、周知しておいてください」
「うむ、そういうことにしとくか……それならみんな、散った散った。解散だ!」
「うい~っす」
「マジかよ。人騒がせな」
ドラムカが解散を命じることで、ようやくドワーフが散っていった。
しかし武明はドラムカの家に連行され、さらなる説明を求められた。
そのまま酒まで付き合わされて、二日酔いになったのは別の話。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌朝、武明はアッサムたちと打ち合わせを済ませると、ヒエンを迎えにいった。
昨日の場所に着くと、ヒエンはおとなしく待っていた。
「グラウッ!」
「おはよう、ヒエン。体はもういいのか?」
「グググググ」
「うん、大丈夫そうだな」
念のためヒエンの体をひととおり調べても、特に異常は見られなかった。
そこで武明はヒエンの目を見ながら、相談を持ちかける。
「さて、ヒエン。俺は空を飛んでみたいんだが、俺たちを乗せて飛べるか?」
「グワウッ、グワウッ!」
「そうか。じゃあ、今から乗せてもらうから、頼むぞ」
ヒエンが嬉しそうに了承したので、武明は荷物からロープを取りだす。
「なに、しゅるでしゅか?」
「ああ、間違って落ちないように、命綱をな。ニケも乗るよな?」
「もちろんでしゅ」
ニケは当然のようにうなずくと、スルスルとヒエンの背中によじ登った。
武明もそれに続くと、自分とニケを命綱で結び、さらにヒエンに縛りつけた。
そしてヒエンに飛ぶよう指示しようとした矢先、フランが現れる。
「フラン、急にどうしたんだ?」
「!!」
「グル~」
彼女がヒエンの首にすがりつくと、ヒエンはバサリと翼を広げた。
すると周囲に風が吹きはじめ、ヒエンはフワリと浮かび上がる。
「これは……フランが風を操っているのか?」
「!!」
「グググ」
「ふわ~、しゅごいでしゅ」
ヒエンはほとんど羽ばたくこともなく、数十メートルも高空へ舞い上がった。
その眼下には、ダイカツとその周辺の山々が広がっている。
それは武明がこの世界で初めて体験する、空の旅だった。