44.ヒエンとの契約
ダイカツの近くで狩りをしていたら、傷ついた飛竜を見つけた。
するとニケとライガたちが揃って、武明にワイバーンを治療しろと言う。
そこで武明は意を決し、慎重にワイバーンに近寄ろうとしたのだが。
「ガーッ、ギュワーッ!」
「おっと。そりゃまあ、警戒するよな」
「でしゅ」
ワイバーンは瀕死の重体でありながら、牙をむいて威嚇してきた。
暴れるたびに血がこぼれ、痛々しさは増すばかりだが、まだ元気はあるようだ。
するとライガとミライがワイバーンに近寄り、甲高い声を上げはじめた。
「キュ~、キュ?」
「キュキュン、キュ~ン」
「……グ、グル?」
首を振りながら鳴くライガたちは、何かを訴えているようだ。
するとワイバーンは毒気を抜かれたのか、ずいぶんとおとなしくなった。
やがてライガが武明の方を向くと、出番だとばかりに首を振った。
「治療を始めろって、言ってるみたいだな……本当に大丈夫なのかね?」
「キュ~、キュキュ」
「はいはい。分かった分かった」
ライガたちに促されるままに、武明はワイバーンへ近づく。
すると魔獣は警戒を見せつつも、先ほどのように牙をむかなかった。
やがて触れられるほどに接近すると、武明は傷の具合を調べはじめる。
ひと言でいえばその傷は、ひどいものだった。
体のあちこちに噛みつかれたり、引っかかれたらしき痕があり、翼の皮膜も所々やぶれている。
さらに着陸の時に折ったのか、後ろ足がおかしな方向を向いていた。
「これはひどいな。何かに襲われて、ここに落ちたのか?」
「そうでしゅ。たぶん、なかまに、こうげき、しゃれたでしゅ」
「ん~……そうか。歯形が似てるし、空飛ぶワイバーンを攻められるのは、同族ぐらいってことか」
「でしゅ」
「グウウッ……」
武明たちが調べている間も、ワイバーンは苦しそうに唸り声を上げていた。
そして目を合わせると、その瞳に何か悲しみのようなものを感じてしまう。
それと同時に確かな知性も感じられることから、武明はワイバーンの治療を決心した。
「よし、治してみるか。ミズキ」
「!!」
ミズキが顕現すると同時に、武明は手近な傷に手を当て、治癒魔法を施した。
まずは血が流れている所を優先に、傷を塞いでいく。
ワイバーンは一瞬、驚いたものの、黙ってされるがままになっていた。
ひととおり傷を塞ぎ、血を止めると、次は骨が折れている方の足を調べる。
「ニケ、今から足を直すけど、最初は痛がるはずだ。こいつが動かないように、説得してくれるか?」
「はいでしゅ」
ニケは当然のようにうなずくと、ワイバーンの頭に近寄って手を当てた。
そして彼女は闇精霊の力を使い、魔獣に話しかける。
”自分たちは味方だから”、”お前を治してやるから”、そんなことを説明すると、ワイバーンの表情が柔らかくなった。
「いまでしゅ、タケしゃま」
「よし」
「ギッ!! ギュワ~ッ! ギュワ~ッ!」
武明が折れた骨を元の位置に戻すと、その痛みでワイバーンが暴れようとする。
しかしここでニケが闇精霊の力を発揮し、一時的にワイバーンの動きを止めた。
「グガガッ、グガッ」
けいれんして動けなくなったワイバーンにホッとすると、武明はすかさず魔法で痛みを緩和しつつ、骨をつなげるイメージを思い描く。
すると患部に淡い光が走り、瞬く間に骨折が修復されていった。
やがて痛みもなくなったのか、ワイバーンが静かになる。
最初は荒い息をついていたのが治まり、やがてその目には安堵の光が浮かぶ。
続いてに武明は、魔獣の翼も治療した。
おそらく仲間の爪や牙で引き裂かれたであろう皮膜に、治癒魔法を掛けると、見る見るうちにそれがつながっていく。
そんな作業が終わる頃には、ワイバーンは武明たちにすっかり懐いていた。
「フウッ、これで終わったかな」
「よかったでしゅ」
「グル~」
「「キュキュ~ン」」
ひととおりの治療を終えて、武明がひと息ついていると、ふいにフランが現れた。
「フラン……どうしたんだ?」
「!!」
フランはフワリと浮かび上がると、ワイバーンの周囲を飛び回り、その体を調べ回る。
ひととおり調べて満足した彼女は、ワイバーンの頭部に手を当ててから、武明を振り返った。
「何をする気だ? フラン」
「!!」
「ん……こいつに、名前を付けろって? つまり、このワイバーンと契約しろってのか?」
「!!」
武明とつながっている魔力経路から、フランの意思がおぼろげに伝わってくる。
その意志は、武明にワイバーンとの契約を勧めていた。
「しかし、ワイバーンと契約なんて、できるのか?」
「たぶん、できましゅ。このこ、タケしゃまに、かんしゃ、してるでしゅ」
「そうは言ってもな」
改めてワイバーンの目をのぞきこむと、そこには知性の光があった。
その目を見つめていると、ある名前が思い浮かび、武明はポツリとそれをつぶやいた。
「飛燕」
「グアッ」
「!!」
ワイバーンがビクンとけいれんするのと同時に、フランは自身の爪で武明の右手の甲を切り裂いた。
「痛っ! 何するんだ、フラン!」
「グル~」
武明が抗議するのも無視して、ワイバーンがケガした右手をベロリとなめる。
すると唐突に、武明にワイバーンの意識が流れ込んできた。
「これは、ライガと同じ……」
「だいじょぶ、でしゅか?」
それはライガと契約した時と同じようであり、さらにひどく荒々しい感覚でもあった。
その異質な感覚に混乱し、額に手を当ててよろめく武明を、ニケが気づかう。
武明はすぐに立ち直り、頭を振って意識を保つと、安心させるように微笑んだ。
「あ、ああ、大丈夫だ。どうやらヒエンと契約できたみたいだ」
「ほんとでしゅか? しゅごいでしゅ、タケしゃま」
「ああ、俺も驚きだよ」
「グルル~」
どうやらヒエンもまんざらではないらしく、満足そうなうなり声を上げる。
するとフランが空を飛び回りながら、何かを訴えてきた。
「!!」
「……え、ヒエンに乗って、空を飛べってのか? ひょっとして、そのために契約を?」
「!!」
「グルルルル」
フランが楽しそうに微笑むと、ヒエンは武明が乗りやすいように膝を折る。
こうして武明はこの世界で、ヒエンという名の翼を手に入れたのであった。