43.ワイバーン
遅まきながら、おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
チクリ村で話を済ませた武明は、再びドワーフの村ダイカツへ向かった。
同行者はニケに加え、ハーフリング族の青年も2人いる。
彼らは闇使いの候補者であり、あわよくば闇精霊を紹介してもらおうと、武明の助手に付けられたのだ。
慣れない者の同行で少しペースは落ちたが、3日ほどでダイカツへ到着した。
すると待ち構えていたアッサムとザバルが、嬉々として武明を捕まえる。
「おう、待ってたぜ、タケアキ」
「いろいろ相談したいことがあるっす」
2人は薄汚れてはいるものの、その顔は実にイキイキとしていた。
何しろドワーフというのは、あらゆるモノ作りに精通していながら、鍛冶仕事をその最上位に置く種族だ。
そのため製鉄量を数十倍に増やそうという武明の構想は、彼らの意欲を何よりも駆り立てるのだ。
「とりあえず高炉ってやつの、試作品を造った。まずは見てくれ」
「え、でもまずは、長にあいさつしないと」
「そんなの後回しだ」
アッサムは武明の手をガシッとつかむと、問答無用で引っぱっていく。
あっけに取られていたニケと助手があわてて後を追えば、村はずれの水車小屋にたどり着く。
さらに小屋の中に入ると、真新しいレンガ造りの炉が目に入った。
「これが耐熱レンガで作った試作炉だ。レンガの方は普通の炉でも使いはじめてて、評判がいいぞ」
「へ~、もうそこまでできてるんですね」
「ああ。お前の助言があったからだけどな」
「いや、俺の言ったことなんて大雑把なものです。それをあっさりと実現しちゃう、皆さんが凄いんですよ」
従来のレン炉も石やレンガを使っていたが、耐熱性が低いので頻繁な補修が必要だった。
それに対し、一度焼いた粘土を粉々に砕き、その粉末を混ぜた粘土でレンガを作ることで、耐熱性が向上していた。
いわゆるシャモットレンガの走りだが、思いのほか役立ったらしい。
「一応、おめえさんの指示を参考に組んでみたんだが、何かおかしな所がねえか、確認してくれ」
「ええ、いいですよ。でも俺も専門家じゃないので、試行錯誤は必要と思いますけどね」
そう言って武明は、試作炉の細部を確認する。
それは原始的なものではあったが、一応、高炉の要件を満たしているように見えた。
武明はアッサムやザバルと意見を交わしつつ、いくつか注文を出す。
その後、村長のドラムカから呼び出しが掛かったので、後を任せて会いにいった。
「おう、来た早々にご苦労だったな」
「ええ、まあ。でも予想以上に早い仕上がりで、感心しました」
「そうかい。それは良かった。普通の製鉄の方もな、順調に増えてるしな」
「さすがですね。生産量はどれくらいですか?」
「今んところは従来の倍って感じだな。さすがに炉だけ増やしても、木炭や鉄鉱石が足りねえ。ようやく食料が入ってきたから、余った労働力を材料生産に当てようとしてるとこだ」
「まあ、そうですよね。だとすると高炉の実験も、あまり急がない方がいいですかね」
「そうだな。多少は気を遣って欲しいところだが、どうせアッサムたちは納得しねえだろう」
そう言ってドラムカが、悩まし気にあごをなでる。
「たしかに……あの状態で控えろって言ったら、何を言うか分かりません」
武明が苦笑すると、ドラムカも笑った。
「まあ、それはこっちで調整するさ。それで、お前さんはこれからどうするんだ?」
「とりあえず、アッサムさんたちの実験に付き合いながら、暇があれば狩りをしようと思ってます。食料は多い方がいいですから」
「おお、そいつは助かるな。ついでにこの辺のクマとか魔獣をまびいてくれると、なおいいな。外での作業が楽になるからな」
「了解です。危ないのを優先して片付けますよ」
「さすがは3属性持ちの大魔法使いさんだ。よろしく頼むぜ」
かくして武明は、しばしダイカツで活動することになった。
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翌日から武明は高炉の実験をしつつ、狩りをして回った。
さすがに最初から実験が上手くいくはずもなく、アッサムたちが改良をしている間はどうしても暇になる。
その間、武明はニケと助手2人を連れて、ダイカツ周辺を探索した。
幸いなことに、ニケという高性能探知機がいるため、狩りの成果は順調だ。
さらには途中で闇精霊も見つけ、助手との契約も済ませていた。
そんな生活が10日も続いた頃、狩りの途中で異変が発生する。
「「キュ~ン、キュキュ~ン」」
「なんだ?」
同行していた雷イタチのライガとミライが、ふいに騒ぎだしたのだ。
彼らは山の中腹辺りをにらみながら、しきりに鳴き声を上げる。
武明がライガの意識を探ってみると、ぼんやりと意図が伝わってきた
「う~ん、何か魔獣がいる、のか?」
「しょうでしゅ。なにか、つよいまじゅう、いるみたいでしゅ」
「強い魔獣、か。そうするとダイカツの住民にも、被害が出るかもしれないな。まずは偵察だけでもやっとくか?」
「はいでしゅ。やばかったら、にげるでしゅ」
「よし。ヤクルとサアムは、ダイカツへ知らせにいってくれ。あんまり俺たちの戻りが遅ければ、捜索隊を出して欲しい」
「分かりました」
武明の指示で、ハーフリングの助手がダイカツへ向かう。
それを見届けた武明も、ムツアシを山の方へ向けた。
ライガの案内でしばし進んでいると、やがてニケから情報がもたらされる。
「このしゃき、なにかいるでしゅ。ちのにおい、しゅる」
「血の臭い?……誰か襲われたのか?」
「たぶん、ちがうでしゅ。ひとのにおい、ない」
「すると魔獣同士で争っているのかな?……おい!」
「キュキュ~ン」
武明が対応を迷っていると、ライガとミライがムツアシから飛び降りた。
そして武明たちを誘うように、首を振る。
「付いてこいって言ってるのか?」
「たぶん、しょうでしゅ」
「なら行くか」
武明がムツアシを動かすと、ライガとミライはそれを導くように走りはじめる。
彼らについて山の中を移動していると、やがて何かの声が聞こえてきた。
「ギュオーッ、ギュオーッ……グフー、グフー」
少し開けた場所にいたのは、ムツアシよりも大きな魔獣だった。
それは灰色の鱗に身を包んだ、爬虫類っぽい存在だ。
頭から尻尾までの長さがおよそ10メートル。
コウモリのような翼も、広げればそれぐらいになるであろう。
しかしそれは全身に傷を負い、血を流していた。
「タケしゃま、あれ、わいばーんでしゅ」
「あれが飛竜か。他には何もいないみたいだな?」
「はいでしゅ。あのわいばーん、しにかけてましゅ。たしゅけましゅか?」
「ん? なんで助けるんだ?」
「わからない。だけど、たしゅけたいでしゅ」
本来、ワイバーンのような魔獣は危険なため、討伐するか近寄らないのが常識だ。
しかしニケは悲しそうな顔で、助けたいと訴える。
するとミライが、それを促すように鳴いた。
「キュ~ン」
「ミライも、たしゅけろ、いってるでしゅ」
「キュンキュン」
「ライガもか? 霊獣の意思なら、信じていいのか……よし、治療するから手伝え、ニケ」
「はいでしゅ」
ニケは嬉しそうに、武明の後に続いた。