42.狼人族の参入
「食料を支援する代わりに、我々を手伝っていただけませんかな?」
北西の平原で遭遇した狼人族に対し、ハムニが提案を持ちかけた。
すると戦士長のクワイガが、戸惑ったように問い返す。
「一体、我々に何を手伝えと言うのだ? 同族でもないのに協力をし合うなど、聞いたこともないが」
「実は我々は今、人族から侵略を受けておるのです」
「その人族とは、なんだ?」
「人族とは、はるか海の向こうから来航した異種族で、獣人種とも妖精種とも異なる者どもです。彼らは技術に優れ、想像もつかないほど多くの人数がおるようですな。そんな種族がはるばる海を越え、この地に住み着きはじめました。そして不思議な武器を使い、我らの土地を奪っておるのです。その勢いは凄まじく、やがてこの地を覆い尽くすやもしれません」
すると狼人たちが、馬鹿にしたように笑った。
「ハハハッ、それはお前らが弱いからだろう。我ら狼人族と敵対すれば、ただでは済まさんぞ」
「おう、そうか、そいつらを追い返すのに、手を貸せと言うんだな? 戦士長、それなら見返りに食料を手に入れましょう」
「ふむ、そういうことか。つまり貴殿は我らに、助勢を望むということだな?」
しかしハムニは首を横に振った。
「いえいえ、そう単純なことではありませんぞ。残念ながら我々も、食料に余裕があるわけではないのです。しかし我らは、このタケアキ殿を旗頭に、種族を越えてタイオワ連合を立ち上げました。もしキトリ村がそれに加わり、共に戦うと言うのであれば、多少の援助はできましょう」
「タイオワ連合? 我らがそれに加わったとして、どうなるのだ?」
その問いに対し、ハムニは今やろうとしていることを説明した。
道を整備して輸送力を強化し、食料の増産に励んでいること。
最前線の村の守りを固め、各集落からも応援を出していること。
そしてドワーフが鉄を増産し、鉄の武器や農具を供給していることなどだ。
しかしそれを聞いたクワイガは、不可解な顔で問う。
「なぜそのような、まだるっこしいことをするのだ? 敵が襲ってきたのなら、さっさと逆襲すればよいではないか?」
「それが簡単にできるほど、弱い相手ではないのです。たしかに我らが戦闘向きでないということもありますが、人族は恐ろしい力を持っております。そのために我らは力を蓄え、これ以上犠牲を増やさないよう、備えておるのです」
「ならば我らが手を貸してやろうではないか。さすればそのような異種族、たちまちのうちに撃退できよう」
「プッ」
クワイガの勇ましい言葉に、武明はわざと失笑を漏らした。
するとクワイガは目をむいて問い質してきた。
「貴様っ! 何がおかしい?!」
「いや、悪い。あんたらが骸をさらしてる場面が、思い浮かんだんでな」
「どういうことだっ!」
「どうもこうも、このまま人族と争えば、たくさんの血が流れるってことさ。別にあんたらの戦闘力を見くびるわけじゃないが、敵は精霊の力を使った武器を持っている。弓矢よりも強力なその武器によって、いくつもの村が滅ぼされてるんだ。多少は敵に損害を与えても、あんたらも大きな損害を被るだろうな」
「そんなこと、やってみなければ分かるまい!」
「「「「そうだ、そうだ!」」」」
狼人どもが熱くなるのを見て、武明はため息をつく。
「はあ……仮にあんたらが仕掛けたとして、それでたくさんの死人を出したら、誰が責任を取るんだ? それとも他種族のために、無償で命を懸けてくれるのか?」
「そんなわけあるかっ!」
「だよな。結局のところ、今、人族を攻めるっていう選択肢はないんだ。だけど、互いに協力して力を蓄えたなら、可能性は出てくる。そうでしょ? ハムニさん」
話を振ると、ハムニがにこやかに後を引き継ぐ。
「ええ、そのとおりです。おそらくキトリ村には、バッファローの毛皮などが蓄えられているでしょうな。まずはそれらと引き換えに、食料をお渡ししましょう。その他にも、農業の指導などもできるかもしれませんな」
「な、誇り高き狼人族に、土いじりをしろと言うのか?!」
すると若い狼人が声を荒げて詰問してきた。
獣人種は全般的に狩りを好むが、平原にいる強種族は特にその傾向が強い。
ハムニはそれを知りつつも、冷静に指摘した。
「別に無理にお勧めはしませんぞ。しかしまずは民を飢えから救うのが、先決でありませんかな?」
「だからと言って我らに――」
「もうよい!…………別に狩りができなくなるわけではないのだ。それに採取活動なら、今までもやってきたではないか。少しばかり土いじりをして腹が膨れるのなら、それもありだろう」
「しかし戦士長!」
「黙っておれ! ここから先は、俺の責任で話を進める。不満は村に帰ってから聞こう……それでハムニ殿、タイオワ連合に加入すれば、援助をいただけるのだな?」
「ええ、内容については、いま少し話し合う必要はありますが」
「それは当然だな。それで、連合に入るにはどうすればよい?」
その問いを受けて、ハムニが武明を見た。
「そうですな、ちょうどここに議長殿がいるので、判断していただきましょう」
「ああ、それなら議長権限で、臨時の加入を認めるよ。正式には議会の承認を取るけど」
「そんな簡単に認めてよいのか?」
「別に全面的に支援するわけでもないからな。それに元々、狼人や虎人、獅子人とはいずれ、話し合うつもりだったんだ。今後、あんたらがその仲立ちになってくれると助かる」
「そうか……ならばよろしく頼む。我らもできることは協力しよう」
「こちらこそ」
武明とクワイガが握手を交わすことで、キトリ村の連合入りが決まった。
その後、細かいことを話し合ってから、狼人族は幾ばくかの食糧を持ち、村へ帰っていった。
彼らの加入は一時的に連合の食料事情に負担を掛けたものの、後の強種族との交渉で重要な役目を果たすことになるのであった。
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狼人族と別れた武明たちは、ムツアシを駆って帰路に就く。
時間が惜しかったので、ムツアシを速く走らせるコツを武明が伝授し、さらに治癒魔法も駆使して先を急いだ。
おかげで1週間は掛かるところを5日に短縮し、彼らはチクリ村へとたどり着いた。
「本当に闇使いを増やしてきおったのう。しかもムツアシが20頭とは、大したものじゃ」
村長のチャルカが、感に堪えぬという表情で武明らを出迎えた。
闇精霊を紹介できるというとんでもない話に、いくらか懐疑的であった彼も、ようやく認識を新たにする。
それと同時に、これほどの恩恵をもたらす武明を敵に回さないよう、心に誓っていた。
「只今戻りました。タケアキ殿とニケ殿のおかげをもって、輸送力の増強は大成功です」
「うむ、これで街道の整備に取りかかれるな。まずはザンデ周辺に人を派遣して、工事を始めよう」
「かしこまりました」
ムツアシとはこの世界において、馬替わりであると同時に、重機の役割も果たす存在だ。
その巨体で岩をどかしたり、木材を運んだりと、土木工事にはとても役立つ。
まずは重要拠点となるザンデに闇使いとムツアシを送り、工事を進めることになった。
「ところで、平原で狼人族と遭遇したんですよ」
「ほう、何かあったかな?」
「ええ、ちょっと絡まれたんで、一旦黙らせてから話をしました」
「ホッホッホ、タケアキ殿にケンカを売るとは、命知らずな奴らじゃ」
「まったく、迷惑な話ですよ。でも話を聞くと、彼らも食料に困ってるようで、突き放せなかったんです」
「ひょっとして、連合に誘ったかな?」
「ええ、言いだしたのはハムニさんだけど、俺も悪くはないと思ったんで。ただし食料供給に負担を掛けるかもしれないんで、仮の状態ですけど」
武明が探るように言うと、長は少し考え込む。
「ふむ……まあ、なんとかなるじゃろう。意外に他の村も、食料を蓄えておったようでな。多少は余裕があるようじゃ」
「よかった。今後のことも考えると、彼らはぜひ味方につけておきたいですからね」
「そのとおりですな。それで長、さっそく狼人の村へ、商隊を送りたいと思いますが、よろしいか? 彼らはバッファローの毛皮を溜め込んでいるので、よい取引きができるでしょう」
「ホッホ、それはよいな。手配は任せよう」
長はにこやかに笑っていたが、ふいに声をひそめて武明に問う。
「ところでタケアキ殿。次に闇精霊を紹介してもらえるのは、いつになるかのう?」
「う~ん、俺はこの後、ダイカツで製鉄を見ないといけないから、しばらく無理ですね」
武明が渋っていると、ハムニから提案があった。
「それならばタケアキ殿、助手を2,3人付けますので、連れていってもらえませんかな? 折りを見て精霊を紹介してもらえるなら、喜んでお手伝いをするでしょう」
「う~ん、まあ、それならいいかな。でも精霊探しが本来の目的じゃないことは、よく言い聞かせてくださいよ」
「それはもちろんです。タケアキ殿についていけば、若者の視野も広まるでしょうから、良いことづくめです」
「うむ、それがよい。タケアキ殿には手間を掛けるが、よろしく頼みますぞ」
「仕方ないですね。それならこっちも、遠慮なくこき使わせてもらいますよ」
「どうぞどうぞ」
秋晴れの空に、彼らの笑い声が響いていた。
今年の更新はこれまでとさせてもらいます。
少し書き溜めるので、来年は1月6日に投稿予定です。
皆さん、よいお年を。