41.ニケの故郷
ムツアシを確保するために西北の平原に赴いた武明たちは、狼人族の集団に因縁を付けられた。
しかし武明が精霊を見せたうえで、ハムニが機転を利かせたため、戦闘は避けられた。
「食料、大丈夫ですか? ハムニさん」
「問題ありませんぞ。タケアキ殿とニケ殿のおかげで、ずいぶん早く目的を達しておりますからな。これぐらいで戦闘を避けられるなら、安いものです」
ここまでに1週間ほど掛かっているが、ハムニはその倍は掛かると覚悟していた。
そのため食料には余裕があり、狼人族のメンツを立てるぐらいの提供は可能だった。
ムツアシに積んでいた食料を降ろし、その半分を渡してやると、狼人族はとても喜んだ。
「本当に、こんなにもらってよいのか?」
「はい、お近づきの印として、お受け取りください。ちなみに貴殿らの村は、なんと言うのですかな?」
「う、うむ。我らはキトリ村の者だ。ここから北に位置する、小さな村だ」
それを聞いたニケの耳がピクリと動いたかと思うと、彼女が武明の後ろに隠れる。
すると、それを見ていた狼人の1人が、彼女に話しかけた。
「おい、お前さっき、ニケって言ってたよな。ひょっとして、アロスとレナの子供か?」
「なんだ、知り合いか? ハキト」
「何言ってんすか、戦士長。うちの村の住人だったんすよ」
「なんだと?!」
思わぬところからニケの話が出たので、武明が彼女に確認する。
「ニケ。父ちゃんと母ちゃんの名前、アロスとレナっていうのか?」
「……そうでしゅ」
ニケは武明の脚にしがみついたまま、ボソリと答えた。
しかしそれは決して嬉しそうな様子でなく、むしろ嫌悪感さえ感じられるほどだ。
ろくな思い出がないことを知っている武明は、それ以上の追及はやめたが、今度は戦士長がトンチンカンなことを言いだした。
「おお、そうだったのか。我らの同胞を、保護してくれていたのだな。ならばその子は、こちらに引き取ろう」
「いやでしゅ! おまえらなんか、どうほうじゃ、ないでしゅ!」
「な……なんだとっ! 無礼ではないか、小娘!」
ニケの強い拒否に、狼人族がいきり立つ。
しかし武明もそんな彼らに対し、冷たく応じた。
「ちょっと待て。ニケを保護したのは事実だが、それはこの子があんたらの村から、逃げだしてきたからだ。ちょっと毛色が違うからって、忌み子と呼んでいじめるような連中に、ニケは渡せないぞ」
「タケしゃま……」
武明の言葉にニケは感動で涙ぐむも、狼人族の方は収まらない。
「きっさま~、それ以上の暴言、許さんぞ!」
「そうだ! 戦士長、こいつらやっぱり、やっちまいましょう」
「殺せ殺せっ!」
とうとう戦士長の制止も聞かず、他の狼人が武器を手にした瞬間、武明が狼人たちの足元へ向けて闇魔法をぶっぱなした。
彼の手から放たれた黒いもやが、地面に当たって弾け、周囲に拡散する。
するとその余波を受けた狼人たちが、次々と顔を青くさせて地面に膝をついた。
武明が放ったのは、恐怖を増幅させる闇の波動だったのだ。
「ぐ、ぐおおっ、何を、何をした?」
他の狼人が肩を抱えて震えている中、戦士長と呼ばれた男だけは前を向き、武明に問いを放つ。
そんな彼らを冷ややかに見つめながら、武明は答えた。
「お前らがあんまり騒々しいから、ちょっと頭を冷やしてやっただけだ。しばらくしたら落ち着くから、安心しろ」
「クッ、タイオワの使者ともあろう者が、卑怯だぞ」
「卑怯? 武力で俺たちを脅そうとした奴らが、何言ってんだ。ぶち殺すぞ、お前ら」
いつになく攻撃的な武明を見て、ハムニが止めに入る。
「タケアキ殿。少し気をお静めくだされ。いたずらに彼らと敵対するのは、得策ではありませんぞ」
「ッ!……ええ、そうですね。ちょっと熱くなりすぎました。フ~ッ……フ~ッ……」
武明は数回、深呼吸をしてから、改めて狼人族に声を掛けた。
「おい、あんたら。お互いカッカするのは、腹が減ってるからだ。飯でも食いながら、冷静に話をしようじゃないか」
「……よかろう。我らも熱くなりすぎたようだ。ここは仕切り直そうではないか」
「よし。それじゃあ、みんな。ちょっと昼飯には早いけど、汁物でも作ろうか」
「「「「は~い」」」」
武明の号令に従って、ハーフリング族が食事の準備を始める。
と言っても、鍋に水と穀物、野菜、肉、塩などを入れて、少し煮込むだけの簡単なものだ。
それでも火が通ってくると、美味しそうな匂いが立ちこめる。
すると狼人たちの表情が、明らかに緩みはじめる。
よく見れば彼らの多くがやせ細っており、あまり食料事情はよくなさそうだ。
やがて皆で鍋を囲み、少ない器を使い回しながら、食事を取った。
「うむ、美味いな。久しぶりにまともな飯を、食ったような気がする」
「そんなにおたくの食料事情は悪いのか?」
クワイガという戦士長がしみじみ言うのを見て、武明が尋ねた。
するとクワイガが、恥ずかしそうに答える。
「……うむ、実はこの秋になった頃から、獲物が減っていてな。これから冬になることも考えて、食う量を絞っているのだ」
「ふ~ん……ひょっとして、あんたらがニケを放り出した報いかもしれないな」
「獲物の話に、なぜその子供が関わる?」
武明が思いつきを口にすると、クワイガが不思議そうに問い返した。
「別に俺も確信があるわけじゃないけど、この子は希少種とも呼ばれる、精霊の落とし子だ。実際にニケを連れていると精霊によく会うし、彼女は魔獣にも好かれる。そんな彼女のいる所には、精霊が集まってきて、実りが豊かになるんじゃないかと思ったんだ」
「……信じられんな。そもそもさっきから言ってる精霊の落とし子とか希少種とは、なんのことだ?」
武明の言うことが理解できないクワイガが、さらに問い質す。
しかし武明はそんな声を聞き流しながら、ニケの頭を撫でた。
するとニケは嬉しそうにすり寄って、彼に甘えていた。
「これはとある魔女殿の受け売りだが、あんたら獣人種には時折、とんでもない能力を持った子が生まれるそうだ。しかしそんな子は、体がいびつだったり、毛色が違ったりするもんだから、忌避されることが多いらしい。そういう特殊な子供のことを、希少種とか精霊の落とし子って呼ぶんだ」
「まさか……そんな話、聞いたことがないぞ」
ひどく驚くクワイガを見て、ハムニが推測を口にした。
「失礼ながら、狼人族は頑強な肉体を持つがゆえに、精霊術には明るくないのでしょう。その点、我らのような弱小種族は精霊術に頼らざるを得ません。その関係で精霊の落とし子のような伝承が、多く残っているのではないですかな」
「むう、そうだったのか…………もしそれが本当なら、ぜひともその子を連れて帰りたいのだが」
「それはダメだ」
「いやでしゅ」
クワイガの虫のいい願いを、武明とニケはそれぞれひと言で切って捨てた。
恨めしい顔をするクワイガに、武明は訳を教える。
「この子は両親が死んでから、ひどく村人にいじめられたそうだ。あまりにひどいんで、命の危険を感じて村を出てさまよっていたところを、俺と出会った。すでに家族同然の俺からすれば、とても彼女を渡すことはできない」
「ならば、これからは我らも、彼女を大事に扱うと誓おう」
「……別にあんたが信じられないとは言わないが、他の人は違うだろう? どうせ陰でいじめられるだろうから、やはり無理だな」
「そんな……ならば我らは、どうすればいいのだ? このままでは飢え死にする者も、出るかもしれない……」
ひどく落胆するクワイガと共に、他の狼人もうなだれている。
そんな彼らを見て、武明も少し同情心が湧く。
そこでハムニに視線を向けると、彼がうなずきを返した。
「それについては少々、提案があります。食料を支援する代わりに、我々を手伝っていただけませんかな?」