40.狼人族との遭遇
武明とハーフリング族は輸送力増強のため、闇使いと6脚馬を増やしにきていた。
無事に闇使いの増強を済ませた後、ムツアシの生息する西北の平原に来たのだが、そこでニケがあっさりと群れを従えてしまう。
それは精霊の落とし子が、精霊だけでなく魔獣をも惹きつけるがゆえの離れ業だった。
さらに闇精霊を介して意思疎通ができるニケは、天性の魔獣使いに変身していたのだ。
「それでは、契約を交わしてくだされ」
「う~い」
「やりま~す」
ニケが確保した5頭のムツアシに、それぞれ1人の闇使いが付いて、契約を交わす。
契約といっても、”お前の世話は俺がするから、仕事してくれよな”ぐらいの意思確認に過ぎず、永続的なものでもない。
ただしこれをしておかないと、ムツアシが勝手にどこかへ行ってしまうので、仕事をする前に交わしたりする。
これによってムツアシは荷役をこなすのと引き換えに、契約者から世話を受けるようになる。
具体的には食料の世話とか、ノミ取りやマッサージ、さらには安全なねぐらの提供などだ。
幸いにもムツアシは草食で、あまりぜいたくも言わないので、手間は掛からない。
それでも機嫌を損ねれば逃げられるので、それなりに気を配っておく必要はある。
その後も平原を探索していくつかの群れを見つけ、とうとう20頭のムツアシを確保した。
今回の増強はこれで十分と見た一行は、翌日に帰還するため平原でひと晩を明かす。
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しかし翌日になって移動を開始した彼らの前に、見知らぬ一団が現れた。
「なにか、ちかづいて、くるでしゅ」
「ん? ほんとだ」
遠くから砂煙が近づいてくるのを見て、一行は警戒を強める。
すると砂煙は20人ほどの人影となり、10メートルほどの距離を置いて停止した。
「……」
無言で武明らを威嚇してきたのは、狼人族の集団だった。
めいめいに武装した男たちが、殺気だった雰囲気でにらみつけてくる。
しかしそんな雰囲気にも臆せず、ハムニが前に出て問いかけた。
「我らはチクリ村の者ですが、何か御用ですかな?」
「フフン、我らの縄張りに無断で入り込んでおいて、何用とはごあいさつだな!」
「なんと、この辺が貴殿らの縄張りになっていたとは、知りませんでしたな。しかし見たとおり、我々はただムツアシを確保しにきただけのこと。貴殿らのご迷惑になるとは思えませんが?」
ハムニの記憶によれば、この辺は大した獲物もいない空白地帯のはずだった。
さらにムツアシは人を襲わず、それでいて手強い魔獣なので、獣人種の狩りの対象にはならない。
それらの事から、ハムニは安心してムツアシを集めていたのだが、目の前の狼人族はそう考えていないようだ。
「いくらムツアシだろうと、我らの縄張り内にあるなら我らのものだ。それを持ちだそうと言うなら、それなりの対価を置いてゆけ」
先頭の男が傲然と言い放つと、周りの狼人が”そうだそうだ”とはやしたてる。
それを聞いたハムニが、少し困った顔で応じた。
「それは困りましたな。仮に対価を払うとして、いかほどをお望みで?」
「フンッ、そうだな。ムツアシが27頭なら、27人分の食料1ヶ月分、といったところか」
「なんと! それは法外ですぞ。そもそも7頭は我々のものだったのですから、対象は20頭のはずです」
「そんなこと、証明できんだろうに。仮にそうだとしても、元々は我らのものだ」
「そうだそうだ~! ゲヒヒヒヒ」
狼人たちは法外な要求を突きつけながら、下品に笑っている。
ハムニとしては、武明を擁する味方が負けるとは思わないが、なんとか穏便に済ませられないかと思案していた。
「残念ながら、それほどの食料は持ち合わせておりません。多少の食料をお渡ししますので、それで勘弁してもらえませんかな?」
「ハッ、ふざけるんじゃない。俺たちの物を盗もうとしたのを、見逃してやろうというのだ……しかしそうだな。食料の持ち合わせがないなら、闇使い2人と、ムツアシを10頭ほど置いていけ」
「なっ、それこそとんでもない。仲間を渡すことなど、できませぬぞ」
「ほう……では血を見ることになるが?」
先頭の男が腰から剣を抜くと、周りの狼人も槍やナイフを見せつけた。
ただし鉄の武器はわずかで、残りは石器ばかりだった。
その様子からハムニは、敵が強い集団ではなく、むしろ中央平原からはじき出された種族だと推測した。
ハムニはため息をつきながら、武明に相談する。
「タケアキ殿、残念ながら話し合いでは決着がつきそうにありませぬ。どうしたものでしょうかな?」
「う~ん。どうやら相手の狙いは、端から闇使いとムツアシだったみたいですね。もう一度だけ交渉して、ダメなら戦うしかないでしょう」
それまで黙って様子を見ていた武明が、騎乗しているムツアシを前に出す。
「俺の名はタケアキ。星呼びの儀式によって呼びだされた、タイオワの使者だ。この俺に免じて、ここは退いてもらえないだろうか?」
「……貴様、何者だ? ハーフリングではないし、エルフとも違うな」
「だからタイオワの使者だって。種族的には人族になるけど」
「人族? いずれにしろタイオワの使者を騙るなど、不届き千万。それ以上、口を開けば、痛い目を見るぞ!」
男が武明に向けて剣を突きだすと、ニケがムツアシの上で立ち上がった。
「たけしゃま、うしょつかない! ほんとうに、タイオワのししゃでしゅ!」
「なんだと、クソガキ……む、よく見れば同族ではないか? しかし奇怪な毛色をしているな……そうかお前、忌み子か?」
「ちがいましゅ。ニケは、しぇいれいの、おとしご、でしゅ」
久しぶりに投げ掛けられた蔑称にも、ニケはひるまない。
武明という理解者を得た彼女にとって、そんなものは何の意味もないからだ。
ニケは憤然と足を踏ん張り、背中に吊るしたナタを引き抜いた。
「ほこりたかき、ろうじんが、しぇこいこと、しゅんなでしゅ!」
「クッ、ガキがえらそうに。どうやら痛い目に――」
「ミズキ、マヤ、フラン!」
狼人の言葉を最後まで言わせず、武明は精霊を召喚した。
すると彼の周りに3人の少女が顕現し、その正体に気づいた狼人たちの顔がこわばる。
「ちゅ、中位精霊だと! しかも3体!」
「おいおい、あり得ねえだろう。エルフにだって、そんな奴いね~っつうの」
「じゃああれは、なんなんだよ?」
盛大に動揺する狼人族を横目に、武明がムツアシの上から飛び降りる。
するとニケも即座にそれに続き、武明を守るように陣取った。
彼女はナタを前に突き出すと、鼻の上にしわを寄せて敵を威嚇する。
「見たとおり、俺は3体の中位精霊と契約している。これでも俺が、タイオワの使者じゃないって言えるか?」
「グウッ……別に複数の精霊と契約しているからといって、タイオワの使者である証拠にはならん」
なおも強がる狼人に、武明は呆れたように返す。
「まだ分かんないかなぁ。3体も契約できてる時点で、この世界にどれだけ愛されているのかって。そんな存在、タイオワの使者以外に考えられないだろう?」
「クッ……」
しかし狼人はまだ戦闘態勢を解かない。
どうしたものかと迷っていると、ハムニもムツアシを降りてきて、助け舟を出した。
「まあまあ、何もわざわざ戦う必要もないでしょう。ここはお近づきの印に、手持ちの食料をお分けするということで、いかがですかな?」
「う、うむ、そうだな。仮にも中位精霊を従える者と、争うこともない。今回は彼の顔に免じて、手持ちの分で勘弁してやろう」
「それはどうも、ありがとうございます。荷物を降ろすので、少々お待ちいただけますかな」
引っ込みがつかなかった狼人に名分を与えたことで、この場での戦闘は避けられた。
しかしせっかくなので、今後のために情報を引きだそうと、ハムニは考えていた。