3.暴発
ヤツィの連絡で、洞窟に人族の追手が迫っていることが判明する。
いきなりそれを撃退しろと言われて焦る武明だったが、仲間の戦士団が駆けつけるということで、とりあえず胸をなで下ろす。
みんなで洞窟の外へ出ると、ちょうど兎人族の戦士たちと遭遇した。
「おじ様」
「ヤツィ。オルジーも無事だったか?」
ヤツィの呼びかけに応じ、ひと際体格のいい男が進みでた。
おじ様と呼ばれる男は、壮年の兎人男性で、苦み走ったいい男だった。
粗末な衣服に、胸当てと剣、そして弓矢を装備している。
「はい、おじ様。でも、おばば様が星呼びの儀式で、亡くなられたそうです」
「なんだと!……星呼びの、儀式を……それで、儀式は成功したのか?」
「ええ、召喚自体は成功したらしいのですが……」
ヤツィが口ごもって後ろを見たので、武明は無造作に進みでる。
しかしそれを見た男たちは予想以上に動揺し、さらに1人の若者が、事情も聞かずに暴発した。
「おのれ、人族めっ!」
若者は即座に弓を構え、武明に向かって矢を放った。
「ちょ、ま――グアッ!」
武明が無意識に上げた左手に、矢が突き刺さる。
それは下手をすれば心臓に命中しかねない一撃で、武明はかろうじてそれを避けることができた。
それを見たオルジーが、即座に止めに入る。
「ま、待ってください。この方は星呼びの儀式で呼びだされた、救世主様なのです」
それを聞いた戦士団がまた動揺している横で、先ほど矢を放った男が、血をまき散らしながら吹っ飛んだ。
「グハッ!」
「なんだ、あれは?」
「まさか、精霊、様?」
「しかも中位精霊ではないか? 一体、誰の……」
皆が注目するその先には、武明を守るように立つミズキがいた。
彼女は武明への攻撃に激怒し、その男へ水属性の攻撃を放ったのだ。
とりあえず矢を向ける者が他にいないことを確認したミズキは、武明にすがりついて何かを訴えはじめる。
「な、んだ、ミズキ。何がしたい? くそっ、いてぇ」
「……!」
ひどい痛みに苛まれながら、武明はミズキの意図をくみ取ろうとする。
とりあえず目線を合わせようと彼がしゃがむと、ミズキが左手のケガに手を触れた。
その途端、患部がポウッと光り、痛みが急速に薄れる。
「……なんだ、痛みがひいたぞ」
不思議そうな顔で武明が説明を求めると、オルジーが教えてくれた。
「水精霊には、ケガを治す能力があります。その矢を抜いて治療を施せば、じきによくなるでしょう」
「そうか。それなら、すぐに頼むよ」
「はい、ただちに」
しかし、素直に治療をしようとしたオルジーを、その叔父が制止する。
「待て、オルジー。そいつは同胞を害したのだぞ!」
「いいえ、カルンガは精霊様の怒りに触れました。なんの確認もせずに矢を射た、彼の責任です」
「しかしだからと言って――」
「いつからおじ様は、精霊様よりも偉くなったのですか? 中位精霊を従えるタケアキ様への、これ以上の無礼は許せません。とにかく手当てをさせてください」
「グッ……分かった」
叔父が渋々ながらも引き下がると、オルジーはすぐに手当てを開始する。
彼女は意外に力が強いようで、武明の手に刺さっている矢をあっさりとへし折り、そして引き抜いた。
通常ならば激痛に苦しんだであろうが、幸いにもミズキが痛みを緩和してくれている。
しかし矢を抜き取っても、治療は始まらない。
それどころかミズキは、武明の顔を見て何かを要求しているようだ。
途方に暮れてオルジーに目をやると、また彼女が教えてくれる。
「ミズキに魔力を注いでやってください。傷の治り方をイメージして注ぐと、よりうまく治療できるそうです」
「なるほど……だけど魔力ってもんが、よく分からないんだけどな」
「そうですね……とりあえずミズキに触れながら力を抜けば、良いようにしてくれると思います」
「分かった。やってみる」
武明はミズキの頭に右手を伸ばし、優しく撫でるようにしてみた。
同時に左手の傷を見ながら、それをどう治すのかと考える。
とりあえず引き裂かれた筋繊維、血管、皮膚などの構造を思い浮かべながら、それらが元に戻るよう、願ってみた。
するとミズキはニコリと笑顔を浮かべると、武明の傷に向かい合った。
そして両手を患部に当てて何やら術を行使すると、再び患部が光ると同時に、何かが右手から吸い出される感覚を、武明は覚えた。
これが魔力なのかと、他人事のように思いながら患部を眺めていると、見る見るうちに傷が治りはじめる。
まるで巻き戻し映像を見るように傷が塞がり、その下の組織も元通りになっていくのが、感覚的に分かった。
30秒もしないうちに傷が塞がると、ミズキはホッと息をついてから、誇らしげに胸を張った。
ほぼ痛みのなくなった左手をツルリと撫でると、まるでケガなどなかったかのようだ。
そのお手柄に、武明はミズキの頭をやさしく撫でる。
「ありがとな、ミズキ。もうほとんど治ったよ」
ミズキは少しくすぐったそうにしながら、武明の手にすがりつくように甘える。
そんな心温まる光景を、なぜか周りの者は恐ろしそうに見ていた。
「何? どうかした?」
違和感を感じて尋ねると、オルジーがちょっと恐ろし気に答える。
「……その、タケアキ様の傷の治りが、あまりに速かったものですから、皆とまどっています。普通は傷の表面が塞がるぐらいで、完治にはもっと時間が掛かるんですが……」
「そうなのか? まあ、それはミズキが優秀だってことだろ? なんてったって、中位精霊なんだし」
「そ、そうですね。中位精霊と契約した術師は、めったにいませんから、そういうものなのかも、しれません」
あまり納得できている雰囲気ではなかったが、とりあえずその場は収まった。
そして直面している問題を思いだした男が、次の行動へと移る。
「さすがは儀式によって呼びだされた者、ということか。とりあえずカルンガのことは後回しにして、追手を始末せねばならん。ヤツィ、敵のところまで案内してくれ」
「はい、おじ様」
風精霊によって敵を察知できるヤツィが、戦士団を先導して駆けだした。
幸いにも武明は同行を求められなかったので、オルジーたちと共に残り、いろいろ聞かねばと思っていた。
しかし同時に彼は、この世界がいきなり矢を射られるほど物騒であることも、実感していた。