38.新たな製鉄法
武明がドワーフ族の村長と相談をした翌日、今度は担当者と実務を打ち合わせる。
「新しい製鉄法ってのを担当する、アッサムだ。俺は土魔法も使えるから、どんな要求にでも応えてみせるぜ」
「俺も一緒にやることになったっす。またよろしくお願いするっす」
「よろしくお願いします。ザバルさんもね」
紙作りで協力してくれたザバルに加え、アッサムという男が付けられた。
彼はドワーフらしい短躯で、明るい茶色の髪と青い目を持った中年男性だ。
アッサムは長年、製鉄に携わってきた男らしく、親方の手前ぐらいの地位にあるという。
「こちらこそよろしくだ。”紙”をもたらした議長殿の知識、楽しみにしてるぜ。それで俺たちはまず、何をしたらいい?」
新しい製鉄法と聞いてウズウズしているのか、アッサムがせっかちに話を進めようとする。
「まあ、ちょっと待ってくださいって。どう進めたらいいか考えるため、まずはいくつか確認させてもらいます」
「おう、なんでも聞いてくれ」
「今この村で行われている製鉄は、これぐらいの高さの炉に鉄鉱石と木炭を入れて燃やして、鉄を還元するんですよね?」
製鉄とは端的に言えば、鉄鉱石や砂鉄などの酸化鉄から、酸素を除去することである。
この酸素を除く反応を還元反応と言い、千度以上の高温が必要となる。
武明が1メートルくらいの高さを手で示しながら聞くと、アッサムが不思議そうに問い返す。
「”かんげん”ってのが分からんが、まあそんなもんだ。別のやり方もあるのか?」
「鉄鉱石と木炭を交互に入れるとか、もっと背の高い炉を使うとか、細かい違いはありますけど、基本は同じですよ。ちなみに昔は俺の世界でも木炭を使ってましたけど、今は石炭を燃料に使ってます」
「”せきたん”? なんだそりゃ?」
「あ~、ここでは石炭と呼ばないんですね。でも黒くて燃える石なら、知りませんか?」
「黒くて燃える石? そんなのあったかな……」
するとザバルが、ボソリと指摘してきた。
「東の山に、そんなのがあるって聞いたっす」
「ん……ああ、燃石のことか。たしかにあれは燃えるけど、鉄がもろくなって使えねえんだよな」
「そう、それのことです。そのままだと不純物が邪魔なんですけど、少し手間を掛ければ製鉄にも使えます」
「そうなのか? それが本当なら、炭焼きの手間が省けていいな」
「そのとおりっす」
アッサムとザバルが揃って顔を輝かせる。
「そうですね。ゆくゆくは石炭を使いたいですけど、まずは高炉を作ります」
「こうろ?」
「ええ、高さがこれ以上の、大きな炉です」
武明は2メートルほどの高さを手で示してから、高炉の概念を説明した。
現状は中世ヨーロッパのレン炉に相当する、炉高1メートル前後の炉で低炭素鋼を作っている。
これを直接製鉄法と呼ぶが、8~12時間ほど操業してから、火を止めて鉄塊を取り出さねばならない。
これはこれで少量の鉄を作るには安上がりなのだが、大量生産には向いていない。
それを高さ2メートル以上の高炉にして、銑鉄を作るのが間接製鉄法、つまり溶鉱炉法だ。
やはり鉄鉱石を木炭で還元するが、炉高が高い分だけ反応時間が長くなり、鉄が炭素をより多く吸収する。
純鉄の溶融温度は1536度だが、これは炭素量が多いほど低くなる。
炭素濃度が4.2%以上になると、溶融温度は1154度まで低下し、木炭の火力でも容易に溶けるのだ。
このドロドロに溶けた銑鉄は炉底から流れ出てくるので、連続操業が可能なのだ。
「ほう、この炉を使えば、もっと鉄が作れるわけだな?」
「ええ、ただしその鉄は溶けやすいけど、粘りがありません。だから良い武器を作るんなら、さらに精錬する必要があります」
銑鉄とは炭素を3%以上含むもので、鋳造には向くが、脆くて鍛造には向かない。
そのため銑鉄を溶かしながら空気を吹き付け、酸化させて炭素を抜く精錬工程が必要になる。
武明はこの精錬炉の概念を、絵に描きながら説明した。
「ほほう、こうしてその”たんそ”っちゅうもんを抜けば、強い鋼ができるんか。それはぜひ、やらにゃいかんのう」
「うっす、強い武器は男の夢っす」
アッサムとザバルが、楽しそうに目を輝かせている。
そんな彼らを見て、さすがはドワーフと苦笑しながら、武明は先を続ける。
「ええ、ぜひ実現しましょう。でも燃料に木炭を使ってる限り、製鉄量は頭打ちになります。ゆくゆくは石炭を使って、さらに大量に生産できるようにしたいですね」
武明はさらに、石炭を用いた高炉と反射炉、そして脱炭を促進するパドル法についても説明した。
石炭のままでは製鉄に使えないので、乾溜してコークスにする必要があるし、反射炉も大規模な設備になる。
しかしここまでやれば、製鉄量は飛躍的に上がるので、いつかは実現したいと考えていた。
もっとも、さすがに一足飛びにそこまで行けるとは思っていない。
まずは木炭を使った高炉と精錬炉を実現したうえで、石炭の使用を模索していきたい、と構想を語った。
「ああ、俺もそれで構わねえぜ。あんまり先進的な方法を追い求めても、実現できなくっちゃあ意味がねえ。どうせ細かい部分は、手探りで開発しなきゃいけないからな」
「うす、そのとおりっす。まずは耐熱性の高いレンガが必要っすね」
「ええ、俺も詳しいことは知らないけど、焼いたレンガを砕いたものを粘土に混ぜてまた焼くと、耐熱性が上がるらしいです。そういえば、土魔法でそういうのって、何かできないんですかね?」
「う~ん、耐熱性の高い石を切りだすぐらいしか、思いつかないな。粘土を焼くのと、どっちがいいか……」
アッサムもザバルも、真剣に考えてくれている。
そんな彼らを頼もしく思い、後は任せることにした。
「とりあえず、俺はまたチクリ村へ行かなきゃならないんです。下手すると30日くらい空けますから、その間に検討を進めておいてくれますか?」
「おお、任せとけ。次に来るまでに、試験的な炉ぐらいは作っといてやる」
「マジっすか? それはちょっと無理だと思うんすけど……」
「馬鹿野郎、こんなおもしろそうなこと、我慢できるか。な~に、ちょっと眠る時間は減るかもしれねえがな」
「いや、それは勘弁して欲しいっす……」
ノリノリのアッサムに引っ張られて、ザバルが青くなっていた。
そんな彼らを微笑ましく思いながら、武明はダイカツを後にする。
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製鉄の打ち合わせが終わってすぐ、武明はチクリ村へ戻った。
今回もムツアシを飛ばし、通常なら5日は掛かるところを、2日ほどで走破している。
すると待ち構えていたハムニが、にこやかに出迎えてくれた。
「これはタケアキ殿。お早いお帰りですな。てっきりもう10日ほどは掛かると思っておりましたが。本当にザンデとダイカツを回ってきたのですかな?」
「もちろん。俺とニケだけなら倍以上、速く走れるんです」
「なんと、そんなことが可能なのですかな?」
驚くハムニに、ニケが反論する。
「できるでしゅ。タケしゃま、うしょつかない」
「は、はあ。しかしどうやって?」
「実はムツアシと気持ちを通わせて、ちょっと急がせてやるんですよ。その分、ムツアシに負担は掛かるけど、治癒魔法で疲れを癒すって寸法です。まあ、俺たちが身軽だってのも、大きいと思いますけど」
「なるほど、そのような手もあるのですな。また今度、コツを教えてくだされ」
「ええ、構いませんよ。それで例の件、どうなりました?」
武明が声をひそめて聞くと、ハムニがニヤリと笑う。
「順調に進んでおります。すでに10人ほど候補者を選び、話は通してありますぞ」
「それは良かった。ならすぐにでも、精霊探しに行けますね?」
「ええ、明日にでも発てるよう、手配しましょう。今日のところは、疲れを癒してくだされ。あちこち飛び回っておられますからな」
「ありがとうございます。実際問題、やることが多すぎて、大変なんですよね」
「ご苦労様です。しかし今こそが正念場。我々も全力でサポートしますので、よろしくお願いしますぞ」
「こちらこそ」
当面は忙殺されることを覚悟しながら、武明の瞳は意欲に燃えていた。