37.ザンデ強化計画
ハーフリング族との協議を終えた武明は、今度はザンデを訪れる。
そして村長や魔女を始めとする重鎮を集め、ザンデを強化するための打ち合わせを行った。
「急にお呼び立てして、すみません」
「なに、連合の議長殿に協力するのは当然じゃ。それで、今日はこの村を、いかに強化するかの話じゃな?」
「ええ、そうです。早急にここを強化して、人族の侵略に備えなきゃいけません」
武明が真剣な顔で訴えると、カレタカがそれに同調する。
「うむ、我らもそれを真剣に考えていたのだ。というのも最近、縄張り内に人族が現れるようになってな」
「ああ、やっぱり……さすがに衝突とかはまだ、ないんですよね?」
「もちろんだ。タケアキ殿に言われていたから、監視だけに留めている。しかしあまり縄張りを荒らされると、若い者を抑えきれなくなるかもしれん」
「そうですね。そのためにも、早急に態勢を整えないと」
ここでザンデの魔女が口を挟む。
「それでタケアキよ、村の守りをどのように固める? ただ守りを固めるだけでなく、戦士も増強するつもりのようじゃが」
「ええ、まずは想定される敵の侵攻路上に、罠や見張り所を築きます。さらに他の村からも、戦士をそれぞれ10人ずつ出してもらう予定です。ちなみに今のこの村の戦力は、どれぐらいですか?」
「うむ、非常時ならば、百人は戦えるぞ」
「それなら190人、いや術師も入れれば、2百人ぐらいの戦力にはなりますね」
「そうだな。しかしシュドウの時も、敵の戦力は増えていた。3百人ぐらいは揃えるべきではないかな?」
「う~ん、それは隣村からの増援で対応しましょう。敵の動向を掴んでおいて、いざという時に呼び寄せるんです。道も整備する予定だから、十分間に合うでしょう」
「ふむ、それが現実的か」
すると長が懸念の声を上げる。
「しかし最低でも90人の戦士が加わるのであろう? さらに百人が加わるとなると、家も食料もまったく足りんぞ」
「食料については、他の村から送ってもらいます。でもたしかに、兵舎とか倉庫は建てなきゃなりませんね。村人が総出で作業したとして、どれぐらい掛かりますか?」
「本当に食料は、ちゃんと供給されるのか?」
「ええ、もちろん。そのための連合ですから」
「ふむ、仮にそれが事実だとしても、2百人近い者を収容する建物じゃ。材料も集めねばならんから、総出で掛かっても2ヶ月は掛かるであろうな」
「う~ん、もっと手っ取り早く作る方法って、ないもんですかね?」
武明の問いに、魔女が案を出す。
「それならば、ドワーフ族に応援を頼むのがよいぞ。奴らはモノ作りに長けておるからのう」
「う~ん、そうなんですけど、彼らには鉄の増産を頼んでますから……」
「いかなドワーフといっても、全てが鉄作りに関わるものでもあるまい。家作りに長けた者もおるから、それらを20人ほど送ってもらえれば、作業は飛躍的に速くなるぞ。ついでに土使いも出してもらえれば、完璧じゃ」
「う~ん、そうですね。この後、ダイカツへ行くので、大工さんを出してもらえないか相談してみます。いい返事がもらえたら、このフランに持たせて届けますね」
武明はその場で、フランを召喚してみせる。
驚愕の声が上がる中で、魔女が尋ねる。
「相変わらず、見事な風精霊じゃな。中位の精霊ならば、遠くの村へもすばやくたどり着けるのか?」
「ええ、低位精霊の3倍は速いですよ。それに彼女は一旦覚えればどこでも自由に行けるし、手紙も持たせられるから、凄く助かってます」
「それは凄いのう」
武明は何回かフランに、メッセンジャーを頼んでいたが、その速さは折り紙付きだ。
しかも低位精霊には簡単な伝言しか託せないのに比べ、フランは魔力量が多いため、実体化したまま手紙を届けることも可能なのだ。
「そういえば、戦力をこの村に集めるに当たり、伝霊所もここへ移そうかと思うんですが」
「それはなぜじゃ?」
「今はチクリで伝霊を受け取って、トゥククから発信してるじゃないですか。それだと無駄が多いので、ここに集約したいんですよ。風使いを何人か派遣してもらえば、発信もできますよね?」
「それはそうじゃが、ハーフリング族や羊人族が手放すかのう?」
「むしろ手間が減るので、喜んで押しつけてくると思いますよ」
「ふむ、たしかに伝霊制度を維持するにも、手間は掛かるからの。まあ、よそから援助をもらえるなら、この村で受け持つのがよいかもしれんな」
「ええ、それがいいと思います。この件についても、チクリとトゥククへ手紙を送っておきます。特に反対がなければ、ここへ集約することでいいですね?」
「よいじゃろう。その辺も手当てせねばならんな」
その後も、武明は細部について関係者と協議した。
戦関係については主にカレタカが仕切ることになり、それ以外は村長や魔女が指揮を執る。
やることは目白押しだが、他の村から支援をもらえることで、大きな安堵が広がっていた。
その晩はまた村人総出の宴会となり、武明はもみくちゃにされた。
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翌日は早々にドワーフの村ダイカツへ向け、武明とニケは旅立った。
基本的に2人だけの移動なので、その速度は速い。
何しろ2人とも魔獣と意思疎通ができるおかげで、その能力を引き出すことはたやすいのだ。
しかも武明の治癒魔法で疲労を緩和できるおかげで、ムツアシは異常な速度を維持することができた。
おかげで本来は1週間は掛かるところを、4日間で走破する。
「おお、待っておったぞ、タケアキ議長」
「お久しぶりです、ドラムカさん。ドランガさんから話は、聞いてますよね」
ドランガとは、タイオワ連合の会議に出席していたドワーフ代表だ。
彼はダイカツの村長ドラムカの、弟に当たる。
「おお、聞いたぜ。何やら、ずいぶんと楽しいことを考えてるそうじゃないか。異界の知識で、鉄を湯水のように作るんだって?」
「湯水のように作るには時間が掛かるので、まずは現状の数倍からですね」
「クハハハハッ。それでも楽しそうな話じゃねえか。それで具体的には、何をするんだい?」
「そうですね。まずは今ある炉を、数倍に増やします。どこまで増やすかは、労力や資源との兼ね合いですね」
ドワーフ族の製鉄法は中世ヨーロッパのレン炉に似たもので、鉄鉱石と木炭から低炭素鋼を作っている。
これは比較的小規模な炉で、半日操業して100~150kgぐらいの鉄を作ったという。
この大陸では大した需要もないため、それぐらいで十分だったが、これからは違う。
最終的には高炉で大量に鉄を作る予定だが、当面は現行の炉の数を増やすことで、製鉄量を確保するしかない。
「そうだな。それはよそからの援助次第だ。俺たちだって食い扶持を稼がなけりゃ、生きていけねえ」
「もちろんですよ。でも早めに農具や武器を、作り溜めしておいてください。他の村から届いた食料と引き換えに、それを渡しますから。そして食料に余裕ができるに従って、製鉄に関わる人を増やしてもらいます」
モノ作りで名高いドワーフ族だが、彼らもそれだけで生きていけるはずがない。
他の種族が望む製品と引き換えに、多少の食料を得てはいたが、そんなものは微々たるものだ。
なにしろこの大陸では、集落間の交流が少ないし、貨幣の概念すらないのだ。
そのためドワーフ族の多くが、狩りや採取、農業に携わっていた。
しかし逆に言えば、食料さえ確保すれば、優秀な職人が多く得られるということでもある。
ドワーフというのは生来、器用さが高く、多彩なモノ作りの才を持つ者が多い。
そのため武明は彼らを活用することで、生産能力の飛躍的向上を狙っていた。
もちろんそこには格差が生じやすくなるので、利益の分配には神経を使う必要があるのだが。
「ああ、そういう話だったな。しかし本当にそう上手くいくのか? 聞けば、うちとチクリ、ザンデの他は、食料生産に勤しむそうじゃないか。利害調整で、厄介なことにならなきゃいいがな」
「さすが村長だけあって、よく分かってますね。俺もゆくゆくは、いろいろと不満が出てくると思ってます。でも当面は人族に対抗するってことで、それは抑えられるでしょう。今後の利益分配については、おいおい考えていくつもりですよ」
「ああ、それが分かってるんならいいさ」
ドラムカはそんな武明の言葉を聞いて、安心したようだ。
「あ、そうだ。ザンデの強化に当たって、いろいろと建設工事が必要なんですよ。ドワーフ族から大工を20人ほど出してもらえないかって、要望があるんですけど、可能ですかね?」
「む、20人か。いっぺんに出すのは、さすがに難しいな」
「それなら援助に伴って、数人ずつ出すって感じですかね。土使いも何人か出してもらえると、助かるんですが」
「おいおい、ずいぶんと欲張るじゃねえか……しかしまあ、食料さえあれば人手は増えるからな。少しずつなら、出してやってもいいぜ」
「ありがとうございます。早速ですが、5人ほど先行して、ザンデへ向かわせてくれませんかね。あっちの増強は急務なんです」
「まったく、油断も隙もねえな……まあ、いいだろう。村ぐるみで協力すると決めたんだ。その代わり、面白いもんを作らせてくれよ」
「ええ、嫌って言うぐらい、作ってもらいますよ」
こうしてドワーフ族の協力も取りつけ、ひと安心する武明であった。