36.改革の始まり
近隣の村の代表を集め、改めてタイオワ連合を発足し、武明はその議長として立った。
そのうえで彼は、自身の構想をまとめた資料を配り、内容を説明しはじめる。
「先に説明したように、連合内の道の整備、ザンデの防衛力強化、食料と鉄製品の増産がその骨子です。その際、道の整備はチクリが、ザンデの強化はもちろんザンデで、鉄の増産はダイカツが、それぞれ主体となってもらいます。そして残る村では食料の増産に取り組んでもらい、チクリ、ザンデ、ダイカツに食料を供給してもらいます。慣れないことに戸惑う住民は多いでしょうが、その必要性をしっかりと説明してください。何か質問はありますか?」
するとポワカがまず手を挙げる。
「食料の増産って言うけど、どうやってやるんだい?」
「それは鉄の農具の導入と、狩りや採取の効率化、そして輸送力の強化で対応します」
「ん~、鉄の農具は分かるけど、狩りの効率化と輸送力強化はどうやるのさ?」
「まず道を整備すれば移動がしやすくなって、狩りや採取も楽になりますよね。それにムツアシを増やしておけば、運べる量も増えますし」
するとハムニが手を挙げた。
「ちょっとお待ちくだされ。魔獣はそう簡単に増やせるものではありませんぞ」
「もちろんです。でも俺とニケが闇使いになった関係で、増やし方については案があるんです。それについては、後で相談させてください」
「ほう……何やら当てがありそうですな。それでは後ほど、聞かせてくだされ。ところで道の整備とは、具体的にどのようなことをするのですかな?」
「今ある道って、通りやすい所が踏み潰されただけで、特に手を入れてないですよね。それにけっこう回り道も多いから、ちょっといじれば短縮できるとこもあると思うんです。例えば路肩の土を削ったり盛ったりして道を整えたり、川に橋を架けてやれば、ずっと使いやすくなりますよ」
「なるほど。それはやりがいがありそうですな」
ハムニは魔獣の増強について何か言いたそうだったが、深く追求せずにいてくれた。
さすがにこの場でマヤには闇精霊が紹介できるとは言えなかったので、武明は心の中で感謝をする。
続いてザンデの代表で来ていた兎人が、手を挙げる。
「ザンデの強化とは、何をするのだ?」
「ご存知のように、現状、人族の植民地に一番近いのはザンデです。そこでザンデの周辺に砦や見張り所を造るのと並行して、他の村から戦士を出してもらって、戦力も強化します」
「戦士を出すとは、何人ぐらいだ?」
「とりあえず10人ずつぐらいですかね。そうすればザンデの戦士と合わせて、2百人近くにはなるでしょ?」
「まあ、それぐらいにはなるだろうな。しかしそれでは、食料が足りなくならないか?」
「そのための食料増産と、輸送力の強化ですよ。外から食料が供給されるようになれば、ザンデの強化に集中できます」
「ああ、そういうことか。よかろう、我が村で対応しようじゃないか」
「よろしくお願いします」
最後にドワーフの男が手を挙げた。
「鉄の増産ってのは、どれぐらい増やすんだ?」
「それは相談してみないと分かりませんね。だけど最低でも、ザンデに集まる戦士には、鉄の武器を行き渡らせます」
それを聞いた男性陣の目が、にわかに活気づく。
現状で鉄の武器は貴重品であり、多くの戦士にとって垂涎の的だからだ。
武明はこれによって、他の村から戦士を出させやすくするのと、士気の向上も狙っていた。
「ホッ、そいつは豪儀な話だな。本当にできるのかい?」
「材料しだいなところはありますけど、できますよ。俺の世界では、それこそ湯水のように鉄を作っていたんです」
「湯水のようにって……想像もつかねえな。まあ、いきなりそれは無理にしても、だいぶ期待できそうだ」
「ええ、ドワーフ族には苦労してもらうと思いますが、鍛冶仕事はずいぶんと増えるでしょうね」
「ヘヘッ、そいつは楽しみな話だ」
ドワーフが楽しそうに引き下がった後も、いくつか質問が相次ぎ、武明は説明に追われた。
そしてそれも一段落すると、親睦を深めるための宴になだれ込む。
出席者には食事と酒が振る舞われ、にぎやかな雰囲気になった。
そんな中で武明やオルジーは、改めてアクダやシュドウの悲劇を語り、人族の横暴を訴えた。
やがて打ち解けた人々も、それぞれの村の事情を語るようになり、互いの理解が進む。
そのうえで武明は、タイオワ連合の展望を語った。
今までバラバラにやっていたことも、みんながまとまれば効率的になる。
そうすれば生活も楽になって、人族への防備も堅くなる。
いずれは人族とも交渉を持って、共存する方法もあるのではないか、と。
少々楽観的すぎる話だが、そんなやり方もいずれ必要になると考えていた。
さすがに人族を滅ぼすなど、現実的ではないのだから、どこかで折り合いをつけるしかない。
しかしそのためにもまずは、連合を強固なものにしなければ、と闘志を燃やしていたた。
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翌日は早々に、会議の出席者が自身の村へ帰っていく。
彼らが村へ戻れば、一般住民にもタイオワ連合の成立が伝えられ、改革が始動する。
中には反発もあるだろうが、なんとか村の意見をまとめあげてくれると信じていた。
そして武明自身はハムニと共に、チクリ村へ移動した。
ハーフリング族を巻き込むと共に、道路工事の相談をするためだ。
「只今戻りました、長」
「うむ、ご苦労であった。会議は成功したそうじゃの」
「はい、大成功でございます。タケアキ殿は全ての村を味方に付け、連合議会の議長に就任されております」
「おお、そうか。さすがはタケアキ殿じゃ」
「いえ、皆さんのおかげですよ」
「とんでもない。我らには到底できないことを、貴殿はやってのけた。感謝しますぞ」
ハーフリングの長、チャルカが頭を下げる。
「よしてくださいよ。それよりもこの村の方こそ、大丈夫なんですか?」
「それはもちろんじゃ。儂らは他の村よりも多くの情報に触れておるから、人族の脅威は広く認識されておる。そこへタイオワの使者が号令を掛けたのだから、団結できんはずがない」
チャルカはそう言うと、ニヤリと笑った。
「それは助かります。ならばすぐにでも、道の整備と輸送力の増強に取りかかれそうですね」
「うむ、それなのじゃが、どのようにして進める? 伝霊では細かいことが分からんので、ほとんど準備できておらんぞ」
「ええ、具体的には――」
武明は簡単な絵を描きながら、道の整備について話をする。
それはほとんど獣道に近い今の道を工事することで、経路を短縮させ、輸送力を上げるのが狙いだ。
その工事自体はハーフリング族が仕切るが、人夫は各村からも出してもらって、早急に整備を進める。
しかしやがて、魔獣の増強の話になると、チャルカも眉をひそめた。
「ふ~む、言うことは分かるが、ムツアシはそう簡単に増やせんぞ。あまり多くいても、闇使いがいなければ制御できんからな」
魔獣の場合、契約をするといっても精霊とは大きく異なる。
精霊との契約は魔力的なつながりができるのに対し、魔獣は単に協力し合うという簡単な意思確認に過ぎないのだ。
つまり魔獣を使役するには、意思疎通のできる闇使いが、常に面倒を見る必要がある。
ちなみに武明がマヤと契約する前にもムツアシを使っていたが、それはニケのおかげだ。
彼女は精霊の落とし子としての資質か、契約前から魔獣と意思を疎通させることができた。
しかしそれは非常に稀有な例であり、誰にでもできることではないのが実状だ。
「当然、そうなりますよね。ちなみに今は、何人の闇使いで、どれぐらいの魔獣を使役しているんですか?」
「そうじゃな……この村の闇使いが20人で、40頭ほどの魔獣を使っておるか」
「あれ、意外に少ないですね。この村には6百人近い人がいるって話ですけど」
「精霊契約とは、そんなものじゃぞ。そもそも闇精霊は、そう簡単に見つからんのじゃ」
「そうなんですか? 俺はこの間の探索行で、10回以上会いましたけどね」
「なんじゃと?!」
「それは本当ですかな? タケアキ殿」
武明の言葉に、チャルカとハムニが食いついた。
そんな2人を手で制しながら、武明は声をひそめる。
「ちょっと静かにしてください。実はその件で、相談があるんです」
「な、なんじゃそれは?」
「まず俺とニケが一緒にいると、精霊は見つけやすくなります。それはタイオワの使者と精霊の落とし子が、精霊に好かれるからだそうです」
「たしかに、そのようなお話でしたな」
「ええ、そのおかげで俺は、短期間に中位精霊を3体も契約できたんです。それともうひとつ。俺が契約した闇精霊のマヤには、驚くような能力があったんです」
「ほう、それはどのような?」
「実はマヤは、低位の闇精霊を紹介できるんです」
それを聞いた途端、チャルカが大声を上げた。
「なんじゃとっ!」
「シ~ッ、だから静かにしてくださいって。これはまだ公にしたくないんです」
「ぐむ……し、失礼した。しかし、なぜ隠すのじゃ?」
「もしこれが広まったら、紹介してくれって人たちが、押し寄せますよね?」
「むう……」
「それはたしかに、そうでしょうな」
武明の指摘を否定しきれず、2人は押し黙った。
そんな彼らに、武明は静かに諭す。
「別にいつまでも隠すつもりはないんです。必要であれば紹介もしましょう。だけどそのやり方は考えないと、俺の仕事が進みません」
「……うむ、それはそうかもしれんのう」
「たしかに、タケアキ殿がそれだけにかかずらっていては、他の仕事が進みませぬな」
「そうなんです。だから当面は、特に能力のある人、そして信頼できる人を選び、こっそりと契約を進めたいと思います。それでどうですか?」
その言葉に2人は考え込み、やがてチャルカが口を開いた。
「その提案が現実的じゃな。少しでも闇使いが増えれば、我らにとって大きな利益となるので、断る理由はない。まずは10人ほど選ぶので、彼らに紹介をお願いできるかの?」
「ええ、最初はそれぐらいでお願いします」
武明が了承すると、ハムニが思いだしたように尋ねる。
「ところで、タケアキ殿は水と風の中位精霊とも契約しておられますな。そちらも紹介はできないのですかな?」
「いえ、それは無理みたいです。俺も試してみたんですが、できませんでした。たぶん闇精霊が、特殊なんじゃないかと思います」
実際にそれは、マヤが特にコミュニケーション能力に優れているがゆえの、離れ業だった。
ミズキにはその能力は乏しく、フランは関心がないため、低位の精霊を紹介するのは困難だったのだ。
それを聞いたハムニが残念そうに言う。
「それは残念。何もかもはうまくいきませんな」
「そうなんです。まあ、できることからやっていきましょう」
「そうですな」
こうしてハーフリング族との会談は、非常に良い形で終わった。
しかしそれは武明が進める改革の、ほんの始まりに過ぎなかった。