34.緊急会議
ポワカの提案で、タイオワ連合の所属集落に向け、緊急会議の知らせが走った。
7日後までに村の長、もしくはその代理をトゥククへ送るよう、伝霊が送られたのだ。
さすがにこの地方で最強の風使いであるポワカの権威は高く、続々と村の代表が集まってきた。
「それじゃあ、今からタイオワ連合の緊急会議を始めるよ。仕切りは発案者のあたしが務めさせてもらう」
トゥククの一角に集まった代表を前に、ポワカが会議の開催を宣言する。
今回、20人を超える人数が集まったので、屋外での青空会議となった。
いまだに会議の主旨を知らされていない出席者たちが、何が始まるのかとソワソワしている。
ちなみに今回集まったのは、以下の10集落になる。
兎人族:ザンデ、カイネ
羊人族:トゥクク、ターキン
猫人族:フメイ、エンデ
狐人族:オヒア、スダン
ドワーフ族:ダイカツ
ハーフリング族:チクリ
人口は獣人種が3百から5百人くらいで、ハーフリング族が6百人、ドワーフ族が千人程度の集落をそれぞれ形成している。
それらを総計すれば、5千人弱になる集団だ。
「それで、トゥククの魔女がいきなり何の用だ? 俺たちは冬ごもりの準備で忙しいのだぞ」
「そのとおりじゃ。いかな中位精霊持ちとはいえ、気楽に呼びつけられては敵わんのう」
狐人の男たちが、いきなり文句を付けてきた。
実際にポワカが脅しまがいの言葉を使って集めたため、ある意味それも当然だ。
しかしそこで、ハムニがやんわりと擁護する。
「まあまあ、ポワカ殿もお考えがあってのことでしょう。まずはお話を聞きましょう」
するとポワカがニンマリと笑い、後を続ける。
「そのとおりさ。事はあたしだけじゃなく、あんたらの命にも関わる話だ。まさかもう、シュドウの悲劇を忘れたわけじゃなかろうね?」
すると狐人の男が、ため息をつきながら応じる。
「はあ……やはりその話か。たしかにシュドウの件は悲劇だったが、あれは人族への対応がまずかったからだろう」
「それは聞き捨てならんな」
ここで噛み付いたのが、猫人族のヤククである。
シュドウの長だった彼は、難民の受け入れ先である同族のフメイ村から、代表の1人として参加していた。
「おお、ちょうど当事者が来てるじゃないか。どうせあんたが交渉で下手を打って、戦になったんだろ?」
「ふざけるなっ! ろくに事情を知りもしない者に、そのようなこと、言われたくないわ。我らはただ森と精霊を守ろうとしただけだ!」
ヤククが憤然と反論しても、狐人は態度を変えない。
「それにしたって、やりようがあっただろう。聞けば人族とは、言葉も通じるそうじゃないか」
「たとえ言葉は通じたとしても、奴らの魂はケダモノよ。いや、獣の方が無駄な殺しをしない分、奴らよりもマシなくらいだ。奴らは必要以上に獣を狩り、さらには精霊さえも手に掛ける化け物なのだ」
「それは決めつけが過ぎるんじゃないのか?」
「何も知らんくせに、貴様は黙っておれ!」
「なんだと!」
とうとうヤククと狐人が立ち上がり、殴り合いが始まりそうだったので、ポワカが止めに入る。
「待ちな。感情をぶつけ合うだけじゃ、話は進まないよ。それにバンザの方こそ、思い込みが過ぎるんじゃないかい? まずは話を聞いておくれな」
「フンッ、それが信用に足るならな」
バンザと呼ばれた狐人の男が、憮然としながら腰を下ろした。
「だから落ち着きなって。そもそも問題はシュドウだけじゃないんだ。その4ヶ月ほど前には、アクダもやられているんだよ。その生き残りがこの子さね」
ここで紹介されたのが、オルジーだ。
彼女はザンデの代表の1人として、ここへ来ていた。
「はい。私はアクダの魔女の孫、オルジーです。私と数十人の仲間はかろうじて生き延びましたが、アクダは人族に潰されました。それも完全な言いがかりによって、村を攻められたのです。その原因はシュドウと同じく、我らが森と精霊を守ろうとしたためでした」
「そのとおりよ。奴らは、我らが縄張り内で人族を殺したと騒ぎ立て、その犯人を差し出せと言ってきおった。しかしそれはただの言いがかりでしかない。そこでそんな事実はないと突っぱねたら、奴らは問答無用で攻めてきたのだ」
「はい、アクダも似たような状況でした」
「むう……人族は本当にそのようなことをしておるのか?」
「だとしたら許せんな」
ヤククとオルジーの話を聞いて、それを深刻に受け止める者もいた。
その後も彼らへの質問が相次ぎ、アクダとシュドウがいかにひどい目にあったかが明らかになる。
やがて情報が行き渡ったと見たポワカが、本題を持ちだした。
「さて、これで事態の深刻さは伝わったと思う。そのうえでこのタケアキから、改めて提案があるそうだ」
彼女に促されて、武明が立ち上がる。
「ご存知の方も多いと思いますが、俺はアクダの魔女の儀式により、この世界に召喚されました」
「あれが星呼びの儀式で呼びだされた……」
「あれが救世主だというのか? まさか……」
一部から懐疑的な視線を向けられながらも、武明は先を続ける。
「かねてから俺は人族の脅威を訴え、連絡網の構築まではこぎつけました。しかしシュドウに危機が迫った時、ほとんど応援を出せなかった。それはなぜか?」
ここで言葉を切って見回すと、バツが悪そうに目をそらす者もいれば、挑戦的ににらみ返す者もいた。
そんな彼らを責めるように、武明は糾弾の言葉を放つ。
「それは情報がなかったからじゃない。現にアクダのことは、村の上層部には伝わっていた。それでもほとんどの村が動かなかったのは、それを他人事だと思っていたからだ」
武明がそう決めつけると、またもや狐人たちが反論する。
「唐突に失礼な奴だな。我らの事情も知らんくせに」
「まったくだ。所詮は異界から来たよそ者だ」
そんな彼らを武明は正面から見据えると、静かに尋ねた。
「あなたの言う事情って、なんですか?」
「我らも日々を生き残るのに、精一杯だということよ。いかな同胞の危機といえど、遠くの村へ援軍を送れるほど、我らに余裕はないのだ。そんなことも分からんのか?」
「本当にそうですかね? この辺は気候が暖かいから、さほど食料に困ることはないはずだ。本当に必要だと思えば、10や20の援軍ぐらい送れたはずだ」
「ハンッ、これだからよそ者は……その10や20人の働き手がいかに貴重なのか、分かっておらんのだ」
バンザが馬鹿にするように鼻を鳴らすと、それに同調する者も多かった。
しかし武明も逆に、馬鹿にするように応じる。
「フフン。だからダメなんだよ、あんたらは。そうやって目先しか見てないから、大切な物を失う」
「なんだとっ! 若造が、偉そうに……だったら教えてもらおうか。我らが今後も援軍を送らなければ、どうなると言うんだ?」
バンザが憎々し気に放った問いに、武明は確信をこめて答えた。
「それは敗北だ。遠からず人族はこの大陸を席巻し、あんたらは滅亡か、隷属のどちらかを選ばされるだろう」
「ハッ、そいつは怖いな」
「いくらなんでも、大げさだろう」
「お前に何が分かるというのだ」
バンザだけでなく、他からも否定的な声が上がったが、武明はそれを無視して呼びかける。
「いいかげんにもう、目をそらすのはやめたらどうだ? 自分たちは人族と対立しなくて済むなんて甘い期待は、もう捨てるべきだ。そもそも短期間に2つの村が壊滅したのは、なぜだと思う?」
「なんだ? 何か理由があると言うのか?」
「当然だろう。皮肉なことに、この地にあふれる精霊の存在こそが、人族を呼び寄せ、侵略に駆りたてるんだ。奴らは精霊を武器に作り替えることで、力を増している。だから人族はさらに多くの精霊を得るため、より広い支配地を求める。そしてそれを邪魔するタイオワの民は、明確な敵だ!」
「むう……ただの推測だろうに。証拠は、証拠はあるのか?」
「証拠? 目の前にあるじゃないか。この地には精霊があふれていて、実際に2つの村が潰された」
「そんなのは、ただの状況証拠だ」
バンザが見苦しく抵抗するのを見て、武明はキレた。
「馬鹿野郎っ! そんなこと言ってるからダメなんだよ。ちょっと頭を使えば分かるだろうに、事実から目をそらして考えようともしない。そのおかげでシュドウが滅んだんだ。いいかげんに目を覚ませよっ!」
「グッ、偉そうに、小僧がっ!」
バンザが立ち上がって拳を握りしめると、ポワカが再度止めに入る。
「いいかげんにおしよ! タケアキの言い方もきついけど、あんたらも物分かりが悪すぎるよ。やっぱりあんたらには、分かりやすい力を見せるしかないようだね。例のモノをみせてやりな、タケアキ」
武明は軽くうなずくと、精霊の名を唱えた。
「ミズキ、マヤ、フラン」