32.闇魔法の考察
ようやく10万字を超えました。
まだまだ続く予定なので、お付き合いいただければ幸いです。
水と風の魔法を練習していたら、ニケに闇魔法も練習しようとせがまれる。
しかし武明はそれまでの試行錯誤で、だいぶ疲弊していた。
「あ~、ニケには悪いけど、けっこう疲れてるんだ。また明日にしないか?」
「……れんしゅう、しないでしゅ?」
「う……」
とても悲しそうな顔で、耳と尻尾をへにょんとしおれさせたニケを見て、武明の胸が痛む。
どうしようかと迷っているところへ、ポワカが助け舟を出した。
「それならあたしの家で、闇魔法の勉強をすればいいさ。どうせ使い方もよく知らないんだろ?」
「あ~、そうですね。ハムニさんに会った時にでも、聞こうと思ってるんですが」
「それならあたしも多少は知ってるから、教えてあげるよ。夕飯でも食べながら、話をしよう」
「あ、ごちそうになりま~す」
「ごちしょうになりま~しゅ」
彼女の提案は渡りに舟だったので、速攻でその話に乗る。
ニケの機嫌も直ったので、武明は胸をなで下ろしていた。
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みんなでポワカの家に戻ると、すでに夕飯の準備が始まっていた。
ちなみに獣人種の住居は、直径4~5メートルほどの竪穴式住居が一般的だ。
1メートルほど掘りこんだ土台に、屋根の骨組みを木で作っている。
そして屋根自体は大きな木の葉を重ね合わせ、雨風をしのいでいる。
家の中央には囲炉裏が作られ、それが夜の明かりとなり、調理場ともなる。
その周囲には毛皮が敷き詰められていて、家族は皆そこで暮らす。
そのプライバシーもクソもない環境に、武明も最初は戸惑ったが、今は諦めている。
どの道、ニケはどこへも付いてくるので、あまり関係ないとも言える。
ちなみにポワカはさすがに村の長であるため、その住居はふた回りほど大きく、立派に作られていた。
そんな彼女の家で、闇魔法についての考察が始まった。
「さてタケアキ。あんたは闇魔法で、何ができると思っている?」
「え~と、最も有名なのは、魔獣の使役ですよね。それから人間の負の感情を操れるとか」
「うむ、一般に知られてるのは、そんなところだ。しかしなぜそんなことができるのか? そもそも闇属性とは何か、分かるかい?」
ポワカの赤い瞳が、武明を試すように見つめる。
「う~ん、そうですね。実際にマヤと契約した感じからすると、魔力と精神に関係したもの、ですよね? いや、もっとはっきり言えば、魔力そのものを象徴する属性ってことかな」
「フフン。さすがだね。以前、闇使いと話してみて思ったんだが、その本質は魔力・魔素なのさ。魔素が闇や人間の負の感情から多く発生するから、闇属性って言われるだけでね。まあ、普通は低位精霊としか契約できないから、詳しいことは理解されてないのさ」
「ああ、やっぱりそうですか。そうなると、魔力を媒介にして何ができるかってのは、いろいろ考える余地があると?」
「まあ、そういうことだね」
武明とポワカの話についていけないオルジーが、遠慮がちに尋ねる。
「あの~、どういうことですか?」
「ん? ああ、俺もまだよく分からないんだけど、闇属性の使い方には大きな可能性が秘められてるってことさ。例えば現状の闇使いは、魔獣を使役したり、負の感情を煽るぐらいしかしていないだろ?」
「ええ、そうみたいですね」
「だけど闇属性が魔力に関係していると考えれば、例えば魔力を持つ者を検知できるとか、魔素の強い所を見つけやすくなったりするかもしれない。その他にも、魔素を媒介にして意思を伝えたり、空気中から魔素を取り込むことだって考えられる」
「う~ん、たしかにいろいろできそうですけど、けっこう地味ですね?」
それを聞いたポワカが、オルジーをとがめる。
「分かってないね。魔力自体を操れる能力なんて、凄いことだよ。さらには武明の持つ異界の知識と組み合わせれば、とんでもないことになるかもしれない」
「まあ、その辺については、改めてマヤと話してみます。ニケも一緒にやるか?」
「はいでしゅ」
その後、武明は改めてマヤと向き合ってみた。
はたしてマヤにはどんなことができるのか、そしてできないのか。
そんな話を、ザンデの魔女やオルジーも交え、すり合わせたのだ。
その時はまだ仮定ばかりだったが、後に武明が闇魔法を使いこなすきっかけとなるのだった。
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翌朝になって、さっそく武明らは闇魔法を試すことにした。
「とりあえず魔獣を探して、使役できるか試してみたいな」
「はいでしゅ。ニケが、みつけるでしゅ」
「ああ、俺も一緒に探すよ」
武明とニケは、ムツアシを駆って森へ踏み込んだ。
そして共にマヤとニヤを呼びだし、魔力の探知を試みる。
それは闇精霊と感覚を共有して魔素の流れを探る、新たな手法である。
しかしニケが持ち前の探知能力を発揮し、早々に魔素を検知できるようになったのに比べ、武明は苦戦していた。
「う~ん、いまいちよく分からないな。なんとなく魔素があるのは分かるんだけど、見分けがつかない」
武明がぼやいていると、ふいにニケがある方向を指し示した。
「あっちに、まじゅう、いるでしゅ」
「おっ、そうなのか? よし、行ってみよう」
武明はムツアシを操り、ニケの示した方へ向きを転じる。
そしてしばらく進むと、ニケから指示が飛んだ。
「とまるでしゅ。おりて、しのびよるでしゅ」
ニケは軽やかにムツアシから飛び降りると、スルスルと森の中を進みはじめた。
武明も遅まきながらそれを追うと、視界に魔獣がはいってくる。
ニケが目を付けたその魔獣は、イタチのような存在だった。
猫ほどの大きさのそれは、2匹でくつろいでいる。
ニケは樹上を伝って魔獣に忍び寄ると、ナタを振り上げながら飛び降りた。
「えいっ!」
「キャウン!」
「シャーッ!」
片方の魔獣がナタの峰で殴られ、昏倒した。
残るもう1匹は即座にニケと対峙し、牙をむいて威嚇してくる。
それは彼女と比較してもさして大きくない存在だが、鋭い牙と爪を持っていた。
ニケはそいつに隙を見せないよう、正面からにらみ合った。
彼女がナタで殴ろうとすると、魔獣は華麗に攻撃を避け、その牙を突き立てんとする。
武明はしばしその様子を見ていたが、なかなか決着がつきそうにないので、援護することにした。
「ニケ、取り押さえろ」
「キャン!」
「はいでしゅ」
武明の放った風弾に吹き飛ばされた魔獣の首を、ニケが押さえこんだ。
魔獣はしきりにもがいて逃げようとするが、首根っこを押さえられていては叶わない。
誇らしげに獲物を掲げるニケの元へ、武明が近寄る。
「ケガはないか?」
「へいきでしゅ。ちょうど2ひき、いるから、しえき、しゅるでしゅ」
「ああ、俺はこっちをやる。ちょっと治癒魔法を掛けてやるかな」
武明は昏倒している魔獣の首に触り、治癒魔法を掛けてやった。
すると意識を取り戻した魔獣が、弱々しい声を上げる。
「キュ、キュウ~ン」
「別に怖くないぞ。急に襲って悪かったな。だけど俺たちは敵じゃない、敵じゃない」
魔獣の首に手を当てて魔力を流しながら、武明は優しく話しかける。
ちなみに魔獣との使役契約は、厳密な意味の契約ではない。
ただ単に相手を屈服させたうえで手懐けるだけで、精霊のように魔力的な経路はつながらないのだ。
最初は苦しそうにもがいていた魔獣が、やがておとなしくなり、とうとう武明の手をなめるようになる。
「どうやら成功したみたいだな。ニケの方はどうだ?」
「こっちも、しぇいこうでしゅ」
直接手を出したにもかかわらず、ニケは武明よりも早く魔獣を手懐けていた。
それもまた精霊の落とし子の力なのかと、武明は苦笑する。
「よし、とりあえず使役は成功っと。魔素探知の方は、いまいちだったけどな」
「ニケが、おしえるでしゅ」
「ああ、おいおい頼むよ。とりあえず戻るか」
「はいでしゅ」
こうして魔獣の使役に成功した武明は、闇魔法に手応えを感じつつ、帰途に就いた。