31.水魔法の練習
ポワカと風魔法の練習をしていたら、オルジーが水魔法を見てくれと言う。
それが互いのためになると判断した武明は、水魔法を使いやすい水場の近くへ移動した。
「さて、俺のできる水魔法っていうと、これぐらいだ……ミズキ……水矢」
まずミズキを呼びだしてから、10個ほどの水の矢を近くの木へ向けて放った。
水の矢は幹に当たると、パチュン、パチュンといって弾けていく。
それを見たオルジーが、感嘆の声を上げた。
「うわ、タケアキさん、器用ですね。私にもできるかな? アレザ……水矢」
オルジーもアレザを呼びだし、水の矢を放とうとする。
しかしなかなかイメージがつかめないのか、水面に波紋を立てただけに終わってしまう。
「あうっ、できないです」
「まあ、いきなりできたら、俺の立場がないからね。この技はまず水の中で矢を形成してから、弾き飛ばすんだ。ほら、こうやって」
「あ~、なるほど。こうかな? いや、こう?」
その後しばらく、オルジーの試行錯誤が続いた。
やがて威力と数は少ないながらも、彼女も水の矢を放つことに成功する。
「フウッ、ようやくできるようになりました。でもこれ、あまり威力高くないですよね?」
「ハハハ、そうなんだ。シュドウの戦でも、敵に青あざを付けたぐらいだからね」
「いえいえ、それだけでも凄いですよ。そもそも水魔法って治療向きだから、あまり攻撃には使わないんです」
武明の自嘲気味な言葉を、オルジーが慌てて取り成す。
実際に水精霊は治癒魔法との親和性が高く、その用途のほとんどは治療行為だった。
ちなみに水精霊が治癒魔法を使えるのは、人体が多量の水分を含むため、肉体に干渉しやすいからだ。
「アクダの魔女も、攻撃魔法は使ってなかったの?」
「う~ん、そうですね。飲み水を出したり、治療をするのがほとんどでした。あ、たまに水の玉を飛ばして、威嚇するぐらいはしてましたかね」
「やっぱりそんなもんか……もしこれが凍らせられれば、もっと威力が出るんだけど、さすがに魔力も時間も掛かるからなあ」
そう言いながら、武明は水上に作りだした矢を凍らせはじめる。
するとそれを聞いたオルジーとポワカが騒ぎだす。
「え? タケアキさん、何やってるんですか?」
「馬鹿な……氷を作るなんて、エルフですらやらないよ」
しかし武明は実際に氷を作りだしてみせ、なんでもないように言う。
「え? 水の分子運動を低下させて、温度を下げただけですよ」
「はあ? ぶんしうんどう?」
「……あ~、ちょっと説明が難しいな」
武明は面倒くさいと思いながらも、個体、液体、気体の3態について説明し、それが目に見えないほど小さな原子・分子の運動状態によると付け加えた。
もちろん完全な理解が得られるはずもないが、そういうものだということで、とりあえず納得させた。
「ふ~む、目に見えないことだから、にわかには信じられないね。だけど実際に凍ってるんだから、そうなんだろうよ」
「ええ……でもどうやったら、”ぶんし”の動きを抑えるということを、アレザに理解してもらえるのか、私には分かりません」
そうやってぼやく2人を横目に、武明はいかにすばやく凍らせるかを考えていた。
「う~ん、何か、もっとすばやく凍らせる方法はないかな……そうだ、風魔法と組み合わせてみたらどうだろう。フラン」
武明はフランも召喚し、何やら実験を始める。
それは水上に水の矢を形成したうえで、その周りを風がビュウビュウと吹きすさぶ光景だった。
じきにそれは氷の矢となるのだが、気に入らない武明はそれを破棄して、また最初からやり直す。
そんな非常識な光景を、あっけに取られて見守っていると、矢が凍る速度が徐々に早くなっていく。
やがて2秒ほどで矢が形成できるようになってから、武明は矢を放つ。
ヒュンと飛びだしたそれは、見事に標的の木に当たり、カツンといって突き刺さる。
「うん、まあまあ使えるかな」
満足気にほくそ笑む武明を見て、またもや周りが騒ぎだす。
「タケアキ、あんた一体、何をしたんだい?」
「そそそ、そうですよ。今までの水矢とは、段違いの威力じゃないですか」
「しゅごいでしゅ」
「まあまあ、今から説明しますよ。でもこれは水と風、両方の精霊と契約してないとできないから、一般的じゃないですよ」
武明のやったことは、水魔法と風魔法の複合技だ。
水魔法で生成した水の矢を風魔法で気化冷却しつつ、さらに水分子の振動を抑制して凍らせたのだ。
その際、融解熱に相当するエネルギーは、魔力で相殺した。
さらに風魔法で標的までの軌道上の気圧を低くしたうえで、氷の矢を風で撃ちだした。
これによって氷矢は導かれるように突進し、標的に命中したというわけだ。
ここに武明の新魔法、”氷矢”が完成した。
ちなみにこの技を実現するに当たって、武明のイメージをミズキとフランに伝達するのに役立ったのが、マヤであった。
元々、術者と精霊の間には魔力による経路がつながっており、ある程度の思考は共有できる。
しかしそれをマヤが仲介することにより、意思疎通が格段に向上したのだ。
なぜなら闇精霊とは、魔力と精神を司る存在である。
その中位精霊と契約したメリットが、思わぬところに現れていた。
そんな事情をとつとつと語ると、盛大な呆れ声が上がる。
「はあ~~~っ。ほんっとうに呆れるねえ、あんた。従来の精霊術を、わずかな時間で数段、押し上げたんだよ」
「そうですよ。たぶん複数属性持ちのエルフだって、そんなことできません!」
「しゃしゅが、タケしゃま、でしゅ」
ニケだけは褒めてくれたものの、他はなぜか怒っている。
そんなポワカとオルジーをなだめるため、武明は言い訳をした。
「まあまあ、これも異界の知識あってのものだから。それにけっこう時間も魔力も掛かるから、あまり実用的じゃないでしょ」
「まったく、あんたは本当に……」
「そういう問題じゃありません……でもタケアキさんらしいです」
武明の天然ぶりに、ポワカもオルジーもそれ以上の追及を諦めた。
どの道、複数の精霊と契約しなければできないことなのだ、と自分に言い聞かせて。
その後も魔力が続く限り、武明は新たな魔法を創造していった。
敵の攻撃を防ぐための氷壁や、全長2メートルほどの氷槍などを作りだしてみせ、さらにポワカたちを呆れさせる。
ちなみに水使いは空気中から水を作りだせるが、これも武明の方が効率が良かった。
空気中にある水分子を液化させる、という現象を理解している分だけ、魔力消費が少ないのだ。
もっとも、気化潜熱というのはけっこう大きく、それなりの時間と魔力を要するため、戦闘に使うには向いていない。
こうしてずいぶんと魔力を使ったため、練習を打ち切ろうとする武明に、思わぬ障害が立ち塞がる。
「つぎは、やみまほう、れんしゅう、しゅるでしゅ」
それは期待に目を輝かせて尻尾をブンブン振る、ニケだった。