29.ポワカの説得
なんとかザンデの村で話をつけた武明は、慌ただしく次の村へ向かった。
行先は羊人族の村トゥクク。
風の中位精霊を持つ女傑、ポワカが治める村だ。
「久しいねえ、タケアキ。しかし急に会いたいだなんて、どうしたのさ?」
「お久しぶりです、ポワカさん。今日は折り入ってお話があってきました。まずはこれを見てください」
そう言いながら武明は、ミズキ、マヤ、フランを召喚した。
さらに横にいるオルジーもアレザを、ニケもニヤを召喚してみせる。
それを見たポワカは、口を開けたまま固まってしまう。
「……なん、だって? 中位精霊を3体も。おまけにオルジーとニケちゃんまで契約したのかい?」
「ええ。思うところがあって、精霊を探す旅に出ていました。その結果がこれです」
「この数ヶ月で3体も中位精霊を見つけたってのかい? そんなの聞いたことがないよ」
「まあ、いろいろと幸運が重なりまして」
武明が頭をかきながらごまかすと、ポワカがきつい目でにらむ。
「ただの幸運でそんなこと、できるはずないじゃないか。何か秘密が……そうか、精霊の落とし子だね」
さすがは中位精霊持ち。
ポワカはすぐさま事情を察し、ニケに視線を当てた。
「さすがはポワカさん。あっさりと答えにたどり着きましたね。それでもまだ、半分ですけど」
「半分だって? 何か他にも、要因があるってのかい?」
「ええ……残りの半分は、俺らしいです。タイオワの使者として呼びだされた、俺の存在がね」
「タイオワの使者に、精霊を惹きつける力があるってのかい?」
「ザンデの魔女の話では、そのようです。タイオワの使者も、獣人の希少種も、精霊に好かれるみたいですね」
「……なるほど。そういうことかい。オルジーもそれに便乗して、契約してきたんだね」
探るようなポワカの視線を、オルジーは正面から受け止めた。
「はい。私もようやく相棒を見つけられました。それを助けてくれたタケアキさんには、全力で恩返しをするつもりです」
「……そうかい。たしかにあんたは、才能ありそうだったからね。よかったじゃないか」
ポワカは懐からキセルを出すと、タバコを詰めて火を着けた。
そして気持ちを落ち着かせるようにひと口吸うと、武明に問いかける。
「それで、これだけの準備をして、何をしようってんだい?」
「タイオワ連合を、もっと強くしたいと思います。それには各集落のつながりを強めるだけでなく、戦力も調える必要があります」
「ほう、いい顔をするようになったじゃないか。察するに、シュドウの件かい?」
「ええ、シュドウでは俺の無力さを思い知りました。せっかく連合を立ち上げておきながら、いざという時に結束できなかった。そしてたかだか200人の敵に、負けたんです」
「ずいぶんと偉そうなことを言うじゃないか。あんた、英雄にでもなったつもりかい?」
ポワカがキツイ視線で、武明をにらみつける。
しかし武明は肩をすくめるだけで、それを受け流す。
「フッ、本当に俺が英雄なら、シュドウを救ってますよ。だけど俺たちを逃がすために命を張った人々を見て、決心したんです。もう遠慮はやめようって」
「ハッ、今までは遠慮してたのかい?」
ポワカの皮肉に、武明は口元を歪める。
「正確には遠慮じゃなくて、敵を甘く見てたって感じですかね。俺が前面に出なくたって、連合を立ち上げて、住民の背中を押してやれば、なんとかなると思ってました。だけどそれじゃあ、全然間に合わない」
「間に合わないって、何が?」
ポワカに問われた武明は、彼女の赤い目をひたと見つめた。
「人族の動きが、想像以上に速いってことですよ。おそらく精霊の存在が、その動きを速めています」
「それはどういうことだい?」
「人族は精霊を封じた武器で、シュドウを襲ってきました。風で鉛の玉を飛ばしたり、火を吐く武器もありましたね。奴らはそんな武器を、短期間で倍増させたんです。その秘密がこの地にあるのだとしたら、どうなります?」
「この地の秘密ってのは、なんだい?」
「これはハムニさんに聞いたんですが、しばしば人族は精霊の情報を求めてきたそうです。その話の中で、海の向こうで精霊は、ほとんど狩り尽くされたようなことを言ってたらしいんです。もしそれが事実なら、奴らにとってこの地は垂涎の的ですよ」
するとポワカの顔がそれまでになく厳しいものに変わる。
「むう……それが本当なら、人族にとってこの地は、戦力を増やすための絶好の狩場じゃないか」
「ええ、精霊を狩れば狩るほど、連中は武器が増やせるんです。そしてその武器で、植民地をさらに広げようとしている。精霊は祖国にも還元されて、戦力をさらに底上げするでしょう。そしたら周りの国もそれに気がついて、この地に押し寄せるかもしれない。そうなったら、もう止めようがありませんよ」
「なんてこったい……」
ようやく事態の深刻さに気づいたポワカが、真っ青になってキセルを取り落とした。
やがて気を取り直した彼女が、キセルを取って再び火を着ける。
そしてひと息吸ってから、また口を開く。
「あんたの言うことが事実なら、かなりヤバいことになりそうだね」
「ええ、俺もそう思います。だからここは無理矢理にでも連合をまとめ直して、人族に備えなければいけないんです」
「ああ、そうでもしないと、どうにもならないだろうね。そしてそれを主導できるのは、3属性の中位精霊を持つあんたしかいない。そういうことだね?」
「はい、そのために無理をして、彼女たちを手に入れたんです」
ポワカはまたタバコを吸いながら考え込み、やがて決意のこもった顔を見せる。
「分かったよ。あたしも傍観してるような状況じゃないようだ。今後はあんたに、全面的に協力しようじゃないか」
「ありがとうございます」
「ごじゃましゅ」
「いや、これはもう他人事じゃないからね。それで、あたしらはどうすればいいと思う?」
それから武明は、ザンデの魔女に話したことを、ポワカにも語った。
連合の結束を強化してから、街道の整備、食料生産の増強、鉄製品の増産を進め、並行してザンデを強化する案だ。
そしてゆくゆくは、3大獣人やエルフまでも巻き込むたいと聞くと、ポワカは呆れた声を出す。
「なんとまあ、そこまで考えてたのかい? 呆れたもんだねえ。だけどもう、それぐらいしないとならない事態になってるのかねえ」
「俺はそう思います。だから早急に連合の体制を固めたいんです」
「分かったよ。あたしにできることなら、なんでも協力しようじゃないか」
「あ、それじゃあまずひとつ、いいですかね?」
「なんだい?」
「俺に精霊術の使い方を、教えてください」
武明はそう言いながら、にこやかに笑った。