2.ミズキ
まるでマンガや小説のような世界へ呼びだされた御門武明は、兎人族の少女オルジーに、仲間を救ってくれと懇願される。
自分にそんな力は無いと武明が言えば、すでに彼は水精霊を持っていると、オルジーは言う。
「これが、俺のだってのか?」
「はい、それはタケアキ様の召喚に際して、おばば様の精霊が引き継がれたのだと思います。こうして言葉が通じることからも、それは明白かと」
「え、それって、ここが日本だからじゃないの? ”ドッキリ”みたいな……」
突然の召喚で混乱して気づかなかったが、武明は普通に会話をこなしていた。
逆に言えば、だからこそ、まだ日本にいるのではないかとも疑っていたのだ。
しかしオルジーの説明は、その期待を粉々に打ち砕く。
「どっきり、ですか? いいえ、救世主様は異界よりこの地へ召喚されました。おばば様の命を代償にし、さらに彼女の精霊と知識の一部を引き継いだ形になります」
「命を代償に? そいつは穏やかじゃないが、だからといって、見ず知らずの他人を呼びつけていいわけじゃないだろう」
「それについては、重ね重ねお詫びします。必要とあらばこの身も捧げましょう。しかしとにかく、私どもに力を貸していただけないでしょうか?」
「そんなこと言われたってなぁ……」
彼女の真摯な目を向けられて、武明はまた頭をかく。
たしかに目の前の状況がドッキリとは、とても思えなかった。
しかしそれ以上に、自分が危険な状況をくつがえせるとも思っていなかった。
判断に困った武明は、なんとなく傍らの水精霊に目を向けた。
それは半透明なカエルのような存在で、不思議なことに宙に浮いている。
そしてそのカエルと目が合った瞬間、カチリと何かがはまったような感覚を覚えた。
それと同時にカエルはシュルシュルと渦を巻きはじめ、体積が3倍ほどの球体に膨れ上がった。
「な、なんだ? 何が起こってる?」
「い、いえ、私にも何がなんだか……」
武明に問い掛けられても、何が起こっているかなど、誰にも分からない。
そんな彼らの不安をよそに、渦はシュルシュルと収束していき、やがて幼女の形を取った。
その身長は1メートル強で、顔立ちも5、6歳ぐらいに見える。
その整った顔立ちにセミロングの髪が相まって、なかなかにかわいらしい外見だ。
体は3頭身で、ミニドレスのような薄衣をまとっている。
ただしその輪郭は煙のように不明瞭で、先が透けて見える不思議な存在であった。
そんな半透明幼女が完成すると、武明にまとわりついてきた。
ニコニコ笑いながらじゃれつくそれは、本物の幼女のようだ。
武明は恐る恐る幼女に手を伸ばしながら、オルジーに尋ねる。
「精霊ってのはみんな、こういうものなのか?」
「い、いいえ、下位の精霊は、先ほどまでのような動物形です……中位以上の精霊になると、人の形を取るそうです」
「ふ~ん、それじゃあこれは、中位以上の精霊ってことね。下位と中位があるなら、上位もあるの?」
「はい。より強大な力を持ち、大人並みの思考能力を持つものが、上位精霊とされます。精霊の思考能力は、その外見にふさわしいものになるので、タケアキ様の精霊は中位に相当すると思います」
「ふ~ん、これが中位精霊ねえ……」
オルジーの話を聞きながら幼女を構っていると、ふいに指を掴んで引っ張られた。
「ん? 何か欲しいのか?」
「……!……!」
精霊が身振りで何やら要求しているようだが、武明には分からない。
それを見かねたオルジーが、口を挟んだ。
「あの、名付けを望んでいるのではないでしょうか。契約した精霊に名前を与えると、よりつながりが強固になり、力も上がる、と聞いたことがあります」
すると水精霊は、そうだそうだと言わんばかりに、頭を縦に振る。
それを聞いた武明は、しばし考え込んでから口を開く。
「名前か……ミズキ、でどうだろう?」
その瞬間、精霊が淡く光ったと思うと、その体が見る見るうちに実体化を強めていった。
やがて安定したその体はまるで氷の彫像のようであり、ミズキはクルクルと回りながら体の具合を確認しはじめる。
その確認が終わると、ミズキは満足そうにほほえんだ。
その一方で、武明やオルジーはあっけにとられるばかりだ。
「なあ、中位精霊って、こういうものなのか?」
「……い、いいえ。私も中位精霊を見るのは初めてで、よく分かりません……ですが強力な精霊ほど、はっきりした形を取ると聞くので、強化されたんだと思います」
そんなやり取りをしているうちにミズキは、武明があぐらをかいている足の上に登り、そこに陣取ってニコニコと頭を振りはじめた。
緊迫した状況にもかかわらず、そのかわいらしい姿に、雰囲気がやわらぐ。
急に呼びだされて混乱する武明ですら、ほっこりしたほどだ。
そんな、弛緩した空気の中に、1人の少女が駆け込んできた。
「おねえちゃん、追手が来たよ!」
「ええっ、もう来たの! 早すぎる。どうしよう……」
オルジーがうろたえる横で、新顔の少女が武明に目を止めた。
「あんた、誰? なんで人族がここにいるの?!」
「あ、ヤツィ。この方は、おばば様が星呼びの儀式でお呼びした、救世主様よ。タケアキ様というの」
「タケアキ? 星呼びの儀式って……まさか、おばば様は!」
少女の問いにオルジーは顔を曇らせる。
「そうよ、儀式と引き換えに、お亡くなりになったわ」
「そんな、おねえちゃん!」
「私だって、止めようとしたわよ!」
いきなりケンカを始めた姉妹に、武明が割って入る。
「ちょっと待て。追手が来たとか言ってなかったか?」
「あっ、そうよ、おねえちゃん。10人近い敵が、こっちへ向かってるの。犬を連れてるみたいだから、じきに見つかるわ」
「なんてこと……一体どうしたら……」
混乱して動けないオルジーの横で、再びヤツィが武明をにらみつける。
「あんた、救世主だっていうなら、なんとかしなさいよ!」
「はあ? 勝手に呼びだしておいて、なんだその言いぐさは?」
「そ、そうよ、ヤツィ。タケアキ様はまだ何も知らないの。やっと精霊と契約が終わったところで……」
「契約?……ひょっとしてそれ、中位精霊なの?」
「ああ、そうだ。ミズキって、名づけた」
するとヤツィが武明に近寄り、ミズキをしげしげと眺める。
「ふうん、本物みたいね。中位精霊と契約したんなら、力を貸してよ。たぶん10人くらいなら、相手できるでしょ」
「いや、だから契約したばっかで、使い方も知らないんだって」
まるで当然のように協力しろと言われ、武明はムッとする。
互いににらみ合って、雰囲気が悪くなりかけたところへ、何かが飛び込んできた。
「ピューイ」
「ニヨル! おじ様が来たのね!」
「ピ、ピ、ピ」
ヤツィの掲げた手に停まったのは、白っぽい半透明のツバメだった。
それを見て明らかにホッとした皆の雰囲気を見て、武明が問う。
「おい、どういうことだよ。勝手に納得してないで、説明してくれないか?」
「これは私の精霊よ。村を留守にしていたおじ様たちと、連絡がついたみたい。おじ様なら追手を撃退してくれるから、あなた戦わなくてもいいわ。よかったわね」
そう言って武明を馬鹿にするようなヤツィの言いぐさに、彼は不快感を禁じえなかった。