26.武明の思い
泉のほとりで水精霊に襲われたオルジーだが、武明の助けを借りて契約を交わすことができた。
「さて、契約が成立したなら、名づけだよな。何か、考えてる?」
「はい、考えてはいたんですけど、別のにします」
「へ~、何かいいのを思いついた?」
「そうです。この子の名前は、アレザです」
その瞬間、水精霊が淡く光ると、実体感がさらに増していた。
一方、魔力を奪われたオルジーは、フラフラとその場にへたり込んでしまう。
「さすがは中位精霊だけあって、ガッツリ魔力を取られたみたいだな。大丈夫?」
「は、はい……なんとか。でも、想像以上にキツイですね」
「まあね。でもしばらく休めば治るよ」
気丈に振る舞うオルジーに休むように言ってから、武明は改めてアレザを見た。
名前と魔力をもらった水精霊は、より実体化が強まり、まるで白水晶の彫像のようだ。
彼女はしきりに手足を動かしてみて、その感触を楽しんでいるように見えた。
「アレザってのは、小さな泉から取ったのかな?」
「ええ、そうです。この泉で出会った彼女に、ふさわしいと思って」
「そうだね。さて、今日はここで野営にしようか。オルジーが落ち着いたら、精霊術の練習をしてもいい」
「そ、そうですね。私もその方がいいです」
「よし、野営の準備をするか」
「はいでしゅ」
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その日の晩、武明たちは泉のほとりで焚き火を囲みながら、くつろいでいた。
「ムフフ~」
その中でオルジーは、アレザを抱き締めながらニマニマと笑み崩れている。
アレザの方は戸惑ってはいるようだが、それほど嫌そうではない。
「さっきから、にやけっぱなしだな」
「そりゃあ、そうですよ。念願の精霊、しかも中位精霊と契約できたんですから。今までの苦労が、い~っぺんに吹き飛んだ感じです」
「まあ、そりゃそうだろうな」
そんな、ゆったりとした空気の中で、ニケが変なことを武明に尋ねる。
「ところで、タケしゃま。タケしゃまは、オルジーしゃんが、しゅきなんでしゅか?」
「はあ? いきなり、何言ってんだよ、ニケ」
「だってタケしゃま、みじゅから、あがったあと、オルジーしゃんのくち、しゅってました」
「ばっ、それを言うなって!」
「ええっ! くちを吸った?」
ニケの爆弾発言に、武明がうろたえる横で、オルジーは顔を真っ赤にしていた。
そんな状況にため息をつきながら、武明が説明を始める。
「はあ……あれは違うんだ、ニケ。俺が口づけしたように見えたのは、人工呼吸っていう治療行為なんだよ」
「「じんこうこきゅう?」」
「そう。泉に引き込まれたオルジーは、水を飲んで息が止まってたんだ。だから俺が息を吹き込んで、心臓をマッサージしたの」
「ああ、むねも、しゃわってましたね」
「ええっ、胸も!」
またニケの余計なひと言で、オルジーが胸を押さえて声を上げる。
「だ~か~ら、あれは治療行為なんだって。その証拠に彼女は、すぐに息を吹き返しただろ?」
「……しょういえば、しょうかも、しれましぇんね」
「そう。だから別に俺がオルジーを好きだとか、いやらしいことをしたかった、とかじゃないの」
「わかりました」
「そう、なんですか?……」
ようやく納得したらしい2人の表情は対照的だった。
ニケは満足そうに笑い、オルジーはどこか寂しげにしている。
そんな2人の想いに気づかないふりをして、武明は話を変えた。
「しかしまあ、無事にオルジーも契約できたから、後は俺がもうひとつ、契約するだけだな」
「そ、そうですね。中位精霊を3体も従わせれば、誰にも無視できません。きっと他の村も、協力してくれると思います」
「ああ。しかしそうは言っても、諸部族をまとめるのは大変だろうけどな」
「ニケも、てつだうでしゅ」
「ああ、もちろんだ。よろしく頼むぞ」
武明が頭を撫でてやると、ニケは嬉しそうにその感触を楽しむ。
そんな彼を見て、オルジーがポツリとつぶやいた。
「……どうして、そこまでしてくれるんですか?」
「え、なんだって?」
「どうして私たちのために、そこまでしてくれるんですか?」
「う~ん、まあ成り行きってのもあるけど、何よりも俺が生き残るためかな」
「でもタケアキさんは、戦のない平和な世界で、暮らしてたんですよね? それを急に異界に呼びだされて、怒ってないんですか?」
オルジーは何かを恐れるように、武明に問いかける。
そこで武明は焚き木に薪をくべ、少し間を置いてから喋りはじめた。
「正直、怒りがないと言えば、嘘になる。だけど、前の世界でも、それほど幸せばかりって感じでもなかったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、俺は前の世界、日本ていう国なんだけど、そこで会社員として働いていた」
「かいしゃいん、ですか?」
「あ~、会社ってのは、お金を稼ぐための組織だ。って、ここにはお金もないのか。お金はほら、あれだ。ウサギの毛皮みたいに、物の価値を示す指標であり、物を買うための対価だ。もっと分かりやすく言えば、生活の糧ってとこかな。俺は食ってくために、ある組織に所属していた」
「はあ、そうなんですか……」
「でしゅか?」
物々交換の世界に生きるオルジーやニケには分からないので、とりあえず相槌を打っていた。
「俺の会社は、自動車の部品を作ってた。自動車ってのは、あ~……人間が作った6脚馬? まあ、人工的な乗り物ってことだ。それで俺が担当してたのは、部品の設計だ」
「せっけい、ですか?」
「その概念も無いよな。例えば……村に荷車があるだろ? あれの車輪部分をいろいろと改良するのが、俺の仕事みたいなものかな。もっと軽やかに回って、もっと作りやすくするには、どうすればいいかとか。そんなことを考えて、図面にするんだ」
よく理解できなかったが、オルジーはとりあえず身近な職業に置き換えてみる。
「ええっと、要するに大工さんですか?」
「その仕事の一部、かな。大工ってのは自分の頭で考えて、自分の手で作るだろ。俺はその頭の部分を担当してたんだ」
「どうしてそれを分ける必要があるんですか?」
「その構造が複雑で、何万、何十万という数を作るからだね。そのためには仕事を分けて、大規模にやった方が効率がいい。まあ、その辺は本筋じゃないから、措いておこう。とにかく俺のやっていた設計ってのは、頭を使う仕事だな。だけどこれがけっこう、板挟みになりやすい仕事でさ。上からは高性能で安くしろって言われて、下からはもっと作りやすくしろ、とか突き上げられたりする」
「はあ……」
「そうなるとただ設計するだけじゃなくて、いろいろと調整が必要になってくるんだ。来る日も来る日も打ち合わせをして、物ができればまた打ち合わせをして、とか。ようやく量産化したと思ったら、問題が出て工場に呼びだされるなんてこともある」
武明がそこで一旦話を切ると、2人ともポカンとしていた。
「ごめん、分かりにくかったか……要するに、メチャクチャ忙しくて、それが何回も何回も続くんだ。俺も若いうちは、それなりにやりがいを感じてたよ。だけど会社は効率化、効率化ばかり言ってるし、さらに歳とって責任が重くなってくると、これがまたしんどいんだ。それでまあ、最近は一度、会社やめて何か始めようかな~とか、悩んでたんだよね」
「そう、なんですか? それで、元の世界にはあまり戻りたくないと?」
そう言われて武明は、頭をガリガリとかいた。
「ん~、まあ、そんな感じかな。幸い俺は結婚してないどころか、恋人もいなかったし、母親はクズみたいな人だったんで、会いたくもない。前の生活にあまり未練がないってのは事実だ」
「ほんと、でしゅか? ニケのこと、しゅてないでしゅか?」
それまでずっと不安に思っていたのだろう。
急にニケが、武明にすがりついてきた。
そんな彼女の頭をポンポンと叩きながら、武明は優しく諭す。
「そんな顔するなって。ニケとの出会いこそが、この世界へ来て最大の財産だ。お前が幸せに生きられる世界を作るまで、どこかに行ったりはしないよ」
「うれしい、でしゅ。あたしも、てつだうでしゅ」
「わ、私も協力しますよ」
「ああ、みんなでがんばろう」
「「はい!」」
こうして武明の本音を聞くことにより、3人の距離はさらに縮まっていた。
アリゾナ以外にも、ケンタッキー(平原)、ミシガン(大きな湖)、ミシシッピ(大きな川)、オハイオ(きれいな川)、ワイオミング(大平原)などの州名は先住民由来だそうです。
ちなみに登場人物も
オルジー:月
ヤツィ:小さき者
カレタカ:守る者
ポワカ:魔女
などは先住民の言葉を参考にしてます。
他は適当ですけど。