25.オルジーの契約
第1章を改稿しました。
けっこう誤字とか辻褄の合わないところがあって、汗顔の至り。
説明を加えた部分もあるので、気が向けば読み返してみてください。
感想などもらえると幸いです。
精霊探索の途中で休んでいた泉のほとりで、オルジーは何者かに襲われる。
そのまま泉に引き込まれた彼女は、ただただ混乱していた。
「ガボッ、ガボボッ!」
なんとか逃れようとするものの、見えない腕に囚われた彼女は、水底まで引き込まれてしまう。
(何、これ? 水の、精霊?)
ようやく思考できるようになったオルジーは、自分を引き込んだ相手に思い当たる。
それは彼女の推測どおり、水の中位精霊だった。
その存在がマヤにも察知されなかったのは、やはり属性が違うというのと、相手が水底に潜んでいたからだ。
最初は水精霊の方も、干渉するつもりはなかった。
しかし泉のほとりで休憩する彼らを見ていて、オルジーに興味を覚えたのだ。
なぜなら彼女は、優れた精霊との親和性を持っていたからだ。
血統というのは馬鹿にできないもので、アクダの魔女の血を引くオルジーは、高い魔力と親和性を備えていた。
それは魔女をしのぐほどの才能であり、さらに彼女は幼い頃から魔女の精霊術にも親しんでいる。
本人も水精霊との契約を望んでいたこともあり、いつの間にか彼女には、水魔法の適正が育っていた。
そんな彼女が今まで契約できていなかったのは、運の悪さだけでなく、才能が高過ぎたこともある。
なまじ才能が高いために、並みの低位精霊にとって彼女は、眩しすぎたのだ。
しかし中位精霊からすれば、オルジーは宝石のような存在であり、ぜひ欲しい人材だ。
そんな思いが勢い余って、突然の誘拐劇につながってしまった。
そして邪魔の入らない水底に引き込んだ水精霊は、オルジーへのアタックを開始した。
それはただ仲良くしたいがゆえの行動であったのだが、そのアプローチが絶望的に間違っているため、誤解されてしまう。
(これはやっぱり、水精霊。だけどなんでこんな……そうか、これがタケアキさんの言ってた試練ね。負けられないわ)
しかし幸か不幸か、オルジーは武明からマヤの攻撃を聞いていた。
本来ならばもっと平和的に接触し、互いの合意をもって契約できたのだが、そんなことは彼女に分からない。
オルジーは水精霊のラブコールを自身への攻撃と判断し、猛烈な反撃を開始した。
(く~~~っ、これで、どうだ!)
オルジーは無意識に魔力をまとい、それを水精霊に叩きつける。
すると予想外の反撃を受けた精霊は、その反動で触手の締め付けをより強めてしまう。
(キャ~~ッ、く、苦しい…………誰か、助け、て……)
ただでさえ息ができず苦しいのに、首を絞められてオルジーの意識がもうろうとしはじめる。
そして意識が途切れる瞬間、彼女は強い衝撃を感じた。
それが何かは分からないまま、オルジーは意識を失ってしまう。
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”魔女の家系なのに、まだ契約できないんだって”
”へ~、あんなにがんばってるのに、不思議だね。ヤツィはもう契約してるのに”
”そんなこと言っちゃあ、かわいそうだよ。誰にでも得手不得手はあるからさ”
”そうだね。オルジーはかわいいから、いくらでも嫁のもらい手はあるだろうし”
村人たちの無神経な言葉を、オルジーは思いだしていた。
彼女は幼い頃から、尊敬する祖母のようになりたくて、巫女を目指していた。
そのため率先して祖母の仕事を手伝ったし、勉強もした。
しかしいつまで経っても、精霊と契約できない。
祖母には焦るなと慰められたが、気は晴れなかった。
さらにヤツィに契約で先行されてからは、強い劣等感を感じて生きてきた。
そんな悔しさとせつなさに塗れた、苦い思い出の中から、オルジーの意識は急速に覚醒する。
「ケホッ、ケホッ、ケホッ!」
「オルジーしゃん」
むせ返りながら目を開けると、目の前に武明の顔があった。
彼はびしょ濡れになり、オルジーに覆いかぶさるように、彼女の顔をのぞき込んでいる。
「大丈夫か? オルジー」
「……だ、だいじょうぶ、です。ケホッ、ケホッ」
武明の顔を見て安心しながら、オルジーは辺りを見回す。
地面の上に横たわった彼女の左側には、心配そうなニケが、さらに足元の方にはミズキがいた。
彼女はしわがれた声で、状況を尋ねる。
「な、なにが、あったんですか?」
「君は水精霊に、泉の中に引き込まれたんだ。ミズキが押さえ込んでる、あいつにな」
武明の視線の先を見ると、たしかにミズキは何かを押さえているようだ。
「た、タケアキさんが、助けて、くれたんですね?」
「ああ、ミズキと一緒にな。本当は襲われる前に、気づくべきだったのに、ごめん」
「い、いえ、とりあえず無事だったから、いいです」
申し訳なさそうにする武明を間近に見て、オルジーは急に恥ずかしくなった。
それをごまかすように起き上がろうとすると、武明が手を貸してくれる。
座った状態で体を起こすと、正面にミズキと何かの姿が目に入った。
「こ、これが、私を引き込んだんですね?」
「ああ、幸いにもこれは水の中位精霊だ。ミズキがキッチリ締めといたから、契約できると思うぞ」
「そ、そうなんですか?」
ミズキに押さえ込まれているのは、ひと抱えもあるような、水色の何かだった。
それは水の塊のようでありながら、どこかフワフワした不思議な存在である。
これは精霊が、物質界と精霊界の両方に存在しているためだ。
そのため彼らは契約者を得るまで、はっきりとした実体を持たない。
この精霊がオルジーを泉に引き込んだ後、武明は少し遅れて飛び込んだ。
そして水底に彼女を発見すると、ミズキに攻撃をさせながら、オルジーを引きはがしたのだ。
彼女を武明が陸上に引き上げているうちに、ミズキは水精霊をコテンパンに叩きのめし、今に至っている。
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ、ミズキも害意はないって言ってるから、大丈夫なはずだ。それよりもむしろ、オルジーに好意を持ってるみたいだぞ」
「ええっ、なんでです?」
「さあ? やっぱりオルジーには、才能があるんじゃないか」
「そんなこと……あるのかな?」
武明の言うことは正鵠を射ていたが、今まで失敗し続けてきたオルジーには、容易に信じられなかった。
そんな思いですくんでいる彼女の背中を、武明が優しく押す。
「さあ、まずはやってみろって。きっと成功するから」
「……分かりました。すみませんけど、そのまま肩に手を当てておいてくれませんか」
「ああ、俺もこうして、応援してるよ」
「はい、ありがとうございます」
ようやくオルジーは、ミズキが押さえる水精霊に手を伸ばした。
恐る恐る手を触れた瞬間、混乱した意識が流れ込んでくる。
それはオルジーに謝りつつも、彼女への好意と契約の意思を伝えていた。
中位の精霊に好意を持たれていることに感激しつつ、彼女は契約に同意する。
その途端、精霊がポンッと膨れ上がって、シュルシュルと渦を巻きはじめた。
そしてそれが縮まりながら収束していくと、最後には女の子の形を取った。
ミズキよりも少し上に見えるその姿は、ウサギ耳と尻尾を持ち、簡素な貫頭衣に包まれている。
どことなくオルジーに似たその顔立ちは、なかなかにかわいらしい。
その姿を見たオルジーが、口元を押さえて泣きはじめた。
「ウウッ……成功、しました。タケアキさん、私、やりました。ウウウッ……」
「ああ、おめでとう、オルジー」
嬉しさにむせび泣くオルジーの肩を、武明は優しく叩いてねぎらってやった。