24.ニケの契約
武明がマヤとの契約を成功させた翌日は、オルジーとニケの相手探しをした。
しかし闇精霊というのは数が少ないらしく、なかなか相手がみつからない。
ようやく木の洞に潜んでいた精霊を見つけ、まずはマヤが交渉してくれた。
するとあっさりと了解が取れたらしく、マヤがニケの背中を押して、洞の前に立たせる。
そこでニケは恐る恐る洞に手を突っ込んだものの、ビクンと硬直した直後、涙目になって逃げ帰ってきた。
「あう~っ、タケしゃま~」
泣きつかれた武明が、彼女をあやしながら尋ねる。
「アハハ、やっぱりニケには早かったか。どんな感じだった?」
「う~、なんか、あたまに、へんなの、はいってきたでしゅ」
「ああ、それなら俺の時より全然ましだ。俺なんて、氷水の中に叩き込まれたみたいだったんだぞ。それで、まだ試してみるか?」
武明が優しく尋ねると、ニケは首を振り、予想外のことを言った。
「けいやくは、もう、せいこう、したでしゅ」
「えっ、成功してたのか?!……あ~、本当だ。これがお前の精霊か。それなら、名前をつけてやれよ」
よく見るとニケの背後には、黒い霧のようなものが浮かんでいた。
その闇精霊らしきものとニケを向き合わせてやると、彼女はしばし考えこむ。
「ん~………………それなら、ニヤでしゅ!」
ビシッと指を突きつけるように、ニケが名前を口に出すと、黒い霧がぶるりと震え、形を変えはじめた。
しばらくモゴモゴと蠢いていたそれは、やがて黒い小犬の形を取る。
子犬はニケに近寄ると、ペロペロと彼女の手を舐めはじめた。
「むふ~、かわいいでしゅ」
「お~、これは小犬? いや子狼かな。たしかにかわいいな」
「ええ、かわいいです。ニヤって名前は、ニケちゃんのニと、マヤちゃんのヤを足したのね」
「そうでしゅ」
ニケがニヤを抱き上げたので、武明やオルジーも触ってみる。
その感触はツルリとしていて違和感はあるものの、本物の子狼のように動くそれは、なかなかかわいらしかった。
ひととおりニヤをかわいがり倒すと、今度はニケの話になる。
「それでニケちゃん、契約した感触はどう?」
「ん~……なんか、かんかくが、しゅるどくなった、かんじでしゅ」
「感覚が鋭くって、どんな感じ?」
「まえより、とおくのもの、かんじられるでしゅ」
「え~、なんでですかね?」
意見を求められた武明が、少し考えて推測を語る。
「そうだな……たぶんニヤと契約したことで、魔素を感じる能力が強まったんじゃないかな。俺もマヤのおかげで、魔素の存在を感じられるようになってるんだ。それにニケは元々、耳や鼻がいいから、より探知能力が高まったんだと思う」
「はい、しょんなかんじでしゅ。あと、ミズキしゃんや、マヤしゃんのかんがえも、まえより、わかりやしゅいでしゅ」
「ん~、それは元からあった能力が強化されたのかな? 闇精霊自体が、交信能力を持ってるみたいだし」
「う~、うらやましいです」
しっかり強化されたニケを、オルジーがうらやむ。
そんな彼女を、武明が慰めた。
「まあまあ、オルジーもこれから契約すればいいじゃん」
「そ、そうですよね。ニケちゃんがこんなに簡単に契約できたんだから、私だってできますよね」
「いや、さすがに同じようには――」
「私、がんばります!」
ニケと同じようにいかないだろうと言いかけたが、拳を握りしめて気合いを入れるオルジーを、武明は見守ることにした。
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しかし現実はそれほど甘くない。
その後の探索で何度も闇精霊を見つけたものの、オルジーは契約に成功しなかった。
マヤが交渉してみても、なぜか精霊に逃げられてしまうのだ。
「うわ~~ん、やっぱり私、才能ないんですぅ。ひ~~ん」
2日間の探索が徒労に終わった日の晩、オルジーは泣いていた。
さすがに10体以上の闇精霊にダメ出しをされては、心が折れるのも仕方ない。
「う~ん、やっぱり相性とかあるのかな~。エルフを除いたら、ハーフリング族以外には闇精霊と契約できてないみたいだし」
「グス、ヒック……たしかにそうかもしれませんけどぅ……」
「あいしょう、だいじでしゅ。じぶんに、できること、みつけるでしゅ」
ニケに慰められて、オルジーは少し元気を取り戻す。
「うん、ありがとうね、ニケちゃん……だけど私、これからどうしたらいいんでしょう?」
「まあ、当初の狙いどおり、水の中位精霊を探せばいいんじゃない?」
「仮にそれが見つかったとして、私に契約できますかね?」
すっかり自信を失ったオルジーが、武明にすがりつくような目を向ける。
しかし武明にだって、そんなことは分からない。
せいぜいまだ諦めるのは早いと、元気づけることしかできなかった。
「相性ばかりはどうしようもないけど、最初から諦めてたら、何もできないよ。何回も断られて残念だけど、そこは気を強く持たなきゃ」
すでに2体の精霊を持つ武明にそう言われ、オルジーは反発を覚える。
しかしすぐに思い直して、自身を戒めた。
「そ、そうですよね。私、なに弱気なこと言ってるんだろ。今回だって、無理を言って連れてきてもらったのに」
「そうだな。困難なことは最初から分かってたんだから、もっと図太くならないと。大丈夫、こっちには精霊の落とし子がいるんだ。きっと見つかるさ」
「げんき、だしゅでしゅ、オルジーしゃん」
「うん、ありがとう、タケアキさん、ニケちゃん。私、がんばるよ」
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ようやく元気になったオルジーを連れ、武明たちは翌日から水精霊を探し歩いた。
水精霊ということで、小川や泉のありそうな所を、重点的に回ってみる。
しかしいるのは低位の精霊ばかりで、中位精霊など手がかりさえ見つからない。
そうして2日目の昼近く、一行はとある泉のほとりで昼休憩を取っていた。
「やっぱり中位精霊となると見つかりませんね」
「そうだな。だけどそう簡単に見つかれば、誰も苦労はしないよ」
「げんき、だしゅでしゅ」
そんな慰めもうわの空で、オルジーは再び自信をなくしかけていた。
「やっぱり中位は諦めて、低位精霊と契約するべきかしら……」
「……本当に、それでいいのか?」
「ちょっと残念ですけど、しょうがないですよ。武明さんにこれ以上、迷惑かけるわけにいかないし」
「俺はまだいいよ。せっかくだから、もう2、3日探してみようぜ」
「う~ん、でも……」
なんとかオルジーを奮い立たせようとしていたら、突然、強烈な気配が発生した。
「なんだ? 何かいるぞ!」
「みじゅのなかでしゅ」
「へ?」
オルジーがニケの指す方向を振り返ろうとした瞬間、彼女に泉の水が降りかかった。
「キャーーーーッ!!」
「オルジーっ!」