23.精霊の落とし子
なんとか闇の中位精霊と契約した武明だったが、それにはニケの助けがあったと言いだした。
「ニケちゃんの助けって、なんですか?」
「最初、俺がマヤと接触した時、何もできなかっただろ。だけどニケがそこに加わってきて、状況が変わったんだ」
「へ~、どう変わったんです?」
「まず、ニケが触れてるところから、温かい何かが流れてきて、俺は正気に戻った。それで改めてマヤに向き合うと、なんとなく意思の疎通ができたんだ」
するとオルジーは少し考え、推測を述べる。
「温かい何かとは、魔力かもしれませんね。でも意思の疎通というのは……」
「たぶんニケの能力だと思う。ちょくちょく、ミズキの通訳をしてくれただろ?」
「それはそうですけど、共有できるものなんですか?」
オルジーの素朴な問いに、武明は肩をすくめた。
「現実にできたんだから、そうなんじゃないかな。婆さんが言ってたように、ニケは精霊の落とし子なんだと思う。その能力には、精霊に好かれるだけじゃなく、交信能力も入ってると考えれば、つじつまが合う」
「言われてみれば、そうですね。もしそうなら、ニケちゃんを通訳に使えば、精霊との契約難度が下がるのかも」
オルジーが期待に満ちた目でニケを見ると、武明は別のことを言いだした。
「うん、その可能性はあるね。だけど、今は俺も手助けできると思うよ」
「それはどういうことですか?」
「実はマヤと契約したら、精霊と交信しやすくなったんだ。おかげで俺も、ミズキの考えが前より分かるようになってる」
「ええっ、それって、凄いことじゃないですか! 自由に精霊と意思疎通できるだなんて!」
「う~ん、共通の言語がないから、そこまで自由じゃないよ。まあ、便利なのは間違いないけど」
オルジーが興奮したので、武明は少し捕捉して落ち着かせようとする。
しかしオルジーは止まらない。
「多少の不自由があったって、精霊と交信できるなんて凄いですよ。やっぱりタケアキさんは、タイオワに遣わされた救世主なんです!」
「だから落ち着けって。まあ、そういうわけだから、これからは少しは難易度が下がると思うよ」
「はい! ぜひ中位精霊と契約しましょう。ちなみに私は、水精霊と契約したいです」
オルジーが鼻息も荒く、願望を語る。
そんな彼女を見ながら、武明は苦笑した。
「希望は分かったけど、会えるかどうかは運だからな。そこんとこ、勘違いしないように」
「う~~、そうなんですよねえ。私って運が悪いみたいだから、心配です~」
武明とオルジーがそんな話をしていると、ニケがチョンチョンと武明の肘を突いた。
「ん、どうした? ニケ」
「マヤしゃんが、あたしに、しぇいれい、しょうかい、してくれる、いってるでしゅ」
「えっ、そうなのか? マヤ」
武明が問うと、マヤがニッコリと笑い、うなずいた。
「そいつは助かるな。ちなみにそれは、闇精霊だけ? 他の属性もいけるの?」
「……!」
「低位の闇精霊だけか~……それは今ここで、やれるのか?」
「……!」
「まず精霊を探さなきゃいけないわけね。でもまあ、契約したら魔獣を使役できるようになるから、欲しいよな。うん、見つかったら、紹介してもらおう」
「はいでしゅ」
武明とニケだけで納得して、置いてけぼりをくらったオルジーが、慌てて説明を求める。
「え、ちょっと待ってくださいよ。話の流れが分からないんですけど」
「ああ、ごめん、ごめん。どうやらマヤには、低位の闇精霊が紹介できるらしくて、ニケにどうだって言ってるんだ。さすがに呼び出せはしないらしいけど、見つけたら紹介してくれるって」
「ええ~、ちょっとそれ、凄いことじゃないですか! ハーフリング族に言ったら、大喜びですよ!」
オルジーがまたもや盛り上がりはじめたが、武明はちょっと浮かない顔をした。
「うん、それなんだけど、このことはしばらく、黙っといてくれないかな」
「え、なんでですか?」
「たぶんこれを知ったら、紹介希望者が押し寄せるよね。それにいちいち対応してたら、けっこう時間と労力が取られると思うんだ。ゆくゆくはやるにしても、当面は避けたいんだ」
「う~ん、そう言われればそうですね。武明さんの目標は、まず力を付けて、連合の体制をしっかり固めることですから。闇精霊の契約者を増やすのは、後回しにすべきかもしれません」
「そうだね。まあ、状況が落ち着いてから、ハムニさんに相談してみるよ。ハーフリング族の協力とか、得やすくなるのは確実だし」
「ええ、そうですね……ところでタケアキさん……」
するとオルジーがモジモジしながら、人差し指を突き合わせている。
「ん、どうかした?」
「あの~ですね……私には紹介、してもらえないんですか?」
「ああ、そういうこと。だけどオルジーは水精霊狙いなんでしょ?」
「それはそうですけど、契約できるならしたいです」
オルジーがためらいながらも、そんなことを言う。
そんな彼女の姿に苦笑しつつ、武明はマヤに確認を取る。
「まあ、そうだよな。マヤは、オルジーにも紹介してくれるか?」
「……!」
するとマヤが、うんうんと首を縦に振る。
「お、なんかいけるみたいだぞ。よし、じゃあニケが契約できたら、オルジーのも探してみよう」
「やった~! これで水精霊がダメでも、面目は立ちます」
ホッとした顔を見せるオルジーに、武明は少し意地悪な質問をする。
「ハハハ、やっぱり、ヤツィのことが気になるんだ」
「……そりゃそうですよ。もう何年も、妹と比較されてきたんですから」
ちょっと悲しそうな顔で、オルジーはつぶやいた。
「まあ、そうだよな。俺は1人っ子だったから、よく分かんないけど」
「そうですか……昔はヤツィ、かわいかったんですよ。小さい頃は私の後を、”お姉ちゃん、お姉ちゃん”って言いながら付いてきて。でも10歳になるくらいで契約したら、急に変わっちゃって。私のこと見て、”まだ契約できないの?”みたいな顔するんです」
過去を思いだしたオルジーが、クシャッと顔を歪める。
しかし武明は彼女に、あえて苦言を呈した。
「本当にそうなの? ちゃんと話をしたわけじゃないんだろ?」
「決まってますよ。あの子は私のこと、馬鹿にしてるんです」
「そうかな? 案外、お姉ちゃんにもっとがんばってほしくて、憎まれ口叩いてるのかもしれないぞ」
「……え? そんなこと、あるのかな……」
意表を突かれたオルジーが、呆けたような顔をする。
「まあ、ここでそんなこと言ってても始まらないけどな。まずは契約を成功させて、堂々と帰ろう。そのうえで、ヤツィと話してみればいい」
「そ、そうですよね! 私、絶対に水の中位精霊と契約するんです!」
「そうそう、その意気。でも言っとくけど、マヤとの契約は半端じゃなかったから。氷の海にぶち込まれて、頭の中グチャグチャにかき回されるような感じだった。もう死ぬかと思ったよ」
「え~、そんなに脅かさないでくださいよ~。やっぱり、低位精霊で我慢しようかしら……」
急に怖気づくオルジーを見て、武明は苦笑しつつも助言する。
「おいおい、そんな半端な気持ちでどうすんだよ。それじゃあ、妹に誇れないだろ?」
「う~……分かりました。やっぱり中位狙いで行きます。その時は助けてくださいね」
「ああ、できるだけのことはするよ」
「よろしくお願いします!」
こうしてマヤとの契約に成功した武明たちは、さらなる契約に期待を膨らませるのであった。