21.精霊探し
新たな精霊との契約を求めて、武明とオルジーは翌々日に旅立った。
もちろんニケも一緒で、ハーフリング族から6脚馬も借りている。
ムツアシに3人で騎乗し、彼らは北を目指した。
そして日が暮れる前に野営地を決め、野営の準備に入る。
「ニケちゃんは本当に狩りが上手いのね」
「しょれほどでも、ないでしゅ。タケしゃまの、ぶきの、おかげでしゅ」
またもやニケが仕留めてきたイノシシを、オルジーが手際よくさばいていく。
褒められたニケも、ご満悦だ。
「あ、タケアキさん、水を出してもらえますか?」
「ああ、いいよ。これぐらいでいいか?」
「はい、十分です。自由に水を使えるのって、凄く便利ですね。手も洗えるし、お肉も生臭くならないですから」
武明が精霊術で、バシャバシャ水を出せるおかげで、作業も捗っている。
しかも武明は最近の努力で、水温もある程度調節できるようになっていた。
おかげでハラワタをかきだしてから、冷たい水で冷やしてやると、肉の劣化を抑えられるのだ。
これは体温が残ったままの獲物の体内では、雑菌が増殖して生臭くなるためだ。
だから下手に血抜きをするよりも、迅速に獲物を冷やした方が良い食材になるのだ。
見かけによらず生活力のあるオルジーによって、1頭のイノシシが短時間で肉塊としてさばかれる。
それが一段落すると火を起こし、彼らは新鮮な肉に舌鼓を打った。
「むふ~……おいしいでしゅ、オルジーしゃん。りょうり、うまいでしゅね」
「ウフフ、お粗末さま。私は大したことしてないけどね」
「いやいや、肉のさばき方とか、塩の振り加減とか、なかなかのもんだよ。これはついてきてもらって、正解だった」
「そ、そう言ってもらえると、嬉しい、です」
武明に褒められたオルジーが、頬を染めながらうつむく。
今回の件で距離が縮まった彼女は、武明のことを様づけでなく、さんづけで呼ぶようになった。
おかげでパーティの雰囲気もよくなり、旅は快適であった。
「でも、精霊って、見つかりますかねえ?」
「う~ん、それは探してみないと、分からないよ。まあ、俺とニケがいれば、確率が高まるらしいから、期待してていいんじゃない?」
「そう、ですね。私にも見つかると、いいなぁ」
少し切なそうな顔になったオルジーを、武明がからかう。
「ハハハ、見つからなかったら、お姉ちゃんとして立場がないってか?」
「んもう。本当にそうなんですよ。ヤツィったら10歳の時には、もう契約してたんですから」
「ああ、あのニヨルってやつ? 彼女はどうやって精霊と出会ったんだろ?」
「それがある日、木に登っていたら、見つけたそうなんです。最初はびっくりしたけど、逃げないから契約した、って言ってました」
ちょっと悔しそうな顔で、オルジーが語る。
「へ~、そんなもんかね。オルジーは出会ったこと、ないの?」
「なんとなく精霊の気配を感じることは、何度かありました。だけど相性が悪いのか、心を通わせる前に、逃げられちゃうんです」
「相性ねえ……何が違うんだろ?」
「さあ? それが分かれば苦労しませんよ。いずれにしろ、どんなに才能があっても、相性のいい精霊に会えなければ、術師にはなれないんです。ほんと、不公平ですよね」
「そうだなあ……でもさ、ひょっとしたら、今まではオルジーに見合う精霊と、出会ってないだけかもしれないだろ」
「私に見合う精霊って?」
「例えば、中位の精霊とかさ、もっと凄いの」
「そんな、私なんて……」
そう言って恥じらうオルジーを見て、武明は改めてかわいいと思った。
探索のために少し短くした白いショートヘアーに、ウサギ耳。
その顔立ちはパッチリとした緑の目に、すっきりとした鼻筋、そして可憐な唇が、絶妙なバランスで配置されている。
体は痩せ型だが、出るところはしっかり出ていて、色気もある。
日本にいたら、超絶人気アイドルになっていてもおかしくないな、と武明は見とれていた。
そんな束の間の沈黙が気まずかったのか、オルジーが慌てて言葉を続ける。
「やっぱり、希望は捨てちゃいけないですよね。うん、私にだって見つかるはずだから…………ところで、どうやって探します?」
「ん?……う~ん、それが問題なんだよな。婆さんも、それぞれの属性が強くて、魔素の多い場所を当たれって言うだけで、具体的には教えてくれないし」
ザンデの魔女からアドバイスはもらっていたが、それはひどくあいまいなものだった。
それも当然で、中位以上の精霊は、とても希少な存在なのだ。
そんな事例から、例えば水属性なら人の寄り付かない泉、風属性なら風の強い渓谷、などという情報はもらっていた。
しかしそれは人里離れた場所になるので、たどり着くのも容易でない。
「そういえば、ミズキちゃんにはそういうの、分からないんですかね? 気配とか教えてもらえれば、助かると思うんですけど」
「あ~、そうだな。ちょっと聞いてみるか。ミズキ」
武明の呼びかけに応じ、氷の彫像のような幼女が現れた。
精霊というのは姿を維持するにも魔力がいるそうで、普段は姿を消している。
しかし最近は暇を持て余すと、頻繁に姿を現し、武明やニケと遊んだりもしている。
特にニケとは精神年齢が近いせいか、けっこう仲良しだ。
「ミズキには、強い精霊の気配とか、分からないのか?」
ミズキはちょっと考えてから、身ぶり手ぶりで何かを伝えようとする。
「ん~、何言ってるのかな?」
「さあ」
「たぶん、ちかくいけば、わかる、いってるでしゅ」
あっさりとニケが謎解きすると、ミズキはうんうんとうなずいた。
「へ~、そうか、それなら助かるな。それにしても、今のよく分かったな? ニケ」
「エヘヘ、なんとなく、わかるでしゅ」
「ニケちゃん、凄い」
「ああ、偉いぞ、ニケ。これからも頼むな」
「はいでしゅ」
武明とオルジーに褒められて、ニケの尻尾が嬉しそうにパタパタと振れていた。
こうして精霊探しに一応の手がかりを得た彼らは、その後、交代で見張りを立てながら眠りを取る。
ちゃんと見張りができるか心配されたニケだったが、使命感に燃える彼女は、しっかりと役割を果たしたのだった。
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翌日から武明たちは、水場や風の強い場所を探して、歩き回った。
しかしそう簡単に、目当ての精霊に出くわすはずもない。
4日ほど空振りした日の夕方、彼らは野営に手頃な洞窟を見つけていた。
「ここなら手頃な大きさで、野営にちょうどよさそうだな」
「ええ、奥には何もいないみたいですし、いい感じですね」
「はいでしゅ」
全員一致で野営地が決まり、野営の準備に取りかかろうとする。
するとふいに、ミズキが姿を現した。
「ミズキ、急にどうしたんだ? 遊ぶんなら、後にしろよ」
しかしミズキは洞窟の奥を指差し、何かを訴えていた。
やがて専属の通訳と化しつつあるニケが、その意図を伝える。
「このおくに、なにかいる、いってるでしゅ……しぇいれい、かもしれないでしゅ」
「え、ここに精霊がいるってのか?」
初めて見つけた手がかりに、武明の胸は期待に弾んでいた。