20.新たなる決意
区切りを付けるため、章分けしました。
ついでにザンデの魔女の口調を”のじゃ”風に変更しております。
人族に村を焼かれた猫人族の生き残りは、武明らと共にザンデの村へ移動した。
200人近い難民は、最終的には同族を頼ることになるが、わずかでも体を休めるためだ。
しかし女子供が多いので、移動速度は遅い。
それでもハーフリング族の6脚馬に、荷物や体の弱い者を載せ、集団は黙々と進む。
おかげで3日後には、ザンデに到着した。
「そうか、シュドウも焼かれてしまったか。人族もむごいことを」
「ええ、俺たちも精一杯抵抗したんですが、力およばず……」
「それだけ人族の戦力が強大だったということじゃ。いよいよこの村も、他人事では済まなくなってきたのう。ところで、儂に相談とはなんじゃ?」
雑事を終えた武明は、ザンデの魔女を訪ねていた。
相談があると言って面会を請うと、すぐに会ってくれた。
「俺は今回、自分の無力を思い知りました。もちろんやることはやってるつもりですが、それだけでは全く足りない。いや、間に合わない」
「ふむ。少しはよい顔をするようになったのう。それで、何が知りたいのじゃ?」
武明の決意の籠った目を見て、魔女は先を促す。
「何か、タイオワの民をまとめる手段はないでしょうか? 今回だって連合が全力で支援してたら、負けなかったはずです。なのにそれは拒まれた。今後もこのままであれば、俺たちは各個に撃破されるだけです」
「ふむ。たしかにその可能性は高いのう」
魔女はそう言って茶をすすり、しばし思案する。
「……種族を越えて、手っ取り早くまとめようとするなら、おぬしの力を示すしかない。しかし、ぬしに腕っぷしを求めても無理がある。それならば、精霊を味方につけるしかないじゃろうな……中位精霊をもう1体、いいや確実なところで2体契約できれば、もう誰も無視できなくなるであろう」
「中位精霊を2体って、そんな簡単に見つかるものなんですか?」
ひぞく難しそうなことを、簡単そうに言う魔女を見て、武明は率直に問うた。
すると魔女は、馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「フンッ。そんなわけなかろう。それができたら、みんなやっておるわ。中位精霊なぞめったにおらんし、見つけてもそれを従わせるのは大難事じゃ」
「それじゃあ、意味ないじゃないですか」
武明が呆れたように言うと、魔女はかすかに首を横に振る。
「それがそうでもないのじゃ。普通ならあり得ぬ話じゃが、おぬしは異界から呼ばれたタイオワの使者だ。しかも希少種の嬢ちゃんまでおるから、精霊にも注目されやすいのじゃ」
「え、ニケがいると、何か違うんですか?」
「でしゅか?」
武明の横で、かわいらしく首をかしげるニケを見て、魔女が相好を崩す。
「ああ、希少種とは別名、”精霊の落とし子”と呼ばれる存在じゃ。一緒にいるだけで、精霊に会いやすくなるらしいぞ」
「へ~、つまり、俺とニケで、精霊探しの旅に出ればいいと?」
精霊の落とし子と言われたのが嬉しかったのか、ニケが尻尾をパタパタ振って喜んでいる。
そんな彼女の頭をなでながら武明が問うと、魔女は答えた。
「うむ、魔素の濃度が高く、各属性を象徴するような場所を回れば、いずれ中位の精霊にも会えるじゃろう」
「魔素濃度の高い場所には、精霊が集まりやすいってことですね。とはいえ、確実に会える保証もない。その確率の低い賭けに、長い時間と労力、さらに命まで懸けろ、と?」
「別に強制はせんぞ。儂らを手っ取り早くまとめる手段を教えろと言われたから、答えたまでじゃ」
まるで他人事のように言いながら、魔女の視線は問うていた。
本気で諸部族をまとめるのなら、これぐらいはやるだろうな、とでも言いたげに。
武明はしばし黙考して、再び口を開く。
「分かりました。ご助言、感謝します。どうやらそれ以上の解決法は、なさそうですね。ならばこの命、懸けてみますよ」
「タケしゃまと、たびでしゅ。あたしが、まもるでしゅ」
武明の決意を聞いたニケも、拳を握りしめて気合いを入れる。
彼女にとっては、武明と2人きりで過ごせる旅も、望むところだ。
しかし、そんなニケの想いを邪魔するような声が掛かる。
「あの……その旅、私も連れていってもらえませんか?」
「オルジー! 何を言いだすんじゃ?」
それはアクダ村の生き残りの少女、オルジーであった。
彼女はザンデの魔女と親戚関係にあるため、その家に居候していたのだ。
「盗み聞きしたようで、申し訳ありません。だけど、たまたま聞こえたんです」
「別に隠すようなことじゃないからいいけど、なんでオルジーさんが?」
武明のその問いに、オルジーが緑の瞳を向ける。
「ご存知のように、私は契約精霊を持っていません。アクダの魔女の孫でありながら、今までその縁に恵まれなかったのです。でももし、タケアキさんと一緒に行ければ、私にも出会いがあるかもしれません」
「たしかにその可能性はあるかもしれないけど、旅は危険だよ。正直、君の面倒を見てる余裕なんか、俺にはないな」
「ご迷惑はお掛けしません。足には自信がありますし、武器も使えます。最悪、見捨ててもらっても構いませんから」
「そんなこと言われたって……」
困惑した武明が、頭をガリガリとかく。
彼女の事情に同情はすれども、足手まといだという思いも強かった。
ここは親類から厳しく言ってもらおうと、魔女に目をやると、意外な言葉が飛び出した。
「できれば、連れていってやってくれぬか? 儂の勘では、オルジーに術師の才能はあるのじゃ。じゃが、相性のいい精霊との出会いは、運だからのう。なまじ、妹のヤツィが契約しておる分、悔しい思いをしてきたじゃろう」
「おばば様のおっしゃるとおりです。いつか精霊探しに出たくて、自分を鍛えてきました。足手まといにならないようがんばるので、ぜひ連れていってください!」
オルジーは魔女に言われたことを認め、食らいついてきた。
実際に彼女は今まで、さんざん妹と比べられ、悔しい思いをしてきたのだ。
”さすがはアクダの魔女のお孫さんだ”などと、ヤツィをもてはやす者が、オルジーに憐憫の目を向けるのが辛かった。
彼女はいつか自分の精霊を探しにいくことを夢見て、体を鍛え、護身術も学んでいた。
そんな彼女にとって今回の話は、千載一遇の好機だ。
それでもなお逡巡する武明の背中を、今度はニケが押す。
「タケしゃま、つれてってあげるでしゅ。オルジーしゃん、いいひとでしゅ」
「ニケまで、そんなこと言うのか? 自分たちの身すら、守れるかどうか分からないんだぞ」
「だいじょうぶでしゅ。タケしゃまは、えいゆう、でしゅから」
「英雄って、そんな……」
そこまで言われて悪い気はしないが、武明にその自覚はない。
まだまだ弱い自分には、オルジーを守る自信はなかった。
しかし、必死な彼女の目を見て、ようやく決断する。
「分かった。ついてくるといい。ただし、自分の身は自分で守ること。それが前提条件だ」
「本当ですか! ありがとうございます。絶対にご迷惑は掛けませんから」
同行を許されたオルジーが、涙を流して喜ぶ。
しかし武明は、さらに条件を付け加えた。
「もうひとつ条件がある。もし君が、精霊と契約できたら」
「契約できたら?」
「今後、俺の計画に全面的に協力してもらう。別に戦闘はしなくていいから、できることを手伝って欲しい」
「は、はいっ! ぜひ協力させてもらいます」
武明のその要求に、オルジーは顔を輝かせた。
元々、故郷を焼かれた彼女は、人族の侵略に強い危機感を持っていた。
だから、なにかれとなく武明に協力はしていたが、術師ですらない彼女にできることは少ない。
そんな、忸怩たる思いが解消され、さらに精霊と契約できる可能性が高まったのだ。
「ヒッヒッヒ、ちゃっかりと協力者を増やしてるじゃないか。しかし、オルジーどころか、おぬしですら契約できるかどうか、分からんのじゃぞ。せいぜい気をつけることじゃな」
どうやら行動を共にすることになった武明とオルジーを、魔女は楽しそうに見ていた。