19.シュドウ炎上
武明たちは人族の軍隊にさんざん嫌がらせをして、敵の戦力と士気をそいだ。
しかし所詮は多勢に無勢。
味方に強力な戦力がないこともあって、敵はとうとうシュドウを囲む位置まで到達してしまう。
防壁内に潜む武明らの前に、人族が今にも攻撃しようと、勢ぞろいしていた。
「連中、いよいよ攻撃してきますね。あ~あ、やっぱり火を着けるつもりか」
敵が火矢を準備しているのを見て、武明が嘆く。
「さんざん嫌がらせをされて、頭に来ているのだろう。それに奴らはこの村を手に入れる必要がない。ただこの森を奪えれば、それでいいのだから」
「それなら下手に嫌がらせしないで、村に引き込んだ方がよかったのかなぁ?」
「いや、敵に消耗を強いたのも事実なので、一概に言えまい。どの道、この村は捨てねばならんな」
「そんな、諦めずに戦いましょうよ」
猫人族の戦士ハンジは、すでに諦め顔だった。
そんな彼を焚きつけようとするも、武明は逆に諭される。
「いや、すでに村人は逃がしてある。ここにこだわって命を捨てても、意味はない。武明殿には、本当に感謝している」
「そんな……」
実際に女子供を中心に村人のほとんどは、すでに避難していた。
仮にこの村が焼かれても、同族を頼ればいいとハンジは考えている。
しかしそれはただ逃げるようで、武明には納得がいかない。
そんな彼の思いを嘲笑うように、人族の攻撃が始まった。
「火矢だ。火を消せ」
「それじゃあ、俺は消火に回ります」
「頼む」
敵から放たれた火矢が、防壁や村の建物に突き刺さる。
それに対し武明は、ミズキの力を使って消火に走り回った。
火矢の突き刺さった所に向けて、パチュン、パチュンと水球をぶつけていく。
さすがに中級精霊であるミズキの力は大きく、これだけでほとんどの火を鎮めることができた。
するとなかなか火の手が広がらないことに業を煮やしたのか、遠巻きに火矢を放っていた人族が、新たな動きを見せる。
「敵が突っ込んでくるぞ。迎撃よ~い……放てっ!」
前進してきた敵に、カレタカやハンジの指揮で、防壁上から矢が放たれる。
それは多少の被害を与えたが、逆に敵の銃による反撃も食らった。
――タターン、タターン
精霊を封じた銃から鉛の弾が、次々と発射される。
「くっ、負けるな。撃ち返せ!」
必死に応戦するも、敵の銃の性能と集団戦の技術は、明らかに味方を上回っていた。
1人、また1人と味方が傷ついて脱落すると、敵は防壁に取りつきはじめる。
とうとう防壁内への侵入を許すと、ハンジが撤退の指示を出した。
「これ以上は無駄死にになるだけだ。全員、撤退せよ。タケアキ殿も早く」
「俺はまだ戦えるので、先に行ってください」
「ダメだ。我らが救世主殿に万が一のことがあれば、顔向けができん。ここは我らが防ぐので、皆は先に」
「しかし……」
ハンジたちを見捨てられないでいる武明に、カレタカも退散を促す。
「タケアキ殿。ここはハンジの言うとおりにすべきだ。さあ、行こう」
「クッ、ハンジさんも逃げてください」
「我らにはお構いなく」
武明の最期の言葉に、ハンジは静かに別れを告げる。
その瞳には武明たちへの感謝と、そして死にゆく者の覚悟が浮かんでいた。
そんな彼らを犠牲にしなければならない自分たちが、どうにも悲しかった。
カレタカに腕を引かれるようにして、武明は撤退した。
彼らは事前に土魔法で掘っておいたトンネルを使い、防壁の外へ逃れる。
そしてなんとか防壁外に出たところで、人族の総攻撃が始まった。
敵が防壁を乗り越え、さらには門を破壊して押しいろうとするのを、ハンジたちは必死に食い止める。
しかしその数は10人にも満たず、流れは変えようがなかった。
やがて武明らが村から距離を取ったところで、村の方角が明るくなり、盛大な火の粉と煙が上がりはじめた。
「村が、燃えている……ハンジさんたちは、逃げられたのかな?」
「……おそらくここにいる者以外は、助からなかっただろうな」
「そんな……せっかく助けにきたのに」
「残念だが、これ以上はどうしようもない。せめて我らだけでも、追手が掛かる前に避難所へ行くのだ」
「……」
促されるままに戦場を後にする武明だったが、その表情は疲れ果てていた。
せっかく勢い込んで救援にきたというのに、多くの戦士を犠牲にしてしまった。
そんな思いに落ち込む武明に、ニケが声を掛ける。
「タケしゃま、がんばったでしゅ」
「ああ、俺なりにがんばったつもりだけど、ダメだった。悔しいな……もっと何か、できたことがあったんじゃないかって、思う」
するとそれをカレタカが諫めた。
「あまりうぬぼれるな。いかな救世主殿といえど、できることには限りがあるのだ。少なくとも、アクダの時よりは、多くの人を助けられただろう」
「だけど、だけどあんなに多くの味方を失った……俺は、俺は……」
「タケしゃま、がんばったでしゅ。だから、しょんなかお、しないでぇ」
歩きながら涙を流す武明に、ニケもすがって泣いていた。
そんな彼女のぬくもりを感じているうちに、ようやく武明の気持ちも落ち着く。
やがて彼らが森の中の避難所にたどり着くと、ハムニと村長が駆けてきた。
「カレタカ殿、タケアキ殿。ご無事ですか?」
「他の者は、どうなりました? ハンジたちは……」
その問いにカレタカが、苦渋の表情で答える。
「残念ながら、村は焼かれました。ハンジと主立った部下の方々は、我らを逃がすための囮になったかと」
実際に戦闘から逃げだせたのは、武明たち援軍勢と、若年の猫人族が10人ほどだった。
つまり40人近い猫人族の戦士が、仲間を逃がすため犠牲になっていた。
「……そうですか。村は、焼かれてしまいましたか」
「お役に立てず、すみません。俺たちの、俺の力が足りないばかりに!」
ひどく肩を落とす村長に、武明が頭を下げて謝罪した。
すると村長は慌ててそれを制止する。
「そ、そんな。頭を上げてください。これはあなたたちが悪いんじゃないんです。全て人族のせいだし、村人の大半は逃がすことができました。これ以上を望めば、罰が当たりましょう……」
長は笑顔を作るものの、その目には村と仲間を失った悲しみがあふれていた。
そんな彼に何も言えずにいると、ハムニが声を掛ける。
「まあ、今ここでそれを言っても始まりますまい。まずは同胞の村へ、彼らを送り届けましょう」
「……そう、ですね。これ以上の犠牲を出さないよう、気を引き締めないと」
「うむ、まずは移動するとしましょう」
彼らは移動の準備を整えると、同胞の村へ向けて動きだした。
故郷を失って歩くその足取りは、決して軽いとは言えない。
さらに家族を失って悲しむ者もおり、それはまるで葬列のようだった。
その場を去り際、武明はもう一度、シュドウの方向を見上げる。
そこから上がる煙を見て、彼は新たな決意を固めていた。
2度とこんなことを繰り返さないためにも、力を手に入れよう、と。