表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/54

1.星呼びの儀式

「どうして、どうしてこんなことに……」


 そんな絶望の言葉が、少女の口から洩れる。

 彼女はウサギの特徴を持つ、兎人族とじんぞくだ。

 白銀の髪に、同色の長いウサギ耳を生やし、腰部には小さな尻尾も付いている。


 その顔立ちは優れて整っており、大きな緑の瞳の目立つ美少女だ。

 しかし今、彼女の顔は薄汚れ、ひどく憔悴しょうすいしていた。

 なぜなら彼女は、いきなりやってきた人族の集団に、村を蹂躙されたからだ。

 もちろん抵抗はしたが、兎人族はあまり腕っぷしは強くない。


 さらに謎の武器で大量の鉛玉を撃ち込まれては、彼らに成す術はない。

 男たちは次々に討ち取られ、女子供は奴隷にするべく捕らえられた。

 そんな中でも少女を含む一団だけは、仲間の助けもあってかろうじて逃げのびることに成功した。


 しかしそれは、破滅を先送りしただけなのかもしれない。

 すでに村の建物には火が掛けられ、男衆はほとんど残っていない。

 なんとか彼女たちが逃げ込んだのは、森の中に隠された祭壇の洞窟だ。


 それは彼女たちの信仰する創造神タイオワを祀った、簡素な祭壇である。

 一応、非常時の避難先としても考えられていたため、多少の道具や食料の蓄えはある。

 しかしだからといって、先の展望は明るくなかった。


 あくまで一時しのぎに過ぎず、人族の追手が掛かれば、すぐに見つかりかねない状況なのだ。

 何か手を打たねば、このまま逃げのびることは難しいだろう。

 思い詰めた彼女は、祭壇の前に鎮座する老女に詰め寄った。


「おばば様! 何か、何か生き残る手段はありませんか?」


 すると、おばばと呼ばれた老女が静かに片目を開け、たしなめる。


「そう焦るなオルジー。今、ヤツィがカレタカを呼びにいっておる。運がよければ、落ち合えるじゃろうて」

「だけど、おじ様たちが間に合うかどうかも分かりません。このままでは私たちは、奴隷として捕らえられてしまいます」


 少女が泣きながら訴えると、老女が深いため息をつく。

 すると老女は祭壇に近寄って、何やらごそごそと作業を始めた。

 やがて作業を終えたらしい老女が、その場にいる者におごそかに告げる。


「今からいちかばちか、儀式を行う。神が我らを見守っておられるのなら、何か救いがもたらされるかもしれん」

「……星呼びの、儀式?」


 少女がつぶやくと、老女がうなずいた。


「そうじゃ。今から儂の全身全霊を懸けて、儀式を執り行う。その後は、お前たちがなんとかせよ」

「でも、でもおばば様。星呼びの儀式には、術者の命が必要です。今、おばば様にいなくなられたら……」

「こんなばばあなぞ、いてもいなくても変わらんわ。じゃから、そう悲しそうな顔をするでない」


 おばばは皮肉そうに言いつつも、少女を優しい目で見つめた。

 老女はそっと少女の涙をぬぐうと、祭壇に向かった。

 そして木の杖を掲げ、目を閉じて祈りの言葉をつむぎはじめる。


「創造神タイオワよ。アクダの魔女ハイラルが願う。我が命と引き換えに、一族の危機を救いたまえ」


 そのような言葉が繰り返し唱えられると、やがて祭壇が淡く光りはじめた。

 それは徐々に強まり、とうとう正視できないほどになる。

 そして何か不思議な衝撃と共に、老女の声は途絶え、光も薄れていく。


 しばし呆けていた少女は我に返ると、老女の元へ駆け寄った。

 しかし、老女がすでに息をしていないのは明白だった。

 彼女は静かに目を閉じ、微動だにせずに地面に倒れ伏していたのだ。


「おばば様っ、おばば様!」


 村の最高齢者であり、巫女でもあるおばばの死に、少女たちはうろたえた。

 すでに先の見込みのない中で、頼りにしていた老女さえ失ったのだ。

 しかしそれと同時に、彼女たちをさらに狼狽ろうばいさせることが起きていた。


「ウウッ…………なんだ? 何が起こった?」


 気がつけば祭壇の上に1人の男が横たわっており、彼が目を覚ましたのだ。

 その男は黒髪黒目の青年で、彼女たちと敵対している人族に見えた。

 しかしその衣装はこの世界にないデザインで、仕立てはかなり上質だ。


 その背に荷物を背負っていることから、行商人かとも思われた。

 しかしそんなはずはない。

 彼こそは、老女が命を懸けて呼び寄せた存在のはずだから。


「救世主、さま?」

「えぇっ?」


 ポツリとつぶやいた少女の声に、男の情けない声が重なった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 それからしばし、混乱しながらも意思の疎通がなされた。

 まずこの集団を率いる少女の名は、オルジー。

 兎人族アクダの村をまとめていた長の娘で、15歳の美少女だ。

 ちなみに儀式で息絶えたアクダの魔女の、孫でもある。


 そして魔女によって呼びだされた男の名は、御門みかど 武明たけあき

 こことは違う世界の、日本という国で暮らしていた男だ。

 彼は中堅どころの部品メーカーでエンジニアをしており、年齢は32歳、独身である。


 その顔立ちはそこそこに整っていて、体格は中肉中背。

 平凡な見た目と言えなくもないが、意思の強そうな目とキリリとした眉が印象的である。

 そんな彼は、趣味である登山の途中で、この世界へ召喚されてしまった。


「ふむ。いろいろと納得いかない話ばかりだが、ここは地球じゃないのは分かった。そしてこの婆さんが、俺を呼びだしたってことだな?」

「そうです。一族が消滅の危機にある私たちを救うために……ウウッ」


 武明の質問に、泣きながらオルジーが答える。

 すでに息をしていない魔女を見て、また涙がこぼれたのだ。

 しかし、泣きたいのは武明も同じである。


「まったく。そんなマンガみたいな話、聞かされても困るんだけどなぁ。だいたい俺は、戦いの無い平和な世界に住んでたんだぜ」

「グスッ……しかし、星呼びの儀式で呼びだされた者には、強力な力が宿ると言われています。あなたにも戦う力は、あるはずです」

「知らないよ、そんなの……ところで、日本へは帰してくれるんだよな?」

「申し訳ありません!……星呼びの儀式とは、一族が危機に陥った時に行われる救世の秘術。これによって呼びだされた方は、救世主と言ってもよい存在です。ただし、儀式の行使には術者の命が必要なのです。つまり術者であるおばば様が亡くなった今、タケアキ様を元へ戻すすべはありません」


 オルジーは本当に申し訳なさそうに事情を語り、その場に土下座した。

 それは武明にとって、到底納得できることではなかったが、それ以上の追及は控える。

 決して納得できたわけではないが、まずは現状を知ることが最優先だと思ったのだ。


「チッ……それについては、また話そう。それで、これからどうしようってんだ?」

「はい、今わたしたちは、人族の集団から追われています。可能であれば彼らを撃退し、村へ戻って生き残りを探したいのですが……」

「人族? さっきから気になってたんだけど、あんたら一体、何者?」

「ですから我々は兎人族で、アクダの村の住人です」

「とじんぞくぅ? なんだそりゃ……ほんっとうにファンタジーじみてきたな……」


 地球では考えられないような話に呆れ、武明はガリガリと頭をかく。

 そんな彼に対し、オルジーたちも途方に暮れていた。

 やがて落ち着きを取り戻した武明が、話を再開する。


「まあ、いいや。それで、敵を撃退するって言ったって、どうすりゃいいんだ? 俺は武器とか、持ってないぞ。いや、ナタぐらいならあるけど……」

「いいえ、タケアキ様はおばば様から、水精霊を引き継いでおられます」

「へ……みずせいれい?」


 オルジーの指す方を見ると、武明の斜め上に何かがフワフワ浮いていた。


「なんじゃ、こりゃ?」

「それが水の精霊です」


 武明はこの日、何度目かの思考停止を体験した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ