18.迎撃
猫人族の村にたどり着いた武明たちは、その日から精力的に動いた。
まずは防衛側の戦力と、設備の確認をする。
「シュドウの戦士長 ハンジだ。遠方からの助太刀、感謝する」
「久しぶりだな、ハンジ。今回の災難、察するぞ」
「カレタカか。こちらこそアクダの悲劇について、お悔み申し上げる。何の助けにもなれず、すまなかった」
「気にするな。まさかあれほどひどいことをされるとは、誰も予想していなかったのだ。今さら、どうしようもない」
それなりに知り合いらしいハンジとカレタカが、あいさつを交わす。
しかしどうしても暗い話になってしまうのを、ハムニが話題を変える。
「そうですぞ。今回は事前に準備できたことを、喜びましょう。それで、こちらがタイオワ連合の仕掛け人、タケアキ殿です」
「はじめまして」
「おお、貴殿が異界から来た救世主どのか。今回は世話になる」
「いえいえ、とても救世主なんて柄じゃありませんけどね。それで、迎撃準備の方はどうですか?」
「……それはもう、精一杯やっておる」
しかし精一杯やっているというわりには、実態はかなり貧弱だった。
なにせ戦士がほんの50人ほどしかおらず、しかも戦闘経験のある者はその半分にも満たない。
さらに低位の精霊と契約している術師が5人いたが、これも戦闘経験に乏しかった。
それに比べると、戦闘経験のあるハーフリング族と兎人族の戦士20人の援軍の方が、むしろ強力に見える。
それに加え、武明自体は中位の水精霊持ちだし、伝霊役としてついてきたハーフリングの風使いもいた。
それを知ったハンジが、驚嘆の声を上げる。
「なんと、タケアキ殿は中位の術師であったか。さらに20人もの戦士の助力、感謝に堪えぬ」
「はあ……たしかにそれなりに強力ではあるんですけど、状況を覆すのは難しそうですね。本当に人族は、2百人も出てくるんですか?」
「……うむ、それは間違いなさそうだ。すでに奴らは拠点を立ち、3日以内にはここへたどり着こう」
「3日以内か……それでは至急、防衛体制と避難手順について、相談しましょう」
「了解した。ところで、その子は一体……」
ハンジが口ごもりながら、武明の隣に目をやる。
そこには尻尾をブンブン振りながら、上機嫌で武明に寄り添うニケがいた。
その背には武明から与えられたナタをくくりつけ、一端の戦士を気取っている。
彼女は護衛として同行を認められたため、大いに張りきっていた。
「ああ、この子は俺の護衛です。見た目は小さいですが、狼人の希少種なので、けっこう強いですよ」
「ニケでしゅ」
「は、はあ……」
ハンジのみならず、猫人の戦士たちが戸惑った顔をしていたが、武明は無視して話を進める。
実際にニケは、大人並みの膂力とすばやい動き、そして鋭敏な感覚を持っている。
さらに日本製のナタを装備しているのだから、その戦闘力は馬鹿にできなかった。
しかし現実にその目で見なければ、ほとんどの者は信じられないだろう。
そのため武明は説明を放棄して、実務を優先することにした。
その後、武明たちは村を囲む防壁の強化や、敵の侵攻路への罠の設置に勤しんだ。
さらにその合間に一般人の避難準備も進めるなど、その内容は多岐に渡り、夜になっても終わらない。
しかし、熱心に対応してくれる武明らの熱意を見て、猫人族から一定の信頼を得ることもできた。
自分たちは決して見捨てられたのではないと、彼らも前向きになることができたのだ。
しかし現実には、この村の前途は暗い。
武明らは可能な限り敵に備えたものの、勝利できる可能性は低いまま、人族の侵攻を迎えることとなる。
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そして武明の到着から3日目、とうとう人族の軍隊が現れた。
武明らは森の中に設けた監視所から、その姿を確認する。
「本当に2百人近くいますね。しかもみんな武装してる」
「ああ、奴らは風精霊を封じ込めた武器を使うのだ。あれから放たれる鉛の玉は、弓矢にも劣らんぞ」
「ふ~ん、空気銃の1種かな。連発はできるんですか?」
「いや、撃つたびに先端から弾を込めるので、それなりに時間は掛かるようだ」
敵の多くが、火縄銃に似た武器を持っていた。
それは長さが70センチほどで、銃身の後部に拳大の箱が付いている。
おそらくその中に精霊を封じ込め、空気で弾を発射しているのだろうと、武明は考えた。
実際にこの銃には風精霊が封じ込められており、火薬の替わりを果たしていた。
射程距離はそれほどではないが、火薬を籠める手間もなく、雨の日も使える。
ただし発射には魔力が必要で、数発ごとに魔石を補充する必要はあった。
「やれ、ミズキ!」
「!!」
敵がある地点に近づいた瞬間、そこから無数の水の矢が飛び出した。
「グハッ、なんだこれは?」
「いてっ、いてえよ」
「て、敵襲だ!」
鉛筆ほどの大きさの水矢は、人体を貫くほどの威力はないが、それなりの痛打を与えて敵をうろたえさせた。
これは武明が修練によって身に着けた攻撃方法で、見える範囲に水があれば、それを矢として打ち出せる。
ただし、現状の習熟度では殺傷能力はなく、軽いケガを負わせるぐらいしかできない。
しかしそれでも敵にダメージを与え、進行を遅らせるくらいはできる。
そこで予想される敵の進路上に、味方が総出で穴を掘り、水魔法で水を出してため池を作ったのだ。
そして敵が近寄ったところで、水矢で不意打ちを食らわせていた。
もちろん攻撃をしたら、即座に場所を移している。
そしてまた次の水たまりの近くで敵を待ち伏せ、攻撃を繰り返すのだ。
これでいくらかダメージを与えたが、その程度の攻撃はすぐに対策される。
敵は水たまりを見つけると、盾を前面に出して迂回するようになった。
しかしこちらの罠も、それだけではない。
さらなる罠が、敵に牙をむく。
「ギャアッ!」
「な、なんだ? 急に地面が」
「落とし穴か!」
敵が罠の上に差しかかったところで、猫人族の土使いが穴を塞いでいたフタを解放したのだ。
これは水たまりとは違い、なかなか罠を見抜きにくい。
あらに穴の底にはトゲ付きの枝を積み重ね、毒を撒いておいた。
この毒は致死性には乏しいが、体調を崩すくらいには効果があるものだ。
当然、これも対策されるので、他にも罠は考えてある。
「ウオッ、目がしみる」
「くっそ、また敵の罠か」
「ええい、卑怯な!」
今度は敵の進路上に毒草を仕掛けておき、その気体を風精魔法で敵にぶつけたのだ。
これも致死性は低いが、一時的に視界を奪ったり、喉を傷めるなどの効果がある。
これらの嫌がらせによって、敵の一部には確実にダメージを与えた。
あわよくばそれで撤退してくれないかと期待はしたものの、敵もただのお使いではない。
人族は着実に軍を進め、とうとうシュドウの村を臨む位置に到達した。
しかも多少はダメージを負っているとはいうものの、逆に復讐の意図にも燃えていた。
村を守る戦いは、いよいよこれからが本番となる。