17.新たな侵略
紙作りを始めて1ヶ月ほどすると、それなりの成果が挙がっていた。
まず紙の材料だが、木綿だけでなく麻のような植物も見つけ出し、材料を確保した。
ちなみにこの麻系植物は、栽培して衣類への利用も検討している。
さらに武明は、筆記用具の改良にも手を着けた。
それまでは炭の細片で書いていたものを、煤と油でインクを作りだし、ペンで書くようにしたのだ。
今後はこれに合わせて書き味を良くするため、紙の表面への表面処理なども考えている。
それから植物繊維をつぶす叩解作業には、水車を利用して労力も確保している。
これによって大量生産の目処が付き、徐々に生産量を増やしていく予定である。
これらの成果は口で言うのは簡単だが、実際には地味で根気のいる作業だ。
それを実現できたのは、ひとえにドワーフ族の器用さと、モノ作りに対する情熱があってのことだ。
ザバルだけでなく、多くのドワーフが協力してくれたがゆえに、比較的短期間で、開発できたのだ。
こうして製紙事業にほぼ目処が付いたので、その成果報告のために武明はハーフリングの村へ戻ってきた。
そしてハムニに会いにいくと、恐れていた事態が彼の口から知らされる。
「猫人族の集落に、人族が因縁を付けてきたんですか?」
「はい、またぞろ人族が集落の近くで死んだので、犯人を差し出せと要求しておるそうです。しかし猫人族からすれば全くの言いがかりで、近隣で起きているもめ事に対する、嫌がらせではないかとの話ですな」
「またか。ずいぶんと調子に乗ってますね」
聞けば猫人族の縄張りに、人族が入り込んできているらしい。
それも植民地が急拡大しているせいで、毛皮と精霊を求めて押し寄せているのだ。
しかも人族は毛皮と肉以外には目もくれず、ひたすら動物を乱獲する。
さらに人族は武器に封じる精霊も捕獲しているため、頻繁に猫人族と衝突していた。
何しろタイオワの民にとって精霊は、良き隣人であり、敬うべき存在なのだ。
それを欲望のままに狩りたてる人族を、許せるはずがない。
そうして人族とぶつかって滅ぼされたのがアクダであり、今度は猫人族が目を付けられた形になる。
「増援を出す目処は立っているんですか?」
「それが、どこの集落も余裕が無いと言っておりまして……せめてこの村から出しても、せいぜい10人ぐらいかと」
ハムニが悲痛な表情で語るのを見て、武明は少し考え込んだ。
やがて意を決したように話しかける。
「それならば途中、ザンデの村へ寄っていきましょう。兎人族なら、協力してくれるかもしれません」
「しかしザンデも、協力できないと言っておりますぞ」
「アクダ出身の人たちなら、協力してくれるかもしれない。カレタカさんと話してみます」
「ふ~む……たしかに可能性はありますが、それでも数人でしょう。さして状況に差はないのでは?」
「完全な撃退は無理だとしても、住人を逃がす手助けぐらいはできますよ。それにせっかく協力関係を結んでおきながら、誰も加勢に出ないのでは、今後の連合構想にも支障が出ます」
武明が断固として訴えると、ハムニも折れた。
「……やむを得ませんな。ただし、無理はしないと約束してください」
「ええ、ようやく体制を整えようとしてるのに、無理はしません。必ず生きて帰ります」
そんな武明を見て、ニケがふんすっと意気込んだ。
「タケしゃま、まもるでしゅ」
「ああ、いざという時は頼むぞ。だけどニケも、無理はするんじゃないぞ」
「はいでしゅ」
本音を言えば、ニケには残ってもらいたいところだが、彼女が決して納得しないであろうことは、分かっていた。
それならば近くに置いて、手助けをしてもらおうと思った。
幸いにも彼女は、武明の魔力を身近で受け続けたおかげで、強化されている。
体重は倍以上に増え、身長も少し伸びている。
そして見た目以上に彼女の骨や筋肉、腱などは強化されていた。
それは彼女が希少種にふさわしい力を得つつある証であり、実際、彼女は見た目以上にすばやく動け、力も強かった。
そんなニケを伴い、武明は戦場へ赴くのだ。
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慌ただしく出発した武明らは、翌日にはザンデの村へ到着していた。
さっそくザンデの村長と魔女、そしてカレタカに面談を申し込み、戦闘への参加を要求する。
「アクダ出身の戦士を、貸してください」
「着いた早々、いきなりそれかい? 聞けば援軍を出したのは、ハーフリング族だけらしいではないか。儂らにだって、そう余裕はないんじゃぞ」
「ここで出さなければ、信頼関係は築けません。それにちょっと前まではいなかったアクダ出身者だけなら、そんなに影響はないでしょう?」
「それはそうじゃが……」
苦々しい顔で渋る魔女に、カレタカが直訴した。
「魔女殿。ここは我々に、ぜひ行かせて欲しい。人族の横暴を、これ以上は見過ごせんのだ」
「……なんじゃ、おぬしもそんなことを言うのか? たかだか10人ほどが加わっても、大して変わらんだろうに」
そんな魔女の言葉に、ハムニが反論する。
「いいえ、今から行くシュドウの村では、それなりに準備ができているはずです。タケアキ殿の尽力により、人族の脅威が認識されていたおかげです。ほとんど準備がなかったアクダの村とは、大きく異なるはずですぞ」
「そうです。仮に人族の侵略を防ぎきれないとしても、敵の戦い方を知り、住民を逃がす手助けにはなるはずです。それは必ず、次の戦いに役立ちます。何よりも、同胞の窮地を知りながらそれを見捨てれば、タイオワ連合の理念は地に落ちてしまいます」
武明の主張に、魔女はしばし考えてから、了承を与える。
「分かった。カレタカたちを連れておゆき。しかし、儂らもそう余裕があるわけではない。1ヶ月以内にはけりをつけて、戻ってもらうぞ。長もそれでよいな」
「うむ、仕方あるまい」
魔女に押されるような形で長も了承し、旧アクダの戦士団が派遣されることとなった。
それに対し、武明はほがらかに礼を言う。
「ありがとうございます。ひと月で戻れるかどうかは相手次第ですが、なんとかやってみますよ」
「フンッ……それにしても、なぜそこまでするんじゃ? 救世主を気取る柄でもあるまいに?」
「そんな大したもんじゃないですよ。ただ、やれることをやっておかないと、後で後悔すると思いましてね」
「そいつはご苦労なことじゃ。しかしまあ、おぬしを呼びだしたアクダの魔女は、儂の身内であった。その分くらいは、手伝ってやろるわい」
そう言う魔女の顔は、どこか照れ隠しをしているようだった。
本当は協力したくて仕方ないのに、指導者として甘い顔をできない魔女の好意を、武明はありがたく受け取った。
そしてまずは猫人族の村を救おうと、決意を固めていた。
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なんとかカレタカたちを借り出した武明たちは、翌々日には猫人族の村シュドウへ到着する。
すると村長を始め、多くの重鎮が迎えに出てきた。
「久しぶりですな、タケアキ殿。貴殿らの助太刀、心より感謝しますぞ」
「いえ、そんなこと。むしろわずかな手勢しか集められず、申し訳ないです」
「いいや、このような状況で、他の村が尻込みするのも理解できます。我らとて他人事であれば、見殺しにしたかもしれませぬ」
シュドウの長は、ヤククという名の猫人だ。
茶色の髪に灰色の目をした、どこか飄々とした男である。
そんなヤククに、ハムニが憤りを隠せぬように話しかける。
「それにしても人族の奴ら、ずいぶんと無茶を言いますな」
「全くよ。貴殿らからアクダの話は聞いておったが、まさかそれが我らにも降り掛かろうとは」
「どうせアクダで、味を占めたのでしょう」
「そんなところであろうな」
ヤククが呆れたように同意した後、今度は武明が尋ねる。
「それで、迎撃準備は進んでいるんですか?」
「うむ、先に警告を受けておったのでな。すでに防壁の強化と戦士の訓練を進めておる。問題は敵の兵力なのだが……」
ヤククが顔を曇らせるのを見て、武明が問う。
「ひょっとして、けっこう多いんですか?」
「……それが物見の連絡では、敵は2百人を超えるらしい」
「2百人!? アクダの時の倍だ」
「うむ。どうやら儂らが備えていることが、ばれたようでな。戦力を増やしたのであろう」
「この村の戦力は?」
「ようやく50人、といったところです」
「俺たちと合わせても、70ちょっとか。厳しいですね」
そんな状況でも、ヤククはことさら明るいように振る舞う。
「なあに、いざという時は村を捨てて逃げるだけです。そのための準備も進めています」
「でも……いや、無理をして犠牲者を増やすよりはいいですね。それなら俺たちは、少しでも敵に出血を強いて、仲間を逃がす時間を稼ぎましょう」
「うむ、しかし貴殿らは、必ず生きて帰ってくだされ。命を懸けるのは、儂らだけで十分です」
「いえ、1人でも多く生き残れるよう、知恵を絞りましょう」
「ホッホ、タケアキ殿は優しいですな」
武明たちにとって苦しい戦いが、始まろうとしていた。