表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/54

17.新たな侵略

 紙作りを始めて1ヶ月ほどすると、それなりの成果が挙がっていた。

 まず紙の材料だが、木綿だけでなく麻のような植物も見つけ出し、材料を確保した。

 ちなみにこの麻系植物は、栽培して衣類への利用も検討している。


 さらに武明は、筆記用具の改良にも手を着けた。

 それまでは炭の細片で書いていたものを、すすと油でインクを作りだし、ペンで書くようにしたのだ。

 今後はこれに合わせて書き味を良くするため、紙の表面への表面処理サイジングなども考えている。


 それから植物繊維をつぶす叩解こうかい作業には、水車を利用して労力も確保している。

 これによって大量生産の目処が付き、徐々に生産量を増やしていく予定である。

 これらの成果は口で言うのは簡単だが、実際には地味で根気のいる作業だ。

 それを実現できたのは、ひとえにドワーフ族の器用さと、モノ作りに対する情熱があってのことだ。

 ザバルだけでなく、多くのドワーフが協力してくれたがゆえに、比較的短期間で、開発できたのだ。



 こうして製紙事業にほぼ目処が付いたので、その成果報告のために武明はハーフリングの村へ戻ってきた。

 そしてハムニに会いにいくと、恐れていた事態が彼の口から知らされる。


猫人ねこびと族の集落に、人族が因縁を付けてきたんですか?」

「はい、またぞろ人族が集落の近くで死んだので、犯人を差し出せと要求しておるそうです。しかし猫人族からすれば全くの言いがかりで、近隣で起きているもめ事に対する、嫌がらせではないかとの話ですな」

「またか。ずいぶんと調子に乗ってますね」


 聞けば猫人族の縄張りに、人族が入り込んできているらしい。

 それも植民地が急拡大しているせいで、毛皮と精霊を求めて押し寄せているのだ。

 しかも人族は毛皮と肉以外には目もくれず、ひたすら動物を乱獲する。


 さらに人族は武器に封じる精霊も捕獲しているため、頻繁に猫人族と衝突していた。

 何しろタイオワの民にとって精霊は、良き隣人であり、敬うべき存在なのだ。

 それを欲望のままに狩りたてる人族を、許せるはずがない。

 そうして人族とぶつかって滅ぼされたのがアクダであり、今度は猫人族が目を付けられた形になる。


「増援を出す目処は立っているんですか?」

「それが、どこの集落も余裕が無いと言っておりまして……せめてこの村から出しても、せいぜい10人ぐらいかと」


 ハムニが悲痛な表情で語るのを見て、武明は少し考え込んだ。

 やがて意を決したように話しかける。


「それならば途中、ザンデの村へ寄っていきましょう。兎人族なら、協力してくれるかもしれません」

「しかしザンデも、協力できないと言っておりますぞ」

「アクダ出身の人たちなら、協力してくれるかもしれない。カレタカさんと話してみます」

「ふ~む……たしかに可能性はありますが、それでも数人でしょう。さして状況に差はないのでは?」

「完全な撃退は無理だとしても、住人を逃がす手助けぐらいはできますよ。それにせっかく協力関係を結んでおきながら、誰も加勢に出ないのでは、今後の連合構想にも支障が出ます」


 武明が断固として訴えると、ハムニも折れた。


「……やむを得ませんな。ただし、無理はしないと約束してください」

「ええ、ようやく体制を整えようとしてるのに、無理はしません。必ず生きて帰ります」


 そんな武明を見て、ニケがふんすっと意気込んだ。


「タケしゃま、まもるでしゅ」

「ああ、いざという時は頼むぞ。だけどニケも、無理はするんじゃないぞ」

「はいでしゅ」


 本音を言えば、ニケには残ってもらいたいところだが、彼女が決して納得しないであろうことは、分かっていた。

 それならば近くに置いて、手助けをしてもらおうと思った。

 幸いにも彼女は、武明の魔力を身近で受け続けたおかげで、強化されている。


 体重は倍以上に増え、身長も少し伸びている。

 そして見た目以上に彼女の骨や筋肉、腱などは強化されていた。

 それは彼女が希少種にふさわしい力を得つつある証であり、実際、彼女は見た目以上にすばやく動け、力も強かった。

 そんなニケを伴い、武明は戦場へ赴くのだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 慌ただしく出発した武明らは、翌日にはザンデの村へ到着していた。

 さっそくザンデの村長と魔女、そしてカレタカに面談を申し込み、戦闘への参加を要求する。


「アクダ出身の戦士を、貸してください」

「着いた早々、いきなりそれかい? 聞けば援軍を出したのは、ハーフリング族だけらしいではないか。儂らにだって、そう余裕はないんじゃぞ」

「ここで出さなければ、信頼関係は築けません。それにちょっと前まではいなかったアクダ出身者だけなら、そんなに影響はないでしょう?」

「それはそうじゃが……」


 苦々しい顔で渋る魔女に、カレタカが直訴した。


「魔女殿。ここは我々に、ぜひ行かせて欲しい。人族の横暴を、これ以上は見過ごせんのだ」

「……なんじゃ、おぬしもそんなことを言うのか? たかだか10人ほどが加わっても、大して変わらんだろうに」


 そんな魔女の言葉に、ハムニが反論する。


「いいえ、今から行くシュドウの村では、それなりに準備ができているはずです。タケアキ殿の尽力により、人族の脅威が認識されていたおかげです。ほとんど準備がなかったアクダの村とは、大きく異なるはずですぞ」

「そうです。仮に人族の侵略を防ぎきれないとしても、敵の戦い方を知り、住民を逃がす手助けにはなるはずです。それは必ず、次の戦いに役立ちます。何よりも、同胞の窮地を知りながらそれを見捨てれば、タイオワ連合の理念は地に落ちてしまいます」


 武明の主張に、魔女はしばし考えてから、了承を与える。


「分かった。カレタカたちを連れておゆき。しかし、儂らもそう余裕があるわけではない。1ヶ月以内にはけりをつけて、戻ってもらうぞ。長もそれでよいな」

「うむ、仕方あるまい」


 魔女に押されるような形で長も了承し、旧アクダの戦士団が派遣されることとなった。

 それに対し、武明はほがらかに礼を言う。


「ありがとうございます。ひと月で戻れるかどうかは相手次第ですが、なんとかやってみますよ」

「フンッ……それにしても、なぜそこまでするんじゃ? 救世主を気取る柄でもあるまいに?」

「そんな大したもんじゃないですよ。ただ、やれることをやっておかないと、後で後悔すると思いましてね」

「そいつはご苦労なことじゃ。しかしまあ、おぬしを呼びだしたアクダの魔女は、儂の身内であった。その分くらいは、手伝ってやろるわい」


 そう言う魔女の顔は、どこか照れ隠しをしているようだった。

 本当は協力したくて仕方ないのに、指導者として甘い顔をできない魔女の好意を、武明はありがたく受け取った。

 そしてまずは猫人族の村を救おうと、決意を固めていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 なんとかカレタカたちを借り出した武明たちは、翌々日には猫人族の村シュドウへ到着する。

 すると村長を始め、多くの重鎮が迎えに出てきた。


「久しぶりですな、タケアキ殿。貴殿らの助太刀、心より感謝しますぞ」

「いえ、そんなこと。むしろわずかな手勢しか集められず、申し訳ないです」

「いいや、このような状況で、他の村が尻込みするのも理解できます。我らとて他人事であれば、見殺しにしたかもしれませぬ」


 シュドウの長は、ヤククという名の猫人だ。

 茶色の髪に灰色の目をした、どこか飄々ひょうひょうとした男である。

 そんなヤククに、ハムニが憤りを隠せぬように話しかける。


「それにしても人族の奴ら、ずいぶんと無茶を言いますな」

「全くよ。貴殿らからアクダの話は聞いておったが、まさかそれが我らにも降り掛かろうとは」

「どうせアクダで、味を占めたのでしょう」

「そんなところであろうな」


 ヤククが呆れたように同意した後、今度は武明が尋ねる。


「それで、迎撃準備は進んでいるんですか?」

「うむ、先に警告を受けておったのでな。すでに防壁の強化と戦士の訓練を進めておる。問題は敵の兵力なのだが……」


 ヤククが顔を曇らせるのを見て、武明が問う。


「ひょっとして、けっこう多いんですか?」

「……それが物見の連絡では、敵は2百人を超えるらしい」

「2百人!? アクダの時の倍だ」

「うむ。どうやら儂らが備えていることが、ばれたようでな。戦力を増やしたのであろう」

「この村の戦力は?」

「ようやく50人、といったところです」

「俺たちと合わせても、70ちょっとか。厳しいですね」


 そんな状況でも、ヤククはことさら明るいように振る舞う。


「なあに、いざという時は村を捨てて逃げるだけです。そのための準備も進めています」

「でも……いや、無理をして犠牲者を増やすよりはいいですね。それなら俺たちは、少しでも敵に出血を強いて、仲間を逃がす時間を稼ぎましょう」

「うむ、しかし貴殿らは、必ず生きて帰ってくだされ。命を懸けるのは、儂らだけで十分です」

「いえ、1人でも多く生き残れるよう、知恵を絞りましょう」

「ホッホ、タケアキ殿は優しいですな」


 武明たちにとって苦しい戦いが、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ