16.紙作り
新聞や絵本を連合で流行らすため、武明は紙作りに取り組むと宣言した。
「ほほう……それで、”紙”というものは、どのように作るのですかな?」
「簡単に言うと、木綿のような植物繊維をドロドロに水に溶いて、網を張った木枠で漉きます。まあ、俺も詳しい作り方は知らないから、試行錯誤しなきゃいけないと思いますけどね」
「ふ~む……」
ハムニはしばらく考え込んでから、ニヤリと笑った。
「いいでしょう。何やらおもしろいモノになりそうなので、ドワーフ族の知り合いに相談してみます。うまくすれば、手伝ってくれるかもしれませんぞ」
「それは助かります。ぜひお願いします」
喜ぶ武明を、ニケが期待の目で見上げる。
「なに、つくるでしゅ?」
「ああ、紙を作るんだ。それがあれば、絵本もいっぱい作れるようになるぞ」
「しょれ、いいでしゅ。てつだうでしゅ」
「ああ、よろしく頼むな」
彼女のためにも、ぜひ紙作りを成功させてやろう、武明は改めてそう思った。
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それから数日後、武明はドワーフの集落を訪問していた。
そしてハムニの伝手を使い、村の長と面会する。
「お久しぶりでございます、ドラムカ殿」
「おお、ハムニさんが会いたいなんて、珍しいな。一体、どうしたい?」
「まずはこちらの方をご紹介させていただきます。アクダの魔女が、星呼びの儀式でお呼びした、タケアキ殿です」
「初めまして、武明です」
紹介された武明が一礼すると、ドラムカが興味深そうに目を細める。
「ほ~……あんたが噂の。見たとこ人族のようだが、うまくやってるようだな」
「ええ、皆さんにはよくしてもらってます」
「タケしゃま、だいしゅきでしゅ」
胸を張って武明のことを自慢するニケを見て、ドラムカも相好を崩す。
ドラムカは武明より頭ひとつ背が低いが、体重は倍もありそうな巨漢だ。
口や顎周りのヒゲがボウボウで粗暴に見えるが、どこか愛嬌のある男だった。
「おう、そうかそうか。それで、今日はなんの話をしに来たんだ?」
「はい。俺はアクダの村が襲われた時に、救世主として呼びだされました。正直、救世主なんて柄じゃないんですが、知り合いの手助けぐらいはしたいと思ってます。そして現状を知れば知るほど、この大陸はヤバい状況にあると思うんです」
それからしばらく、武明は北米大陸の歴史を語った。
彼の語る人族の脅威について、ドラムカは黙って話を聞く。
それらに対抗するため、連絡網を構築したことまでを聞くと、ようやくドラムカは口を開いた。
「つまり、お前さんの世界の歴史からすると、この大陸が狙われてるってんだな。そしてそれに対抗するために周辺の村を説得して、連絡網を構築したと。ハムニたちが妙なことをしてるとは聞いてたが、そういう意図だったのか」
「はい、今のままでは、徐々に人族が勢力を強め、この地の民は苦難を強いられるでしょう。やがて多くの民が殺され、土地も奪われていく可能性が高いです」
それを聞いたドラムカは、懐からキセルのようなものを取り出すと、タバコを詰めて火を着けた。
そして気を落ち着けるように吸い込むと、また口を開いた。
「だから儂らは、まとまる必要があるってことか。しかしのう、急にそんな話をされても、簡単には信じられんぞ。まあ、人族が入り込んできとるのは事実じゃが、儂らだって争いはするからのう」
「人族の欲望の強さを、舐めないほうがいいです。この大陸の人たちは、なんだかんだいって気がいいですから、まだ共存できているんです。しかし人族は違います。海の向こうで土地を奪い合いながら培ってきた技術で、全てを奪いにくるでしょう」
さすがにその物言いは、お前たちは何も分かってないとでも言いたげで、ドラムカに不快感を抱かせた。
しかしさすがは村の長だけあって、続きを聞く度量は持ち合わせている。
「ふむ……それで、あんたは何がしたいんだ?」
「皆さんがそう簡単にまとまれないってのは、分かります。だから少しずつでも人族の脅威を理解してもらいつつ、いざという時に協力できるようにしたいんです」
「ほう……具体的には?」
すると武明は、バックパックから新聞と絵本の見本を取り出した。
「このように情報を共有できる”新聞”と、文字を学ばせるための”絵本”を作りたいと思います。そしてそれには”紙”が必要なので、それを作るのに協力して欲しいんです」
「それはまた、意外な話だな……」
一応、字が読めるらしいドラムカが、新聞に目を通す。
さらに絵本をパラパラとめくってから、また口を開いた。
「なるほど。これをみんなで読み回せば、理解は深まるだろうな。そしてそのためには文字を学ばにゃならんから、この”絵本”で興味を引く、と。しかしそれを作るには、ガンボの皮だけじゃあ、足りんってことか?」
「ええ、ガンボの皮は、量産するのに向いてません。それで木綿などを使って、”紙”というものを作れないかと思いまして」
「それはどうやって作るんじゃ?」
「まずは木綿みたいな植物の繊維を、灰汁で煮込んで柔らかくします。それから木槌で念入りに叩いて潰し、それを水に溶かします。後は木枠に張った網で、それを漉き上げたものを乾かすと、紙になります」
武明が身振り手振りで説明すると、ドラムカは興味を示した。
この手法は西洋で使われていたもので、材料には主にボロクズを使っていた。
活版印刷が実用化されてからは、紙の需要が猛烈に高くなり、材料確保に苦労したと言われる。
19世紀のアメリカでは、エジプトからミイラを輸入して、それに巻かれていた亜麻布を原料にしたという、冗談みたいな話もあるくらいだ。
「ほう~、材料は木綿じゃなきゃいかんのか?」
「いえ、木の皮とかでもいいんですけど、向き不向きがありますからね。何か、手に入りやすい材料があれば試してもみてもいいですけど、最適な方法を見い出すのには、時間が掛かると思います」
「なるほどのう、そういうことか…………いずれにしろ儂らは、新しい物が作れるってことだな。それなら協力するのに、やぶさかではないぞ」
「ありがとうございます。ところで木綿の材料とか、ありますか?」
「う~ん、糸にしたやつなら、少しはあるはずじゃぞ。ちょっと見にいくか」
腰を上げたドラムカに連れられ、木綿の備蓄を確認しにいく。
係の者に確認すると、布を織る前の綿糸が、蓄えられていることが分かった。
さらには紙作りの担当として、ドワーフの青年も紹介される。
「こいつはザバルってもんで、新しい物が好きな男じゃ。とりあえず手を空けさせたから、好きに使ってくれ」
「うす、ザバルっす。新しい物を作るのは、大好きなんで、よろしくお願いします」
「うわ、すみません。こちらこそよろしくお願いします」
ザバルはやはり背は低いが、横幅はそれほどでもない、小柄な男だった。
髪の毛やヒゲも短かめで、実直そうな顔立ちをしている。
彼とならうまくやれるのではないかと、期待を寄せる武明であった。
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その日から武明とザバルの、試行錯誤が続いた。
まず綿糸を適当な長さに切って、アルカリ性の灰汁で煮込む。
そして柔らかくなった繊維を、木槌で潰しまくるのだ。
こうすると繊維が切れ、水和・膨潤し、繊維同士が絡みやすくなる。
これを漉いてから圧縮・乾燥させると、繊維が水素結合した紙になるわけだ。
しかし繊維を潰す作業は重労働なので、武明、ザバル、ニケが交代で木槌を振るった。
見かけによらず身体能力の高いニケが、大活躍したのは言うまでもない。
そして入念に潰した繊維を水に溶かし、それを”漉き桁”で漉き上げる。
漉き桁は、木枠に少し目の粗い布を張り、製作した。
今後は量産に向けて、金属で網を作ることも考えている。
漉いた紙はフェルトの上に移し、交互に重ねていく。
そして何十枚も重ねたそれを、ギューッと圧縮して3分の1ほどに押し潰すのだ。
これによって細かい繊維同士が結び付き、それを乾燥させたものが紙となる。
そんな紙作りをはじめて1週間後、ようやくそれらしい紙ができてきた。
「ようやくそれらしいのができたっす」
「う~ん、最初にしては、上出来かな。あとは条件によって出来栄えを確認ながら、改良していこうか」
「うっす。まだまだっすね」
「ああ、だけど、なんとかなりそうだ」
「うっす、がんばるっす」
苦労しながらも武明とザバルは、手応えを掴みつつあった。