15.連絡網
周辺で最も有力な村の長、ポワカに面会した武明は、一般人に現状を理解させるのは困難だと指摘される。
そんな彼女の助言を心に留めつつも、武明は地道に周辺の村を回り、人族の脅威と対策を説いた。
しかしその話に耳を貸すのは、村長クラスの者でも半分に満たない。
一般人との意識のズレを痛感した彼は、とりあえず連絡網の構築を優先した。
連絡網を作れば、凶悪な魔獣の出現や、疫病の発生などを早く知ることができ、生活に役立つと説いたのだ。
これは特に、小規模な村に受け入れられた。
彼らは強力な戦力や、優秀な治癒術師を持たないが故に、そういった外乱に弱いのだ。
それらの小規模集落を中心に、ようやく10ヶ所の了解を取りつけることに成功する。
その中には当然、ハーフリング族、兎人族、羊人族の村も入っている。
そんな体制作りと並行して、武明は新たな連絡手段にも手を着けていた。
「”伝霊”の準備は、どうですか?」
「はい、すでに伝霊所の建築も済みまして、風使いの手配も進んでおります」
「さすがはハムニさん。仕事が速いですね」
「いえいえ、私は言われたことをやっただけのこと。仕組みを考えだしたタケアキ殿の、足元にも及びませぬわい」
「いや、俺も元の世界の知識を応用しただけですから」
現在、この大陸で最も速い伝達手段は、6脚馬などによる伝令だ。
徒歩に比べればよほど速いが、それでも数日単位の時間が掛かる。
そこで武明は、地球の伝書バトのようなものができないかと、ハムニらに相談してみた。
そうして出てきた案が、風精霊による伝言だ。
風精霊と契約を交わした術師、つまり風使いは、どこの村にも1人か2人はいるものだ。
そして以前、ヤツィがやっていたように、風精霊には伝言を託せる。
ただしほとんどは低位精霊なので、その内容は簡単なものに限られる。
例えばザンデの西側で魔獣が発見されたなら、”ザンデ ニシ マジュウ ハッケン”といった具合だ。
簡単な情報だが、風精霊なら離れた集落間でも数時間でたどり着く。
問題は、遠く離れた場所では精霊を制御しきれず、確実にたどり着けないことだ。
そこで武明が出した案が、ハーフリング族の村に伝霊所を作ることだった。
そのうえで各村の術師が一度はここを訪問し、精霊に魔石を与えた。
魔石とは魔獣の体内から取れる石で、大きさや色は千差万別だ。
しかしその内に魔力を内包しており、これを精霊に与えると、食事のように魔力を吸い取ることができる。
つまり風精霊には、ここに来れば魔力を食べられることを覚えさせるわけだ。
そして何か必要があった時に、風使いは伝霊所へ向けて風精霊を送り出す。
伝霊所には交代で誰かが常駐しており、風精霊が伝言を伝えると魔石を食わせてやる決まりだ。
外から来た精霊には再度、言付けを与えて返すこともできるし、伝霊所から各村へ伝霊を飛ばすこともできる。
ただしこの場合は、羊人族の村を仲介する必要があった。
これはハーフリング族には十分な風使いがおらず、外に頼らざるを得ないためだ。
その点、村長のポワカが風の中精霊を持つ羊人族では、多くの風使いを抱えている。
それならば伝霊所を羊人族が運営すればいいものだが、それは面倒だといって断られた。
そこで折衷案として、ハーフリング族が伝霊所を運営し、各集落への情報発信のみ羊人族が請け負うことになったのだ。
この仕組みを作ることで、簡単ではあるが、通信網はできあがった。
「おかげさまで、今までの何倍も早く情報が入るので、交易にも役立っております」
「それは何よりですね。まあ、そうでもなければ、ハムニさんたちが苦労する意味がありませんから」
例えば狂暴な魔獣が出たと知れれば、商隊はそれを避けやすくなるし、各集落から欲しい物や、売りたい物の情報なども届くようになっていた。
そのため、ハーフリング族は効率的に商隊を運営できるようになり、好評を得ていると言う。
当初は彼らの中でも、一方的に面倒をしょい込むのではないかと懸念されていたが、その有用性も理解されつつあった。
ちなみに羊人族も、優先的に情報を回すことを条件に、情報発信を引き受けてもらっている。
「次は絵本と、新聞ですね」
「はあ。しかし本当に、そのようなものを作るのですか?」
ハムニは相変わらず半信半疑だが、武明はやるつもりである。
識字率を高めるには、それらが絶対に必要だからだ。
「ええ、やりますよ。とりあえずこんな感じで作ってみたんですけど、どうですかね?」
「拝見しましょう」
武明がガサガサと、数枚の巻物を取り出した。
それはガンボの皮の巻物で、あまり量産はできないが、現状では最も使い勝手のいい媒体だ。
「これが新聞です。本当はもっといろいろ書きたいんですけど、今はネタがないので、こんなもんですね」
「ほほう、アクダが人族に滅ぼされた件と……西の川に魔獣が出た件、それから、虫が大量発生したという情報ですか。なるほど。人族の情報だけではないのですな」
「ええ、有用な情報を入れることで、広く興味をひくべきだと思いまして」
「そうですな。まずは読んでもらうことから、始めねばなりません」
ハムニは鷹揚にうなずきつつ、次の紙を取る。
「それで、こちらが物語の絵本ですか。ほほう、タイオワの創世譚ですな。なつかしい。昔はよく聞かされたものです」
「ええ、まずは誰でも知ってるような話から作ってみました」
「良い選択です。ところで、この絵は誰が描かれたのですかな?」
「あっ、それは私です」
オルジーが名乗りを上げると、ハムニは感心したように言う。
「なるほど。オルジーさんは画才があるのですな。なかなかうまく描けておりますぞ」
「そ、そんな」
「彼女は俺が困ってるのを見て、助けてくれたんですよ」
「そうでしたか。しかし、こうして絵付きで見ると、また違った雰囲気がありますな。これなら子供たちは喜ぶでしょう」
「ええ、ニケにも大うけです」
武明がそう言ってニケの頭をなでると、彼女も嬉しそうに答える。
「はい、えほん、たのしいでしゅ。ほかにも、いっぱい、つくるでしゅ」
それを微笑ましく見ながら、ハムニは武明に問う。
「これを他にもお作りになるわけですな……しかし、これの対価は、いかがなさいますか?」
「う~ん、それなんですよね。この辺の取引きって物々交換だから、物の価値なんて、あってないようなものですよね? 何か、商品の基準になるものって、ありませんか?」
その問いに、ハムニはしばし考え込んでから答えた。
「そうですな。基準にしやすいのが、ウサギの毛皮でしょうか。わりと広く取引きされている物なので、これはウサギ何羽分に当たる、などと換算して、精算に用いることがあります」
「なるほど。ちなみにこのガンボの皮だと、1枚でどれくらいになります?」
「ふ~む、けっこうこの皮には、手間が掛かっておりますからなあ…………ざっとウサギの毛皮、10枚分にはなりましょうか」
それを聞いて、武明は驚いてしまった。
予想外の高値だったからである。
「ええっ、そんなに高いんですか。なんでまた……」
「ガンボの皮自体を手に入れるのは、わりと簡単なのです。しかし表面を滑らかにしたうえで、特殊な溶液に付けて柔らかくし、ゆっくり干さなければなりません。なのであまり多く作ることはできず、用途も大事なことにしか使いません。ですからこの新聞や絵本などに使えば、批判が出るやもしれませんな」
「う~ん、やっぱりそうなるか」
武明は頭をかきながら考え、また口を開いた。
「そのハムニさんたちの服って、何から作ってます?」
「む、これですか? これは綿花から糸を紡ぎ、編んでおりますぞ」
「ああ、やっぱり綿ですか。その材料の余りって、ないですかね? もう使わなくなったボロクズでもいいんですけど」
「はあ、我らはドワーフ族から布を買うので、材料は持ちません。ボロクズもいろいろと使い回すので、出せる物はほとんどないでしょう」
「そうですか……それじゃあ、俺をドワーフの村へ連れていってもらえませんかね?」
「それは構いませんが、行ってどうなされるので?」
「ちょっと、紙作りに挑戦してみようかと思いまして」
そう言って武明は、笑みをもらした。
この世界で紙を作ることに、少しワクワクしたからだ。
しかしその一方で、やる事はあまりにも多いと、覚悟もしていた。