14.タイオワ連合
ハーフリングの長に否定されながらも、武明たちは翌日から活動を開始した。
まずは周辺の集落を回りながら、人族の横暴を訴え、タイオワの民同士の協力を促すのだ。
最初に訪れたのは、羊人族の集落だった。
「ご無沙汰しております、ポワカ様」
「ああ、久しぶりだねえ、ハムニさん。あんたがあたしに会いたがるなんて、珍しいじゃないか」
ハムニの紹介で、羊人族の村トゥククの長、ポワカと対面した。
彼女は長い黒髪に、20センチほどの羊角を生やした、妖艶な女性だった。
年の頃は30歳ぐらいに見えるが、実際にはもっと上かもしれない。
なぜなら魔力の高い人間ほど若さを保てるのが常識であり、そして彼女は有名な術師だった。
「今日はこちらの方をご紹介に参りました。アクダの魔女に異界から呼びだされた、タケアキ殿でございます」
「へえ、異界人かい……」
紹介された武明を見て、ポワカは興味深そうに目をすがめる。
「初めまして。タケアキといいます。今日はお会いいただき、ありがとうございます」
「そうかしこまることもないさ。それで一体、なんの話だい?」
「今後予想される、人族の侵略に対する協力体制、についてです」
「人族の侵略って、あんたも人族じゃないかい?」
「俺は異界から呼びだされた存在ですからね。どちら側かと問われれば、こちら側ですよ」
「ふうん、それはどうかねえ?」
疑わし気な視線を向けるポワカに対し、ハムニが口添えする。
「タケアキ殿は信頼できるお方ですぞ。彼はアクダの魔女から受け継いだ精霊と契約しておりますし、このように狼人の少女もよくなついております」
「タケしゃま、うたがう、だめ」
武明の横に座るニケがたしなめると、ポワカが吹き出した。
「プッ、なんだい、その子は? ずいぶんと毛色の変わった子だね」
「この子はおそらく、狼人族の希少種でしょう。縁あってタケアキ殿に拾われ、父のように慕っております」
「あたしが、まもるでしゅ」
ニケは傍らに置いていたナタを取り上げ、それを誇らしそうに掲げた。
そんな彼女を見て、ポワカがまた笑う。
「プハハハッ。かわいいねえ、お嬢ちゃん。あんたが慕われてることは分かったけど、それだけで信じるわけにはいかないね。そういえばあんた、精霊を持ってるんだって?」
「ええ、アクダの魔女から引き継いだ形ですけど。ミズキ」
武明の呼びだしに応え、氷の彫像のような幼女が姿を現す。
するとそれに応えるかのように、ポワカも名を唱えた。
「ハモン」
今度はポワカの傍らに、白っぽい水晶のような幼女が現れた。
歳の頃はミズキと同じぐらいで、髪の毛や服の丈が短く、より活動的に見える。
「この子は、風の中位精霊さ。戦闘力にかけては、獣人種では随一だと思うよ」
「ポワカ様は、獣人種では数少ない中位精霊持ちなのです。その戦闘力は折り紙付きですぞ」
ハムニが補足するように、獣人種で中位精霊持ちは、めったにいない。
兎人族や羊人族のような種族は、他の強種族に比べて身体能力は低いが、魔力の高い者が多い。
その中から幸運な者は精霊術師となるのだが、そのほとんどは自我の弱い低位精霊との契約だ。
しかしポワカは数少ない中位精霊持ちであり、その力を持って長の地位にまでのし上がった女傑なのだ。
「なるほど、ポワカさんはお強いんでしょうね。しかしそれだけでは、侵略者の横暴に対抗できるとも思えません。まずは俺の話を、聞いてもらえませんか。こことは違う別の世界で、侵略者に大地を奪われた民の話を」
「……いいだろう。まずは話してみな」
それから武明は、地球のインディアンの話を披露した。
後に北米大陸と呼ばれる土地には、多くの部族に分かれた先住民がいたこと。
しかし他の大陸から乗り込んできた白人との闘争で激減し、ほとんどの土地を奪われ、白人社会に同化されてしまった話だ。
ひととおり話し終えると、ポワカはプカリとタバコの煙を吐きながら、つぶやいた。
「ふうん、なかなか興味深い話だねえ。たしかにその先住民には、あたしたちと似たような部分を感じるよ。人族が乗り込んできて、勢力を広げつつあるのも、似たような話だ。しかしだからといって、あたしたちが一方的にやられると決まったもんでもないだろう。こっちには精霊術もあるしね」
「いかに精霊術があっても、先行きは暗いと思いますよ。人族は別の手段によって、それを乗り越えてきますから。それに彼らはあなたたちを、動物と同じくらいにしか思ってないでしょうしね」
「フンッ、そう思って攻めてきたら、しっぺ返しを食らわしてやればいいのさ。弱い奴がやられるのは、仕方のないことだからね」
そうやってうそぶくポワカの態度に、武明は危うさを覚えた。
「本当にそれで済めば、いいんですけどね。ところで、人族の強みはどこにあると思います?」
「あん? そりゃあ、技術力の高さだろう。はるか海の彼方からやってきて、この地に住み着くぐらいだからね」
「それもありますね。だけど、それだけではありません。最大の強みは、彼らは戦争ばかりしていることです」
「戦争なんて、あたしらもするよ」
「いえいえ、その質が全然違うんですよ。人族ってのは、良くも悪くも貪欲で、生活を良くするためにはなんだってやります。だから短期間で人口が増えて、今度は土地が足りなくなってくる。それで戦争をして、負けないためにさらに多くの人が集まって、国を作ります。この近くに住み着いてるイスパノって国は、本国に2千万人近くいるそうですよ。それだけでこの大陸の全人口に、匹敵するんじゃないですかね。しかもそれ以上に大きな国も、いくつかあるそうです」
「2千万だってぇ……」
さすがにその数を聞いて、ポワカも唖然としていた。
しかしすぐに気を取り直し、挑戦的な目を向けてくる。
「フンッ、だからどうだって言うんだい? あたしらにも国を作れってのかい?」
「国を作れとまでは言いません。でも、もっとまとまる必要があります」
「具体的に、どうしろってのさ?」
「周辺の集落が協力して、連絡網を構築するのが、まず第一歩。そこから人族の動向を監視して、侵略行為に対しては、団結して対抗できるようにしたいですね」
それを聞いたポワカは、しばし考えながらタバコを吸っていた。
やがて目を開くと、首を横に振った。
「無理だね。連絡網を構築するのは、まだいいだろう。あたしらにも役立つしね。だけど、他の集落のために戦士を出すのが難しい。あたしらだってそんなに暇なわけじゃない。よそのもめ事に首を突っ込む余裕なんて、ないんだよ」
「だけど、そんなこと言ってたら、弱いところから順に潰されて、いずれは全滅ですよ。もっと先のことを考えないと」
なおも食い下がろうとする武明を、ポワカは手で制した。
「あたし自身は、あんたの言うことも分かるさ。だけどほとんどの民は、自分の村から遠く離れたこともないんだ。それが見も知らない人族とか、数千万人の国とか、想像もつかないだろうよ。残念ながら、協力は得られないだろうね」
そう言う彼女の顔は苦々しく、快く思ってないのは明白だった。
しかし彼女は羊人族の指導者として、言うべきことを言わざるを得ないのだ。
そこでハムニが助け舟を出す。
「ポワカ様の言うことも、もっともですな。しかしそれでは話が進みませぬ。何か儂らにできることは、ありませんか?」
そう振られて、彼女がまたしばし黙考する。
「……まずは連絡網を構築して、情報を広めるしかないだろう。人族の横暴が広く知られれば、危機感も生まれる。そのうえでなら、団結できないこともないだろう」
「まあ、それしかありませんな。しかし問題は」
「3大獣人種とエルフ、だね」
ハムニの後を、ポワカが苦々し気に続ける。
「やはりそうなりますか」
「ああ、狼人、虎人、獅子人の連中は、自分たちが一番強いと思ってて、中央平原の覇権争いに夢中だからね。下手に近づこうものなら、傘下に組み入れられちまうよ。そして高貴なエルフ様も、自分たちが一番かしこいと思ってる。あたしらの誘いなんて、歯牙にも掛けないだろうさ」
あらかじめハムニにも言われていたが、タイオワ連合を広げるための最大の障害は、獣人の強種族と、エルフ族と思われた。
狼人、虎人、獅子人は、ひ弱な人族に負けるなど、想像もできないだろうし、エルフは引きこもりで他種族との付き合いを嫌うから、とても誘いにくいのだ。
しかし、これら4種族を引き込まねば、人族との決戦など夢のまた夢だ。
「はぁ……たとえ他で連携できたとしても、結局そこに行きつくんですよね……だけどそれをここで嘆いていても、始まらない。まずは周辺の村を説得して、タイオワ連合の基礎を作りましょう。ポワカさんも協力してくれますよね?」
「なんだい? もうあたしを味方に付けたつもりかい? そんなことは準備が整ってから、出直すんだね」
一見、突き放した言い方にも聞こえるが、その言葉には思いやりが感じられた。
そんな彼女の態度に希望を見いだしつつ、武明はさらなる説得活動に赴くのであった。




