12.植民地
ハーフリング族の村長と面会した武明は、人族を直接調べたいと申し出た。
その申し出に、長は面白そうな顔をして問う。
「ほほう、儂らの話だけでは、信用できませんかな?」
「あ、いえ。そういうわけじゃないんですが、同じ人族として聞いた方が、分かることもあると思うんですよ。口が軽くなるかもしれないし」
「ふ~む、それはそうじゃろうが……しかし言葉はどうするのじゃ? 片言では怪しまれるであろう?」
「あ~、そこは記憶喪失のふりとかで、どうですかね? 海で遭難して、あなたたちに保護されて、情報を求めてるとか」
「記憶喪失? そんなことがあるのか?」
「頭を強く打ったりすると、記憶を失う場合があります。まあ、敵に入り込むわけじゃないんで、その場をごまかすぐらいは、できると思いますよ」
「ふ~む……まあ、次の交易隊についていって、試してみればいいじゃろう。それ以上のことは、また後で考えればよい」
「ええ、よろしくお願いします」
それからいくつか今後の方針を確認すると、武明は長の前を辞した。
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そのまま彼はハムニの家に招かれ、ある木板を見せてもらう。
「これがハーフリング族の文字ですか」
「ええ、もっとも、エルフ族の文字を真似て、使いやすくしただけですがな」
それはアルファベットに似た、表音文字だった。
全部で26種類の文字があり、それで言葉を構成するものだ。
地球で言えば、ラテン語系の言語に当たるのだろう。
ハムニに読み方や発音を教えてもらうと、わりと簡単に習得することができた。
元々、アクダの魔女が知識を身に着けていたため、その記憶を受け継いだ武明にとってはたやすいことでもある。
同様に文字を習いはじめていたオルジーも一緒に勉強し、簡単な読み書きはできるようになった。
ちなみに脳筋のニケは、武明にまとわりつきつつも、全く覚えていない。
ひととおり目処がつくと、武明はハムニに尋ねた。
「人族の文字については、情報はないんですか?」
「今のところ、簡単な取引きのみですので、習得する必要もありません。しかし、今後のことを考えると、学ぶ必要がありそうですな」
「そうですね。敵の情報を知るためにも、今後必要になるでしょう」
「分かりました。今度、それとなく探ってみましょう」
「お願いします」
さらに武明は、木板と共に持ってこられたガンボの皮を手に取ってみる。
「このガンボの皮って、どうやって作るんですか?」
「まずガンボの木から皮を剥いで、その表面をなめし、割れないように柔らかくします。多少、手間が掛かりますが、木板よりは便利なものですな」
「ふ~ん……たくさん作れないんですか?」
「残念ながら、それほど多く取れるものではありません。木自体は探せばあるでしょうが、皮を使えるようにするまで、けっこう手間が掛かりますから」
「う~ん……量産方法を確立すれば、なんとかならないかな。それとも、植物紙の方がいいかな?」
「しょくぶつし、とは何ですかな?」
植物紙という概念がまだ無いこの世界では、ハムニたちに想像がつかない。
そんな彼らに、武明は大雑把な説明をする。
「植物紙ってのは、手頃な植物から繊維を取り出して、それを薄い板状に加工したものです。木の皮をはいで繊維を取り出したり、服に使う繊維を使う場合もありますね。それらを灰汁で煮込んで柔らかくして、網を張った枠でこし取ったものを、乾燥させます。それが紙というもので、文字を書き込んで保存するのに、都合がいいんですよ」
「はあ……そこまでやる必要がありますか?」
ハムニが半信半疑な顔で問う。
「ガンボの皮が量産できないなら、やる必要がありますね。先住民同士が団結するためには、文字による伝達とか、契約が欠かせません。それには大量の紙が必要になりますから」
「はあ、私には想像もつきませんな。しかし、必要とあれば検討しましょう。まずはガンボの皮を作る職人に、相談してみます」
「よろしくお願いします。それとこのハーフリング文字だけど、オルジーはどう思う? 改良の余地はないかな?」
武明がオルジーに話を振ると、彼女も戸惑いながら答える。
「これなら簡単なので、すぐに覚えられると思います。特に変える必要は、ないと思いますけど」
「それならザンデでも使ってもらって、様子を見ようか。悪いけど、この文字一覧を書写して、ザンデに送ってくれるかな?」
「分かりました」
ガンボの皮をもらって文字表を書写しつつ、今後の展開も話し合う。
兎人族の集落で文字を広めると共に、他の種族を巻き込まねばならないからだ。
しかし改めて話してみると、その見込みは暗かった。
「たとえ弱小種族といえど、容易に文字の必要性は理解されないでしょう。ましてや強種族に至っては、話すら聞いてもらえんでしょうな」
「う~ん、そんなことしてる場合じゃないのになぁ。なんとかみんなに、危機感を持ってもらえないものか?」
「こればかりは地道にやっていくしかありませんな。まずは文字の便利さを知ってもらったうえで、人族の横暴を周知していくしかないでしょう」
「……そうですね。まずはできることから、やっていきますか。これからよろしくお願いしますね、ハムニさん」
「こちらこそ。タケアキ殿のおかげで、希望が見えてきました」
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文字の扱いについて話し合って数日後、人族の植民地を訪れる機会があった。
人族向けの交易商品が集まり、それを取引きする商隊が出ることになったのだ。
かねてからお願いしてあったように、武明は遭難者としてそれに同行させてもらう。
そしてその商隊には、当然のようにニケの姿もあった。
「いっしょに、いくでしゅ。タケしゃま、まもるでしゅ」
「う~ん、ややこしいことになりそうだから、残ってて欲しいんだけどなぁ」
「いやでしゅ」
普段は聞き分けのいいニケだが、彼女は武明を守ることに使命感を抱いていた。
そのため彼の側を離れることは、頑として聞き入れないのだ。
そんな彼女をハムニが擁護する。
「ハハハ、ニケさんは狩りの腕もいいですから、お連れになってもいいでしょう。耳としっぽを隠せば、それほど目立ちませんよ」
「はあ……仕方ない。そうしますか」
結局、武明とニケは商隊に混じり、交易に出発した。
行先はイスパノ王国の植民地だ。
普通に歩けば1週間は掛かるところを、ムツアシの高い機動性で3日で踏破した。
しっかりニケに変装をさせてから、植民地を訪問する。
「ご無沙汰しております、旦那。毛皮や鉄が揃ったんで、取引きに参りました」
「おう、ハムニさんか。待ってたぞ。入れ入れ」
ハムニたちは常連らしく、集落の入り口で愛想よく迎えられる。
3メートルほどの高さの柵で覆われたその植民地は大きく、なかなかの規模のようだ。
門をくぐって中に入ると、予想以上に賑わっている。
それは映画の西部劇のようなイメージの街並みだった。
木造の家屋や倉庫が立ち並び、多くの人や馬車が行き交っている。
「思った以上に賑わってますね」
「ええ、また人が増えたようです。これも周辺の種族を呑み込んで、勢力を広げた結果でしょうな」
武明がこっそり話しかけると、ハムニが苦々しい顔で応じる。
人族の繁栄の陰に先住民の犠牲があることを、彼は誰よりも知っているからだ。
商隊は少し進むと、大きな倉庫の前で停止する。
そして人を呼びに行くと、赤ら顔の男が出てきた。
「お~~っ、ハムニさんじゃないか。また毛皮を持ってきてくれたんだな。こっちもいろいろと商品を準備してるぜ」
「はい、フリオさん。今日もよろしくお願いします」
大げさな身振りで出迎えるフリオという男に、ハムニも如才なく応じる。
武明はどんな話が聞けるのかと、期待を膨らませていた。