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11.ハーフリング族

 ハーフリングの商人 ハムニと出会った翌日、武明らはさっそく外出することになった。


「へ~、これが6脚馬ムツアシですか」

「おおきいでしゅ」


 武明とニケは、商隊が使っている使役獣を見上げていた。

 それは名前のとおり、6本の脚を持った魔獣で、ちょっと馬に似た存在だった。

 ただし馬よりはだいぶ大きく、体高2メートル、体長4メートル、幅1メートル半ぐらいで、頭高は3メートル近い。


 体表はトカゲのようなウロコに覆われていて、恐竜のように見えなくもない。

 そしてその前脚は前後に分かれるようにふた股になっており、名前の由来である6本脚を形成している。

 この脚のおかげで悪路に強く、持久力も高いという、優秀な運搬獣なのだ。


 ちなみにこの新大陸には馬がいないので、最も優れた運び手として重宝されている。

 地球でもヨーロッパ人が持ち込むまでは、北米大陸には馬がいなかったのと同様だ。

 実は馬に乗って走り回るインディアン像は、わりと近代にできあがったものなのだ。


「ホッホ、ムツアシを見るのは初めてですかな」

「ええ、これも魔獣なんですよね?」

「はい。しかし性質はおとなしく、足も速いので、我々には欠かせないパートナーです」


 この大陸には普通の動物と共に、魔獣が存在していた。

 魔獣とは強い魔素に当てられて変化した変異種と言われ、通常種とは比べ物にならない能力を持っている。

 それはしばしば住民の脅威ともなっているが、こうして飼い慣らして利用される場合もある。

 ただし一方的に使役できるものではなく、それなりに敬意を払わねばならないし、使役契約には闇精霊による仲介が必要だ。

 ハーフリング族が魔獣の使役を得意とするのは、彼らが闇精霊との契約を得意としているからである。


 闇属性とは光属性の対極であり、魔素や人間の負の心理に関わっている。

 魔獣とは魔素に染まった生物なので、そのコミュニケーションには闇属性が役立つというわけだ。

 ちなみに環境中に存在するのが魔素であり、それが生物の体内に入ると魔力になると言われている。


 とりあえず1頭のムツアシに鞍を置いてもらい、武明とニケ、オルジーが搭乗する。

 オルジーが同行するのは、兎人族も人族への対策に協力するという、意思表示のためである。

 彼らが乗るムツアシには綱を付け、ハムニが牽く形で旅は始まった。

 一応、武明には乗馬経験もあるのだが、さすがに一朝一夕に乗りこなせるものではなかったからだ。


 一行はほとんど獣道のような道をたどりながら、ハーフリング族の村へ向かう。

 その速度は悪路にもかかわらず、馬の速足はやあしくらいの速度があった。

 意外に快適な旅に、武明の期待はふくらんでいた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 順調に旅程をこなし、3日目の夕刻前にはハーフリング族の村へ到着する。

 入り口での検問も、ハムニのとりなしであっさりと入場できた。

 そして比較的立派な家まで案内されると、さっそく村の長に引き合わされる。


「只今戻りました」

「うむ、ご苦労であったな。それで、何やら重要な話があると聞いたが」

「はい、まずはこちらにおられるタケアキ殿をご紹介します」


 そこで武明は、頭を下げながらあいさつをする。


「初めまして。武明と申します」

「うむ、儂はこのチクリ村の長で、チャルカという。しかし、何ゆえに人族がここに?」

「はい、実は彼は、異界から呼ばれた異邦人なのです」

「なんと! どこぞの者が、星呼びの儀式を行ったか?」


 長の問いには、オルジーが答えた。


「はい、アクダが人族に襲撃された際に、魔女が儀式を行いました。私は彼女の孫で、オルジーと申します」

「……そうか。アクダの魔女がな。アクダが壊滅した噂は、儂も聞いておる。人族も無体なことをするものよ。ところで、星呼びの儀式で呼ばれたというからには、タケアキ殿には何が特別な力がおありかな?」


 その問いには武明が応じた。


「別に俺には、大した力はありませんよ。せいぜいアクダの魔女から、水精霊を引き継いだってことぐらいです。ミズキ」


 彼の呼びかけに応え、氷の彫像のような幼女が姿を現す。

 それを見た長が、興味深そうにつぶやいた。


「ほう、早くも中位精霊と契約しておるとは、さすがじゃな。アクダに中位精霊がいたとは聞いておらんから、儀式の後に進化でもしたか?」

「はい、タケアキ様の魔力を受けて、進化したようです」


 長の指摘をオルジーが肯定すると、彼はしきりにうなずいてみせる。


「なるほど、なるほど。なかなかに興味深いのう。しかし、今日はただそれを見せにきた、というわけではなかろう?」

「それですが長。タケアキ殿の世界の歴史から判断して、我々が危機に瀕している、とおっしゃるのです。それはかねてより我らが懸念していたことに通じますので、こうしてお連れした次第です」

「我々が危機に瀕しているとは、どういうことじゃ?」

「そこから先は、俺が説明します。俺の世界では――」


 再び武明の口から、インディアンの歴史が語られる。

 それは白人と接触する15世紀まで、最大で1800万人はいたと見られるインディアンが、その後400年で25万人まで激減したという、悲劇の物語だ。

 インディアンは未知の病によって大きく人口を減らし、さらに白人との戦いに敗れて土地を奪われ続けた結果、民族としてのアイデンティティを失ってしまった。

 そんな話をひととおり語り終えると、部屋の中に沈黙が訪れた。

 やがて長が、静かに口を開く。


「我らも人族の行状には危機感を覚えていたが、まさかそれほどひどいとはな」

「まあ、この世界とはいろいろと違いがあるので、一概に決めつけられるものではありません。だけど、人族の力を侮っていると、きっと似たような末路をたどると思いますよ」

「うむ、それは我らもかねてから危惧しておった。奴らはこの地に住み着いてから、短期間で勢力を広げておるからな。今までは確信がなかったが、未知の病も侮れぬな」


 長があごひげをしごきながら、考え込む。

 ここでハムニが口をはさんだ。


「それで長、タケアキ殿がここへ来た目的のひとつに、文字を普及させることがあるのです」

「文字じゃと? なぜそんなものを」


 不思議そうな顔をする長に、武明が答える。


「人族に対抗していくには、バラバラな諸部族がまとまらなければなりません。そのためには文字という伝達手段を、共有しなければいけないと思うんです」

「ふうむ……」


 また長がひげをしごき、しばし黙り込む。


「……それほどまでに、事は深刻かのう? 内陸部から応援をもらえば、なんとか対抗できると考えておったんじゃが」

「もちろんそれは必要ですけど、それだけじゃ足りないでしょうね。この先、人族はどんどん増え続けて、いずれこの地の民を上回るでしょうから」

「そこまでいくか?」

「これは俺の世界の話なんですけど、白人は新大陸を新天地と考えてました。最初は現地の資源とか産物を求めて、人が渡ってきました。さらには本国で政争に負けた人とか、仕事にあぶれた人なんかが、移民として押し寄せるんですよ。その植民地は最初、本国の統制下にありますが、やがて独立して国を造るほどになります。こうなるともう、手の付けようがありませんね。武力によって土地を奪い続け、大陸の全てに広がるでしょう」

「とても想像ができんのう」


 武明の話に困惑する長に、ハムニが呼びかける。


「長。この数日間、タケアキ殿からお話を聞きましたが、決して荒唐無稽とは言えませぬ。真剣に対策を講じるべきかと」

「ふ~む……具体的にはどうするべきだと、お考えかな?」


 その問いに、武明は居住まいを正して答える。


「まずは共通文字を普及させながら、人族の情報を集め、彼らの暴虐を知らしめる必要があります。そのうえで先住民をまとめていきたいところですが……まあ、いろいろと難航するでしょうね」


 すると膝の上のニケから声が掛かる。


「なんで、できないでしゅか?」

「いろいろとしがらみがあるからな」


 ニケの頭を撫でながら、武明は苦笑する。

 そんなやり取りをほほえましく見ていた長が、再び問う。


「何が懸念じゃ?」

「下手にまとめようとすると、今度は身内の権力争いが始まるんじゃないかと」

「そんなことがなぜ分かる? おぬしはまだ、来たばかりじゃろう」


 長のからかうような言葉を、ハムニがとがめる。


「長、タケアキ殿の言葉には、見逃せないものがありますぞ」

「落ち着け、ハムニ。いかにアクダの魔女が呼んだとはいえ、無条件に信じられるものではなかろう。その辺はタケアキ殿も、お分かりじゃ」

「もちろんです。というよりも、安易に頼ってほしくないですね。俺は俺なりに、生き残ることを目的としてますから」


 ふてぶてしい武明の言葉を、長は楽し気に笑い飛ばす。


「ホッホッホ、これは頼もしいのう。たしかにそれぐらいでなければ、生き残れんじゃろうな」

「ええ、でも俺だけでは何もできないので、あなたたちに力を貸してもらいたいんです」

「うむ、我らも生き残るため、覚悟せねばならんな。して、まずは何をお望みかな?」

「はい。まずは、この世界の人族がどんな人たちか、自分の目で確かめてみたいと思います」


 武明の決意のこもったその言葉に、ハーフリングの長はニヤリと口を歪めた。

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