10.人族の動向
武明はハーフリング族のハムニに対し、人族による侵略の懸念を打ち明けた。
すると同様の危機感を持っていたハムニは、我が意を得たりと意気投合する。
「して、タケアキ殿はどのような情報をお求めで?」
「まずは、どれぐらい人族がこの大陸に入り込んでいるのか、知りたいですね」
「そうですな。まずはそこからでしょう」
そう言うとハムニは、荷物の中から巻物を取り出し、それを床の上に広げた。
見た感じそれは紙のようであったが、裏面はザラザラとしていて、かさも大きかった。
「これは大陸の南東部を描いた地図でございます。少々大雑把ではありますが、これ以上の物はまず存在しないでしょう」
彼の言うように、そこには大雑把な海岸線や、内陸に山脈などが描かれていた。
そして所々に丸やバツの印が打たれ、集落か何かを表しているようだ。
ハムニはその内の1ヶ所を指差し、説明を続ける。
「ここがこのザンデになります。そして南に少し行くとアクダ。そこから東に行った辺りに人族は住み着き、大きな集落を築きつつあります」
そこは南側に大きく突き出した半島の付け根に当たり、その半島の形は地球でいうフロリダによく似ていた。
そして人族の集落は、地球でいうセントオーガスティンに相当する。
つまり、地球でスペイン人が、最初に北米大陸へ入植した場所だ。
「ひょっとしてそこには以前、別の種族が住んでいたんですか?」
武明がそう尋ねると、ハムニは重々しくうなずいた。
「そのとおりです。この辺りには以前、猫人族が住んでおりました。しかし数年前に病が広まり、いつの間にか人族に乗っ取られたようです」
「ああ、人族が持ち込んだ病気にやられたんですね。この地の民は未知の病気に対して、ほとんど抵抗力を持たないから、簡単に死んじゃうんです。たぶん、ろくな治癒術師もいなかったんでしょうね」
「なんと、やはりそうでしたか。我々も常々、そうでないかと疑っていたのです」
「そういえば、ハーフリング族の方は大丈夫なんですか? 人族と頻繁に接触しているみたいですけど」
するとハムニは得意げにタネを明かした。
「それはもう、我々は優れた術師を抱えておりますからな。外から戻った者は診断を受けるようにも、義務付けられております」
「へ~、もう防疫の概念があるんですね?」
「ぼうえき、とはなんですかな?」
「ええと、そもそも病ってのは――」
そこで武明は、改めて細菌やウイルスの概念をハムニに語る。
これらの微生物が体内で増殖し、毒素を吐き出したり、細胞を破壊したりするのが病であること。
そして病が回復した者には、それに対する抵抗力が備わる場合が多く、人族の多くはそうであろうことなどを教える。
「なるほど。人族はすでに抵抗力を持っているので、意図せずに我々に病原菌をばら撒いている、というわけですな」
「まあ、現状はそうですね。でも、ひどい場合は菌の付いた物を渡して、意図的に病を広める場合もあるそうですよ。今後はそれも念頭に置いて、身を守ることを考えるべきです」
「いやはや、なんともひどい話ですな」
「まあ、別の世界の話ですけどね」
そうは言ったものの、武明は楽観していなかった。
実際にアクダの村は、人族の言いがかりによって潰されたのだ。
少し間を置いてから、武明が問う。
「それで、人族の集落は他にもないんですか?」
「さて、私の知る限りはありませんが、遠い地に上陸しておる可能性はありますな」
「そうでしょうね。俺の世界では、この辺にも住み着いてたはずです。まあ、この半島が最初でしたけど」
武明はそう言いながら、バージニアとケベックに当たる部分を示した。
地球では1565年にフロリダ半島にスペインが入植し、40年ほど遅れてバージニアにイギリスが、ケベックにフランスが入植していた。
「なるほど、今後はそちらにも目配りする必要がありますな」
「ええ。ところで、アクダを破壊した連中は、なんと名乗ってました? 国の名前とか何か、言ってませんでしたかね?」
「そういえば彼らは、イスパノ王国から来たと言っておりました」
「なるほど。この世界のスペインだな」
「すぺいん、ですか?」
「あ、それは気にしなくていいです」
武明はこの世界と地球の間に、微妙に類似性があることに苦笑した。
ここでふと思い当たったことを聞いてみる。
「そうだ。人族の言葉はどうなってます? ハムニさんたちとは、言葉が通じるんですか?」
「ああ、そのことですか。私も当初、不思議に思ったのですが、なんとか通じるのですよ。もちろん違いも多いのですが、多くの単語に似たものがあります。なので片言ですが、最初から意思の疎通は可能でした」
「へ~、不思議な話ですね。同じ大陸の中ならまだしも、海を隔てた場所で言葉が通じるだなんて」
「おっしゃるとおりですが、これも神々の思し召しでしょう。なにしろ我らの言葉は、神に与えられたと伝わっておりますからな」
「神に与えられた?」
武明は情報を求めてザンデの魔女を見やると、彼女がうなずく。
「うむ、そのおかげで我らは、地域や種族の壁を越え、話ができておる。もちろん多少の違いはあるがな」
「そうなんですか……そういえば、文字はどうなんです?」
それにはハムニが答えてくれた。
「文字を使うのはエルフ族と、我らハーフリング族ぐらいですな。元々はエルフが作ったものですが、我々も商売に便利だったので、エルフ文字を改良して使っております」
「ということは、ドワーフや獣人族は、文字を使わないと?」
また魔女を見やると、彼女は苦笑気味に答えた。
「ほとんどの者はそうじゃ。普通に生きる分には文字なぞ、必要ないからな」
「でもあなたは、そう思っていない?」
「まあ、口伝えだけでは、不都合も多いからのう。儂も含め一部の指導者には、文字を解する者はおるぞ」
「なるほど。その点については、人族の方が進んでいるでしょうね。たぶん人族は体は強くないし、魔法も使えない。だけど記録を残すことで、いろんな情報を広く伝えることができるんです。それは技術の進化と、組織の効率的な運用を産みだします」
それを聞いたハムニが、我が意を得たりと同意する。
「おっしゃるとおりですな。彼らは強力な武器と、組織の力をもって、我らを圧倒しつつあります」
「それほどか……となると、儂らも考え直さねばならんのう」
ザンデの魔女も深刻な顔をするのを見て、武明は提案を出した。
「まずはそのハーフリング族の文字を、見せてもらえませんか? それをここで使ってみて、必要があればまた直しましょう。そしてより多くの人々に、文字を広めるんです」
「しかしタケアキや。そんなもの、ほとんどの者が使おうとはせんぞ。今までそれで通してきたのじゃからな」
「まあ、そうでしょうね。でも、だからといって何もしなければ、何も進みませんよ。そうだな、例えば物語とか歌を書いて、子供から広めたらどうでしょうか?」
しかしその提案は、にわかには理解されない。
ハムニが怪訝そうな顔で、武明に尋ねた。
「タケアキ殿、そのようなことに、なんの意味があるのですかな?」
「まずは子供や、母親から広げていけば、いずれ他の人も使うようになるんじゃないかと。だって女子供が使えるのに、大人が使えないのはかっこ悪いでしょ」
「はて、そう、上手くいきますかなぁ」
すると武明の膝の上に収まっていたニケが、彼を見上げて言う。
「あたし、もじ、おぼえるでしゅ?」
「ああ、そうすれば、いつでもお話を読むことができるぞ。桃太郎とか、浦島太郎とかな」
「ももたろしゃん、しゅきでしゅ。もじ、おぼえるでしゅ」
武明はしばしば、ニケに寝物語として日本の童話を聞かせていた。
それをエサにすると、ニケが興味を示し、周りの者を驚かせる。
しかしほとんどの者は、まだまだ懐疑的だ。
「しかし、文字を記す板や皮も、貴重なものです。子供の遊びに使うには、問題があるでしょう」
「ああ、そうですね。記録を残すための材料も、考えないと。ちなみにこれって、どうやって作ったんですか?」
武明が地図を指して問うと、ハムニが教えてくれた。
「これはガンボの木の皮をはぎ、いろいろと加工したものです。けっこう手間が掛かるので、多く作るのは難しいですな」
「そうですか。なら紙作りも考えないとな。魔法とか使えるといいんだけど……」
ハムニの話を聞いても、武明はめげない。
無いなら作ればいいのだ、と前向きに考えていた。
今までは兎人族の危機感の無さに呆れていたのだが、今日ここでハムニという味方を得られた。
彼らの助けがあれば、自分やニケの未来も守れるかもしれない。
武明の胸中には、そんな希望が生まれていた。