9.ハムニとの出会い
「それが簡単にできれば、苦労はないんじゃがのう」
「でしょうねえ」
ザンデの魔女の嘆きに、武明も心から同意した。
すると膝の上のニケが、顔を上に向けて尋ねる。
「みんな、なかよく、できないでしゅ?」
「ああ、ニケだって、同族の中でいじめられてただろ?」
「でも、タケしゃま、たしゅけて、くれました」
「そうだな。だけど俺は違う世界の出身だし、人間は集まると、いろいろめんど臭くなるんだ。そういえば、この大陸の対立構造は今、どんな感じなんですか?」
ニケと話していてふと気になったことを、武明は魔女に尋ねる。
「そうじゃな。内陸部の平原地帯では、狼人、虎人、獅子人の3種族が、覇権を争っておる。そこにはバッファローがたくさん住んでいて、狩りがしやすいんじゃな。それでその争いに加われない弱小の獣人種は、他の土地で細々と生きておる。これは儂らのような種族じゃな。そして魔法に長けたエルフ族は内陸の森の奥に引っ込んでおって、付き合いはほとんど無い。逆にドワーフ族は金属製品を作れるから、どの種族からも一目置かれておるな。あと、ハーフリング族も交易をしているから、付き合いは広いね」
「なるほど。その3大獣人は、どれぐらいのまとまりがあるんですか? 同種族の間の、連携とか」
「う~む、儂の知る限りでは、バラバラのようじゃの。さすがに同種族で争うことは少ないが、地域を越えて連携しているとは聞かん。おかげで戦力が拮抗して、あまり大きな戦にならないのが、救いと言えば救いじゃ」
「う~ん、そうすると、全ての先住民をまとめるのは、大ごとですねえ」
真剣な顔でそんなことを言う武明を見て、魔女はからかうように言う。
「なんじゃ、本気で儂らをまとめることを考えておるのか? いくら救世主として呼ばれたからといって、そこまでする義理はあんたに無いだろうに」
「もちろん、できないことをするつもりはないですよ。だけどこれを放っといて、俺に都合よくなるとも、思えないんですよね。それに皆さんにはよくしてもらってるし、人族の方は明らかに侵略者です。何より、この子を守ってやりたいですから」
ニケの頭を撫でながらそう言うと、彼女は嬉しそうに頭をこすりつける。
すっかり保護者のような顔の武明を、魔女はさらに挑発した。
「しかしおぬしは人族じゃ。本当に儂らの味方でいてくれるのか?」
「見た目は一緒でも、現実には違う存在ですからね、俺と人族は。それだったら、理不尽な暴力に泣かされる人を、減らす方がいい」
「ハハン、青臭いことを言うのう」
「そうですかね? そう言うあなたたちだって、こうして受け入れてくれてるじゃないですか」
「そりゃあ、ぬしは救世主じゃからな」
「だけど、まだ俺の才能とか力量なんて分からないのに、それなりに受け入れてくれてます。逆に人族とはまだ接してないけど、どうにも仲良くやれるような気がしないんですよ」
人族の事情も知らずに判断を下すのは早計なのだが、武明はこの地の民のゆるさが気に入っていた。
彼らには地球でいう南国人のように、奔放で未知のものも受け入れるような、懐の深さが感じられるのだ。
実際にこの大陸は比較的食料に恵まれており、先住民の生活のつましさも相まって、争い事は比較的少ない。
逆にその人の好さを、人族に付け込まれている面も大きいことを、武明は後に知ることになる。
魔女はそんな武明を好ましく思いながらも、さらに探りを入れる。
「それで、おぬしはこれからどうしたいんじゃ?」
「そうですね。まずは人族の情報を、集めたいと思います。相手のことを知らなけりゃ、対策の立てようもありませんから」
「情報を集めるといっても、どうやって?」
「う~ん、それが問題なんですよね。俺が人族の集落に潜り込むのがいいんだろうけど、あまり演技できる自信もないしなあ」
のんきに悩んでる武明を見て、魔女は提案を持ちかける。
「ふむ、それならハーフリング族を紹介してやろう。彼らは人族とも交易してるから、情報を持っているし、潜り込むのに協力もしてくれるかもしれんぞ」
「へ~、そうなんですか。ハーフリングって、体の小さな種族ですよね?」
「ああ、そうじゃ。妖精種の1種で、容姿が人族に近いのもあって、上手く立ち回っておる」
「ふ~ん、でも彼らは、なんで交易を?」
「元々、ハーフリングは好奇心が旺盛で、あちこちを見て回りたがる種族なのじゃ。そのついでに物を運んで、商売するようになったらしいぞ。彼らは魔物を手懐けるのも得意だから、輸送がしやすいというのもある」
「なるほど。ぜひ彼らを紹介して欲しいです」
「ほしいでしゅ」
武明とニケがかしこまってお願いすると、魔女は楽しそうに笑った。
「ヒッヒッヒ、いいじゃろう。紹介してやるよ。儂らにとっても、悪い話ではなさそうじゃからの」
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それから5日後、ザンデの村にハーフリング族が訪れた。
それは定期的に村々を回る商隊で、さっそく魔女はその責任者を家に呼んでくれた。
「久しぶりじゃのう、ハムニさんや」
「はい、ご無沙汰しております。ところでザンデの魔女様からのお召しとは、何か特別な御用でもございましたか?」
「まあ、そんなところじゃ。実はあんたに相談したいことがあってね。この子の話を、聞いてやってくれんか?」
「はあ、それは構いませんが……」
ハーフリングの男性は戸惑いながら、魔女の後ろに目をやる。
そこには武明が座っており、なぜ人族がここにいるのかと、目で問うていた。
それに対し、武明が前に出て、あいさつをする。
「俺の名はタケアキと言います。見た感じ人族ですが、この世界の出身ではありません」
「この世界の出身でないとは、どういう意味ですかな?」
問われた武明が老婆に目をやると、彼女が説明を引き継いだ。
「実は彼は、アクダで星呼びの儀式で呼びだされた、異界人じゃ」
「アクダの村で? 先日、人族の襲撃で壊滅したと聞いておりますが」
「それじゃよ。あそこの魔女が危機に際して、儀式を行ったらしい。おかげで見知らぬ世界に来てしまったこの者が、情報が欲しいと言っておる。特に、人族の情報がな」
「人族の?」
そうつぶやきながら、ハムニは視線を武明に合わせる。
彼は白髪であごひげを生やした、高齢のハーフリングだ。
たしかに背は武明の胸ほどまでしかないが、その視線は鋭く、落ち着いた雰囲気を醸しだしている。
彼はしばし考えをまとめた後、再び口を開いた。
「タケアキ殿は、人族への帰属を望んでおられるのですかな?」
「いえ、違います。まあ、仲良くできるのに越したことはないけど、おそらく無理でしょう。俺はむしろ、彼らと対立するために、情報を欲しています」
「ほほう、何ゆえに人族と対立するのですかな?」
「おそらくこのままでは、この地の民は虐殺されるでしょう。俺はそれを防ぎたいんです」
武明の言葉に、ハムニの視線が一段と鋭くなる。
彼は再び値踏みをするように見てから、また尋ねた。
「なぜそんなことが、分かるのですかな?」
「俺が元いた世界の歴史が、それを証明しているからです。アメリカという広大な大地に住んでいた先住民が、後から来た侵略者によって、虐殺され、土地のほとんどを奪われました」
「しかし、それがこの世界でも起こるとは、限らないでしょう?」
ハムニの問いに、武明は苦笑しながら答える。
「頻繁に人族と接しているあなたの方こそ、その危険性を感じているのではありませんか? 実際問題、アクダの村は言いがかりで滅ぼされたんですし」
「……」
ハムニはそれには答えず、意見を求めて魔女に視線をやった。
すると魔女は大きくうなずきながら、武明を擁護する。
「この者の身元は、我らが保証しよう。彼はアクダの魔女によって呼びだされた者であるし、すでに精霊とも契約を結んでおる。決して人族のスパイなどではないぞ」
「ほう、そこまで目を掛けておいででしたか……ようございます」
ここでハムニは居住まいを正し、改めて武明に向かい合った。
「タケアキ殿の申すこと、私も常々、危惧しておりました。我々があえて人族と交流を持っているのも、いざという時に備えてのことでございます」
「やっぱり……だけど、その危険性に気づいている人は、ほとんどいないんですよね?」
「おっしゃるとおりです。交易をしながら人族の噂を流してはいるのですが、あまり関心を持たれません。特に内陸部の強種族なぞ、歯牙にも掛けないような状況です」
「まあ、実害を受けなければ、そうでしょうね。しかしあなたたちハーフリング族は、それに気がつき、手を打とうとしている。ぜひ俺にも、その手伝いをさせてくれませんか?」
「それは願ってもない申し出。ひょっとしたらこれが、大きな転換点になるかもしれませんな」
「ヒッヒッヒ、本当にそうなればよいのう」
それはまだ弱々しくも、新大陸における抵抗勢力の、かすかな萌芽であった。