04-3:そもそも何で町に引っ越さないんだ?
お昼の人混みも徐々に落ち着いてきた頃、グンマさんは「少し外す」と口にして立ち上がる。
でもその時私は意気消失していて、彼がどこに行こうと全然気にもならなかった。
何が駄目なんだろう、値段だって途中から他より安くしたのに。
どうして誰も買ってくれないんだろう、もしかして私が悪いんじゃないだろうか。
ネガティブな思考をぐるぐる回し、気がつくと私はカゴの裏で膝を抱え小さくなっている。
……初めての町。そこは人がいっぱい居て、遠くから眺めていると皆が笑っていて。
本当にテファちゃんやアカネさんから聞いていた通りだった。
その中に自分も入っていけるんだと、無意識に決め込んでいたのがいけなかった。
グンマさんの家が特別だっただけで、他の人達ににまでそんな優しさ……。
……いや、そんな問題じゃない。そう、分かっている。
でも何というか心が、遠くから暗い影が迫るような不安感が、止まらなかった。
少し、私らしくない。
せめてグンマさんが戻ってくる頃までには、元の自分に戻っていよう。
そう考えて自分に活を入れると、不思議なことに暗い影のイメージがスッと消えていく。
まるで、その感情が自分ものでなかったかのような、妙な感じだった。
少しするとまた人が賑わい初め、結局買ってはくれないものの野菜を手に取り見てくれる人が増え始める。
「いらしゃいませ~、安くて美味しい野菜売ってまーっす! 見ていって下さ~い!」
そんな中、近くで雑談をする男性二人組の会話が聞こえてきた。
「俺は見たぞ」
「え、マジかよ」
「っても直後の光景だけだけどな、でも凄かった。木っ端微塵、ブシャァ~」
「どんな魔術だった? 木っ端微塵ってその魔獣、防壁よりデカかったって」
「いや、それが……分からなかった」
「また何か新しい魔術か? 俺等には無縁の話だな」
「皆あんな大きな魔物誰も見たことなかったって。そんなのに町が襲われなかっただけもな」
「ん? なんか1人怪我人が出たとかって他所で聞いたけど」
「そうなの? 多分門番だろ、真っ先に見つけたの門番だって話だし」
「お前、本当に見てたのかよ……確か怪我したのは子供だった筈」
その人達の話し方は内容の割にとても明るくて、私にはまるで何かの物語の様だった。
大きい魔物、木っ端微塵……どこかで覚えのあるような。
でもそんな話、本で読んだのか聞いたのかイマイチ記憶がはっきりしない。
それよりグンマさんは一体どこまで行ってるんだろうか、なんだか心配になってくる。
「すいませんお姉さん、そこの果物2個下さい」
と思っていたら、まるで呼んだら来たみたいに、彼はふらりと戻ってきた。
「……はい、お代は1000セキです!」
「……高い」
「それ以前にお客さん、お金持ってるんですか?」
「……」
グンマさんは気まずそうな顔で、誤魔化す様にゴリンを取り、その一つを私に放る。
「出世払いで……」
家で畑仕事しかしていない人がどこで出世するんだろう、と下らない疑問が頭に浮かんだ。
言ってる本人も苦笑いしてるし、なんだかやけに可笑しい。
「それより、今までどこ行ってたんですか?」
「ちょっと、困ってた人を見かけて。それでちょっとお手伝いを……な」
私達は笑いながら、二人で果物を頬張った。
「羨ましい。実は私、今まで1人で大変だったんですよね。
……あ、もしかしてお願いすれば此方のお店もお手伝いしてもらえたり!」
「どうだろう、聞いてみないとわからないな……」
物が売れないぐらいで落ち込んで下らない。
のんびりとした彼の仕草は、まるでそう励ましてくれているみたいだった。
すると笑顔に福が寄ったのか、不意に思わぬ声が飛び込んでくる。
「あの、そのゴリンを私にも3つ程分けてもらえますか?」
「あ、はい……え?」
私はすぐに何が起きているのか理解できず、その30半ば程の男性を見て呆けた。
「え? あの……」
そんな仕草にお客さんまで戸惑って、見かねたグンマさんが立ち上がり対応する。
「ああ、すいませんお客さん。はいゴリン3つ、300セキです」
お客さんはポケットの奥から大量の小銭を取り出し、支払いを済ませる。
そして複雑な表情でそのゴリンを見つめた。
「あの、このゴリン綺麗ですね。青く透き通ってて、こんなの見たこと無い。
……ちょっと今、食べてみていいですか?」
「……はい、どうぞ?」
「いただきます」
男性はそう言って、買ったうちの一つを私達の目の前で頬張る。
「……なんというか、複雑な味ですね。何故か一口で満たされるような……」
「そ、そうですか」
「あ……美味しくないって話じゃないんですスミマセン! 寧ろ懐かしいと言うか!」
「いえ、大丈夫ですよ」
言葉ではそう言いつつ、内心お客さんの行動が不思議だった。
今この場で食べて感想まで丁寧に話すことに、意味があるのだろうか。
そんな風に考えて、でも結局よく分からない。
それに、食べたときの感想も『懐かしい』で、美味しいとも違う。
だから「確かにそんな味ですね」とも反応出来ない微妙な感想だった。
なのに……何だろう。
特に怪しい訳でもなく、どこか人の良さが滲み出ていて、何故か憎めない。
私は眼の前のお客さんに、そんな印象を感じていた。
「……ありがとうございます」
やがて男性はポツリと呟くと、とても丁寧にお辞儀をしてゆっくりと去っていく。
「あ、此方こそありがとうございました!」
少し困惑した私は一瞬返事を遅らせ、やがて人混みの中に紛れていく男性の背中を見つめる。
すると遠くで1人の子供が走り寄り、その人に抱きつく姿が見えた。