04-3:そもそも何で町に引っ越さないんだ?
「ふぅ、やっと開放されましたね……」
「……10時半か、すまん。まあとにかく街の中心に言って早く売り物を広げよう」
「はい」
紆余曲折あったものの、売り物の一部を差し出すことで何とか町に入ることは出来た。
魔物の侵入を防ぐために作られた、紋入りの防御魔石壁。
その門を抜けると、表からは布で隠され見えなかった防御壁の穴ががハッキリと見える。
なんでもこの穴は、前回グンマさんが同じ様に寝歩きながら壊してしまったらしい。
俄には信じがたいけれど……。
「……チッ」
視線を移せば、門番の人達が怪しげに私達を睨みつけていた。
複雑な構造なので修復が大変、というのはなんとなく分かる。
それに加えて、この町が属する魔術教の信者でもない余所者が行商。
私達は恨みを持たれ、しかも怪しまれる要素だらけだった。
……こんな簡単なことさえ、私はこの街に着くまで頭から抜けていた。
魔術――。
それは私達が生きる術にと日常・非日常関わらず用いるエネルギーで、理を歪める力の流れ。
そして、魔の正体はとは業や煩悩といった、欲の具現化であるという。
魔術の強さは根源的なものよりその深さ、つまり細部に落ちるほど強くなる。
つまり、執着心こそがエネルギーの大きさそのものなのだという。
そんな魔をどう系統毎に分け細分化するかで、魔術を技術体系化せしめたのが『魔術教』。
魔の強さが導くように今、教会は細分化・多岐に亘って技術も進歩し続けているらしい。
町も自然とそれに沿い、必要な魔術や求める強さから、徐々に町そのものが風土に合った魔術教を選び属する今の形なっていったのだという。
……テファちゃんの持っていた本には、確かそう描かれていた。
それでも余所者の私達が町の中に入れたのは、その『欲』というものの本質のお陰らしい。
つまり同じ者同士で固まっていては結局何も満たされないという根源的な部分。
食べ物だって日常品だってより良い物を、だから外との取引だけは唯一オープンでありたい。
そういった欲の根源から生まれる『世論の事情』というものに私達は助けられていた。
これも、テファちゃんの持っていた本「公民」1ページ目からの受け売り。
日常生活に支障がない程度の知識が残っていたとは言え、それだけでも不安なので家ではよく本を読んでいた。
……だけど。
「……どうして」
「いや、こんなもんだよ」
私達は市に陣取り野菜を広げ、既に商売を始めている。
にも関わらず、何故か誰も野菜を買ってくれる人がいない。
そこに人が居て賑わう様子を見せているに、だ。
「こんなものって……こんなものって」
……私が朝に考えていた、買い物が出来ないもっと他の別の訳。
つまりそれは今この『野菜が売れなくてお金にならない』状態そのもののことだった。
――野菜が売れない。
――だからお金が無い。
――だからお肉が買えない。
誰にでも分かる簡単な話だとおもう。
でも私は「売れない理由なんか何処にもない」と頭から疑っていた。
過去の不思議な出来事の中で、彼に疑心の目を向けていた自分の疚しさが情けなかった。
……幾度となく町へと行商に出たグンマさん。
しかし彼は毎度、売り物の野菜をほぼ必ずと言える程、全部そのまま持って返ってくる。
私はそれを見て、きっとどこかで野菜を売らずにサボっているとか、売る気がないとか。
てっきりそうじゃないだろうかとぼんやり考え、仕様が無いなと諦めていた。
確かに今も実際見る限りでは、グンマさんにあまり売る気もやる気も感じない。
……でも、なんとなく分かった。
皆、何故か私達の野菜を見てはすぐに興味を無くし、別の出店に目移りして流れていく。
しかもその皆とは本当に“皆”漏れなく全員だった。
虫食いだとか、色が悪いとか、そんな事全然全く無いのに……普通の野菜なのに。
「……」
「まあ、そのうち売れるかもしれないからな。客を待とう」
無言の先にあるものを察知して励ますように答えるグンマさん。
私はなんだか無性に悔しくなった。
この野菜が美味しいのは食べていて知っているし、後は呼び込みもしないのが変だとか。
でもとにかく、そんな事言っても始まらないのだから、と私は立ち上がる。
「山の上で取れた新鮮自然栽培の野菜ですー。皆さんどうですか~」
……でも、元気に声を上げた所で結局状況は変わらなかった。