03-2:肉がない! 肉は大事だ!!
眠るグンマさんを背にして食器を洗い始めた。
ご飯を食べ終えたテファちゃんも直ぐに何処かへと行って、今は粗私一人。
……なんて思っていたせいだろうか。
私はつい雑念が出て、意識がどこかへ飛んでいた。
きっと「いつもの手慣れた作業だ」と油断していたんだろう。
その性で手元を狂わせ、持っている食器をつるりと滑らせてしまう。
「あっ」
しまったと反射的に出た声に合わせて、私はサッと手を翳す。
掌に一度当たり、落ちこそしたものの、結果的に食器は割れずに済んだ。
当たった手の鈍い傷みを見て、私はホッと息をつく。
咄嗟に出た行動が功を奏したものの……よく考えれば危ないことをした。
「お肉が食べたい、かぁ……うーん」
テファちゃんの不機嫌そうな顔が頭から抜けず、言葉がポツリと出る。
彼女は今正に育ち盛りの年頃。
……なのに、最近は畑で採れる野菜ばかりを食べさせている。
食事を用意している身としては、なんとも申し訳無い気持ちだった。
でも結局無いものはどうしようもなく、タラレバばかりが頭に積もる。
お店に買い行けば良いなんて選択肢もそう。
この家は町から遠く、高い山の中腹辺りにあって中々に難しい。
というか、買い物が出来ない理由はもっと他に別の訳がある。
……後は、そう。
例えば、買いに行けないなら狩りという方法もあるのでは? と聞いたこともあった。
畑の周りは全て見渡す限り森ばかり、当然獣も居るだろうと思い付く。
けれどお爺さん曰く、森には獣が全く居ないらしい。
だから狩猟で肉を得る事も出来ない、と言われてしまう。
……何故?
ともかく、とりあえずで出したお肉でのお陰で、一時的だけどテファちゃんの機嫌は直った。
別に毎日こんなふうに騒いでいるという訳でもないし、今は微笑ましく思っておくしかない。
だけどどしたものだろう、さっき出した缶詰でとうとうお肉も終わってしまった。
「あの、お肉がもうありません! 何とか町へと降りて、野菜を売りに行きませんか?」
「ん? うーん……」
私が揺すって声を掛けると、グンマさんは起きて考え始める。
幸い家の外には大きな畑が広がっていて、素人の私が見ても野菜は売るほど採れてはいた。
だから苦肉の策として提案してみたのだけれど……。
「……zzz」
彼はまた寝ていた。
「……はぁ」
そもそもグンマさんは出会ったときからそれが習慣であるかのように、午後になるまで全く起きない人だった。
なので彼のバイオリズムを崩すのも、申し訳ないという気持ちがあるにはある。
でもティファちゃんがまた不機嫌になった時、ターゲットになるのはどうしたって彼な訳で。
究極の選択……という程でもないけれど、彼が理不尽な目に遭わないようにと考えたなら、私がとるべき行動は自然と絞られてしまう。
「あの、あの! 話を聞いてもらえますかー!」
悪いなと思いつつ、グンマさんの肩をまた激しく揺らす。
すると、彼はうつらうつらしながらも何とか起きて話し始めてくれた。
「んあ。……ああ悪い、首脳会議に間に合わなかった……」
「それは行かなくていい会議なんで大丈夫です。それより、もうお肉が無いんですよ」
「……そういえば姉ちゃん、最近全然返ってこないなぁ」
「あまり期待して待っていても……」
「そうだなぁ」
今は居ないけれど、この家にはもう一人『アカネ』という彼のお姉さんも住んでいる。
食材として使っていた缶詰お肉なんかは、正にこのお姉さんが持って帰って来る物だった。
でもだからといって、必ずしも定期的に持って帰ってきてくれるというわけでもなく……。
「あの、なんなら私が行ってきましょうか?」
焦れて、思わず私から提案をした。
そもそも私は家に住まわせてもらっている身だ、出来る事があるならなるべく助けたい。
それに何かしら動いていると、自分の気持ちというか性格が分かる気がした。
きっと、こんな風に言葉がすっと出てくる辺り結構積極的な人間だったのだろうな……と。
「いや……流石に悪いから、俺が行く。爺さんにも一度言って留守番頼んでくるな」
しかしようやくというか残念な方へと話が纏まって、グンマさんはゆっくり席を立ち上がる。「そ、そうですか」
私は止まっていた手を再び動かし、食器洗い洗いを再開した。