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02-2:日常回とかいらないんじゃない?

 ……テファちゃんはたまに何かの機械を持ってきては、その実験台にと彼の兄であるグンマさんを使っていた。

 そのいずれも人では有り得ない動力で、機械の実力に私は幾度となく驚かされている。

 ――彼女がよく手にしていているものは、魔具と呼ばれる精密機械。

 魔気を動力として、その術を具現化させる道具だ。

 この世界では、そうして魔術が日常に無くてはならない物になっている……らしい。

「おじいさーん、畑仕事お疲れ様でーす! 朝ごはんにしましょー!」

「おお、今行くぞーい!」

 遠くから手を振って声を掛けると、畑の方からお爺さんが返事と共に此方に歩いてきた。

 今日もいい天気だ、空が眩しい。

「さあ、往くかの」

「はい。でもお爺さん、この前みたく私の腰に手を回すのは止めてくださいね」

「ああいやあれはスキンシップ……いや、何のことか忘れたのう」

 セクハラの次はボケたフリか……これがなければ良い人なのに、ちょっと残念な老人だ。

 お肌がシワシワで、腰が曲がっていて、お年を召されていて。

 それでも悪戯心の抜けない元気なご様子は、素晴らしい。

 うん……だけれど一体次は何をされるのかと考えると、それはそれでクラリとくる。

 慣れてきて間延びしない様に刺激されてる、ぐらいに考えるしか無いんだろうか。

 それならお爺さんはある意味、良い教訓になっていると言えるかもしれない。

 と警戒しつつ隣に並び、そろそろ馴れ始めた勾配のある道を登って帰路へと進んだ。

 ……実の所私は、この家の人間じゃない。

 グンマさんによると、道の真中で倒れてた所を拾って連れてきてくれたらしい。

 とにかく気がつくとこの家に居て、何がどうなっているのかもわからない。

 過去の記憶が何故かゴッソリ抜け落ちていて、以前に何があったか全く思い出せない。

 だけど幸いというか、言葉は話せるし一般的な? 知識もわずかながら残ってはいて……。 そんな状態の私をグンマさんの家は快く受け入れ、今は同じ住まいに居させてくれている。

 身元不明の私にとっては、とても有り難い話だ。

 だから今はせめて自分のできる事をと、この家の家事炊事を預からせてもらっている。

 まだ自分のことで少しばかり不安もあるけれど、人並みに幸せだ。

 そう感じていた。


 家の前に戻りおじいさんが引き戸を開くと、その音に反応してテファちゃんこと『エステファン』が出迎えてくれる。

「おかえり! ご飯の準備できてるよー」

「おお、ただいま。じゃあ早く飯にありつくとしよう」

「うん!」

 おじいちゃんは孫の背中を優しく押しながら、共に食卓へと向かった。

 ……玄関で未だ寝たままのグンマさんを跨いで。

「あのぅ、グンマさん起こさなくて良いんですか?」

 彼を指差し聞く。

「んー?」

 しかしおじいさんはもう座って手を合わていて、早く食べさせろと言わんばかりだ。

「ああ、陽が昇って尚自ら起きれん未熟者か……どうしてくれようか」

「よし、もう一回引っ張ろう!」

「あ、あんまり道具を使うのは無しにしましょ! ねっ」

 輪っかを作って待機するテファちゃんの手からロープを取り上げる。

 またアレをやると今度は拷問になってしまう、というか寧ろ故意でやってはいないだろうか。

「えー」

 不満げな声に、悪戯が過ぎると言う代わりに息がついて出た。

「ふむ、もしやアレならば」

「どうかしましたか?」

 不意に何かを思いついたおじいお爺さんが、すっくと立ち上がる。

「いや、良いことを思いついてな。もしかしたらこの怠け者を起こす事ができるかもしれん」

「……はぁ」

 言ったその足でお爺さん一度家の外に出ていき、手に何か握りしめ戻ってくる。

 そして早速それを両手の親指と人差指でつまみ、軽く潰すように揉み始めた。

 指から微かにはみ出た部分に私は目を向ける……あれは何だろう、赤?

「あっ」

 やっと気づいてつい声が出ると、お爺さんは私の方を向いて不敵な笑みを浮かべる。

 その手にあるものは『しからとう』という物凄く辛いスパイスだ。

 きっと今、家の裏で栽培していたものを採ってきたのだろう。

 でもまさか、もしかして……それをグンマさんの口に無理やり入れるとか?

「あ、あの。それを食べさせて、辛味で起こすとかじゃないですよね?」

「ハハ、ナナさんよ。起きてもいない奴に食べさせる事など、流石のワシにも無理じゃ」

 そう言って揉んだしからとうを彼の両鼻孔に差し込むお爺さん。

「フゴッ!」

 勢いよく刺すその様に、ほっと胸をなでおろしかけていた私が凍りついた。

「え! あのそれ……口に入れるより酷くないですか?」

「酷くないよ! だってお兄ちゃんナナさんが作った朝食いつも食べないんだもの!」

 フォークを握りしめたまま豪語するテファちゃんの口からは、涎が出かかってる。

 早く食べさせろ、そんな茶番に付き合わせるなと言わんばかりの表情だ。

「フゴ……フゴ……」

 グンマさんは息苦しそうにしながらも、まだ起きない。

 おじいさんはいたずらっ子のように目をランランと輝かせているし、この人にしてこの家有り、というのがよく分かる。

 「フ……フッ! ……はぁース、はぁ~スゥ!」

 やがてグンマさんは鼻呼吸の勢いでしからとうをより深く受け入れてしまった!

 そして限界が来たのだろう……鼻で呼吸が出来ずに今度は口呼吸を初めた。

「……ェッ、…ェック」

「……ククク」

 時折えづくように苦悶の表情で呼吸音を鳴らすグンマさんに、おじいさんは意地悪く口を抑えて笑っている。

 おじいさんのイタズラ好きといったら……もう呆れるしか無い。

「ねえねえ、そんな事したってどうせ起きないってぇ。お姉ちゃぁん、早く食べようよー」

「……あ、うんハイ」

 椅子の上で足を振る動作のテファちゃん。ずっとご飯を待たせるのも可哀想だ。

 仕方がないので二人は少し放置して、出来上がった料理をテファちゃんの分から先に盛り付け始める。

 しかし、思わず途中で手が止まった。

「……か、辛っ!」

 こんなことをされて未だ夢の中のグンマさんが、突然うわ言で話し始めたのだ。

「ククク……」

 おじいさんがその声を聞いて、声が漏れないよう口を抑えながら笑いをこらえている。

 でもそんな笑い方を聞いていると、此方だって堪らない。

「……ッッ!」

 ハゴンを入れようする茶碗としゃもじが体に合わせて小刻みに揺れ、笑わないようにしていた顔もどんどん引っ張られて引きつっていく。

「な、何……この辛いカレー」

「……イ、イヒヒ」

 グンマさんの声に腹を抱えて床をのたうち回るおじいさん。

 ――もう駄目だ。

 私は堪らず、敢えて現実を映すことで逆にその自練磨から逃れようと彼を見る事にした。

 彼は一体夢の中でどんな体験をしているんだろう、と覗き込む。

 すると……彼は苦悶の表情を浮かべながら、両手で口の周りをワシャワシャと触っていた。

「……プッ!」

 口の中に溜め込んでいた空気が破裂して外に漏れる。

 しかし、それだけでは終わらなかった。

「違う……鼻の穴から、は……美味しくない……し」

 グンマさんはそう言いながら逆に指で、しからとうを鼻の奥へ奥へと押し込み始めたのだ。

「……い、いだだだ」

 当然だ。鼻の穴に劇物を刷り込むような真似をして、そんなの痛いに決まっている。

 でも……可笑しすぎて止めようと思っても体がその場から動かなかった!

「フッ……フフッ……!」

 しかしこの混沌とした場はやがて、一瞬にして引き裂かれる。

「もう、兄ちゃんうるさい!」

 いつまで立ってもご飯が食べられないことで不機嫌になっていたテファちゃん。

 彼女はその鬱憤を晴らすように、寝転ぶお兄さんのお腹に片足でストンピングをする。

「ゴフッ!」

 一瞬、家全体が揺れた……気がした。

 でもきっと気のせいだ。

 それよりも……。

「あれ? 何で俺こんなトコで……」

 不意に鼻の穴から射出された赤い物体を間一髪で避け、飛んでいった方へと目を向ける。

 ……その先でしからとうは、壁に突き刺さっていた。

「……」

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