ー第4話 能登島秀彦
ー第4話 能登島秀彦
椎名美花の取材は拒否された。
彼女は結婚して、能登島と名字を変えていた。高宮さんの紹介だと云うのも効かなかった。
アフガニスタンから3日間だけ帰国した、記者仲間の山際厚氏が理由を話してくれた。
「マスコミアレルギーでね、奥さん。旦那さんの方なら、アポを取れるけど?。」
「能登島秀彦にアポが取れるって?。そっちの方が不可能じゃ?。」
「能登島解放の写真が撮れたのは、彼の要望だったんだ。何故かは聞くな。お互いの安全の為に。」(クライムズ クライシス参照)
「まぁ…奥さんの事を聞くのも良いが…中学生時代の話だからな。」
山際厚氏はニヤリと笑った。
私は面食らった。
「能登島は、その試合のあった時、阿部史也の前衛だったんだ。」
私は目を見開いた。
「まさか。世間は狭いと言うが…。」
「狭いな。能登島は、中学生時代の椎名美花をはっきり覚えていない。大学で再会して、恋愛関係になった。美花にとっては、憧れの先輩だったらしい。」
山際氏のコネで、能登島秀彦氏に会える事になった。
指定された場所は、私も良く知っている東京新宿のカウンターバーだった。岐阜に移ってからほぼ…一年振りになる。
木のドアを開けると、バーテンダーの一色さんが、何事もなかったように
「いらっしゃいませ。」
と言った。すぐにオールドグランパのダブルがカウンターに置かれた。
「業界の方は?。」
久し振りと云う会話は無いのが常で、昨日会ったかのような空気が流れる。
「さぁ…。妄想のチクザンに頼ってた分、大変みたいですよ。皆さん余裕が無くなりました。」
「こっちも必死だよ。スポーツノンフィクションは、妄想じゃ書けない。今日も取材だ。能登島秀彦にインタビューする。」
ほとんど動揺する事の無い一色さんの顔に緊張が走った。
グラスを磨く手が止まる。
「…心配ない。別件の取材だ。」
また、一色さんの手が動き始めた。
「しかし。本人がここに?。」
「プロテニスの相田と宮内を、軟式ダブルスで負かした試合を、見ていた人物の1人が能登島だ。」
「…相田と宮内が?。負けた事が有るんですか?。」
「軟式の中学生時代の試合だが…。2人はお互いどうし以外では、その試合しか負けてない。」
「誰なんです。」
「前衛は篠原妙子。後衛は高宮愛。」
「高宮愛は、性同一性障害の?。」
「…よく知ってるな。」
「篠原妙子は…確か…ロバート キミヅカの母親ですね。今、世界ランキング7位でしたか…。」
「驚いたな。テニスオタクだったとは。」
「いえ。オタクじゃありません。プレイヤーです。関東の硬式テニス界じゃ、一色登の名前は有名です。」
「体に悪くないか?。夜の仕事明けでテニスとは…。」
「イメージが有りますので。ここのお客様には内密にお願いします。」
「コートじゃ本業は内密か?。」
「もちろん。言いません。」
入り口のドアが開いて、一色さんは黙った後、言った。
「いらっしゃいませ。能登島さん。こちらで竹山様がお待ちです。」
能登島秀彦氏は、新聞で見たアロハにリーバイスの姿だった。ただ、キャップはかぶっていなかった。私はすぐに、本題に入った。
「篠原妙子の後衛は、高宮愛ではなかったのに、どうして高宮を?。」
「阿部史也と篠原が、映画を2人で見に行ったのが原因です。」
「と言うと?。」
「阿部史也は、テニス女子部では王子様だったんですよ。誰も抜け駆けしないのが、暗黙のルールでした。」
「嫉妬が原因で、篠原は孤立したと?。」
「全部じゃなかったと思います。70人近い部員の内の…5人か6人くらいが、完全に対立関係になりましたね。」
「待って下さい。高宮愛は、その後阿部史也と恋愛関係になりますよね?。」
「当時は、愛は自分の気持ちに気づいてなかったみたいですね。むしろ篠原を応援してましたよ。あの試合は、賭け試合だったんです。」
「賭け試合?。」
「えぇ。篠原は不戦勝を除いて一回戦負けしたら、史也とデートしない事を、約束させられたんです。」
「逆に言うと、一回戦を勝てばデート出来る…と云う事ですか?。」
「理屈ではそうですが。結局、デートする事はなかったようです。むしろ史也は、愛の方が好きだったみたいです。でも…愛は篠原に遠慮して、近づかなくなりました。あの後。」
「高宮愛には、勝たなければならない理由が有ったんですね。」
「もともと才能は有ったんですが、負けん気のない人でしたから。でも、負けん気を出す理由が有ったあの試合は、別人でしたね。他校のコーチが惜しいって言ってました。常にこのプレイが出れば、全日本でも勝てるってね。」
「有名だったんですか?。」
「愛をやる気にさせられる指導者は、県では三崎コーチしかいませんでした。見事に…すべての手を使って失敗しましたね。愛にはインタビューしたんでしょ?。」
「えぇ。でも、選ばれた理由はケガだと言ってました。」
「篠原の後衛が降りた理由は、足の捻挫です。試合の一週間前です。でも、痛めてなかったですよ。愛は素直に受け取ったみたいですが…。」
私は、一週間と言う言葉に気づいた。
「高宮愛は、一週間で弾まないサービスをマスターしたんですか?。」
「北の方に、岐阜市が運営する施設が有るんです。そこのコートで、三崎コーチと史也と3人でやったみたいです。」
「それで、阿部史也は…?。」
「好きになったと思いますよ。なにしろ、試合前日になるまで、一本もサービスコートに入らなかったらしいですから…達成感は格別だったでしょう。」
高宮愛は、篠原妙子の為に頑張り。それが理由で、史也は篠原ではなく高宮に恋した。
「ままなりませんね。人生は。」
私は思わず、そう言った。
「だから、人は産まれて来るんでしょう。今度こそはってね。すべてが上手く行く人生が、どれだけつまらなくて意味がないかを悟るまで。」
「意味が無い?。」
「僕はゲームを作ってます。上手く行き過ぎるゲームを、面白いと思うゲーマーはいません。ゲームの面白さは、たらればです。何度もやり直せる所に有るんですよ。」
私は思った。
人生も、時間を戻せなくてもやり直す事は出来る。
高宮愛も、数年後やり直したのだ。このゲームを…。
ー次話!
第5話 篠原妙子
につづく