ー第2話 上土居中学校軟式テニス部
ー第2話 上土居中学校軟式テニス部
話は高宮愛の中学校時代にさかのぼる。
岐阜市立上土居中学校には、バレーコート兼テニスコートが校舎の前に3面あった。
授業で行われるバレーのせいで、雨の後のコートは足形でデコボコになる。さらに、ラインテープ以外の部分が掘れて、ラインだけ浮き上がる。
トンボと呼ばれる、地面を削る道具で、デコボコをなくし、浮いた土を重いローラーで圧縮する。
しかし、浮き上がったラインは手の施しようがなく、ボールがラインに当たれば、ボールはとんでもない挙動を見せた。
それ程強くもない。
トーナメントの一回戦を、勝てるかどうかと云ったレベルだった。
3年生は男子が6人。自動的に全員大会出場となる。女子は20人近くがひしめき、部内の予選が行われる。1年生2年生は、コートに入れず玉拾いとなる。わずかに全体練習を、コーチが行う時だけボールを打てるが、それも10回程度と云った所だ。
最終的に、篠原妙子部長とペアを組み、中学生女子全日本チャンピオンを破る事になる高宮愛は、玉拾いをやっていた。中学校入学時に、椎名美花に頼まれて、軟式テニス部に入部した。椎名美花は、単にスコートがはきたいだけの動機で、高宮愛にはその動機すらなかった。1ヶ月か2ヶ月で辞めれば良いと思っていた。
しかし、部活にありがちな部内ルールがそれを出来なくした。
1年生はスコート禁止と云う不文律で、椎名美花に2年生まで付き合ってと言われてしまったからだ。
付き合いで始めたテニスは意外におもしろかった。別にコートでボールを打てなくても気にならない高宮愛は、部活仲間と結構楽しくやっていた。そうやって、玉拾いをしながら遊んでいる内に…1年が過ぎた。
30人近かった1年生は15人程度に減り、2年生になった愛と美花は、スコートをはいた。
軟式テニスの特徴は、何と言ってもボールが柔らかい事だ。硬式テニスに比べて、ボールが変形する程の回転を掛けられる。
極端にボールにドライブ回転(順回転)を掛ける事で、ロビングと呼ばれる…高い弾道で、バックラインぎりぎりに落とす技術がある。相手は後方に押し込まれ、ショートボールを打ち込めない。繋ぐか、狭いコースを狙ってギャンブルに出るかの選択を迫られる。どちらも、攻撃ではなく防御策だ。ロビングは試合の流れを自分サイドに持ち込むのが狙いだ。
ボールの柔らかさが、最も顕著に現れるのはサービスだ。右カーブ左カーブの変化は普通に使われる。カットサービスと呼ばれる…ボールの下から切るように打たれるサービスは、落下した後、真横に跳ねる事すらある。
もう一つの特徴は、分業制にある。
前衛と後衛とある。後衛のみがサービスを担当し、前衛はネットに張りついてボレーを担当する。ただし現在はルールが変更された。前衛もサービスを打たなければならなくなった。しかし、この当時は前衛はサービスを打たない。
さらに、軟式テニスにはシングルスはない。
前衛はバックラインに下がってはいけないルールはない。
しかし、ほとんどの前衛は下がる事はない。サービスをレシーブする以外は、ほぼボレーしか行わない。理由は、前衛がネット際に居る゛がんこう陣゛…雁行陣だろうか?…と云うフォーメーションが最も有利な形である事らしい。ごく稀に、前衛もバックラインに下がる゛両後衛゛と呼ばれるフォーメーションを採用するチームもあるらしい。
椎名美花は、打ち合えばバックアウトなので、前衛になった。愛は自動的に後衛になる。巧みに、バックラインぎりぎりに落ちるロビングで、愛はボールを繋ぐ事が出来た。部内の試合では…レギュラーチームを除いて…たいてい相手がバックアウトかネットに掛けてくれた。
しかし対外試合では、愛のゆるいサービスで美花が狙われた。
軟式テニスのもう一つの華…前衛アタックだ。サービスをレシーブするプレイヤーの、正面ネットに張りついている前衛の顔めがけて、ラケットを振り抜くのだ。
気持ちで負けると、ラケットが正しい面で出ない。下を向けば真下に吸い込まれる。上を向けば、コートの外にホームランになる。体が逃げると、ラケットを弾かれる。
さらに前衛の左横をストレートで抜く事もある。クロスに後衛側に打つと見せかけて、ストレートに打つのだ。
ただし、これはギャンブルだ。失敗すれば、精神的優位を相手に与えてしまう。故に前衛は、前衛アタックをボレーで打ち破る事を要求される。
美花は。
まったく、前衛アタックをボレーできなかった。ただし、愛も美花も部活動は、帰りの寄り道であり、ほとんど気にしていなかった。
対外試合が終わると、反省会がある。部員を前に、何が悪いかを言わされる。
美花がさんざん抜かれた事を3年生が怒った。済まなさそうにするが、解散すれば…夏なら…2年生全員で、タカラブネのアイスシュークリーム屋に自転車を走らせる。3年生の悪口を言いながら、アイスシュークリームをほおばり、笑い合う。まさにパラダイス、最高の日々だった。
しかし。篠原妙子女子部長は、美花と愛のペアを真剣に怒っていた。美花が普通にプレー出来れば、公式試合で一回戦突破は、確実だったからだ。もう2人、女子部長と同じ事を感じている人物がいた。1人は、阿部史也男子部長。もう1人は、三崎真也コーチ。
この3人以外は、愛の可能性を微塵も感じていなかった。
本人は、軟式テニス部と云うパーティーを、心の底から楽しんでいた。
ー次話。
ー第3話 三崎コーチにつづく