第9話
街をぶらぶら歩きながら、売り物等を見る。
流石に王都だけあって活気があり、商品の種類も豊富だ。
「兄さん、お腹空かない?屋台で何か買おうよ」
「そうだな。じゃあ、そこの噴水周りのベンチで待ってろ。適当に見繕って買ってくるから」
「うん。お願い」
意外と長い時間冒険者ギルドにいたらしく、昼の時間を過ぎていた。
ギルドから少し歩いたところに広場があり、屋台もいくつか出ていて休憩所になっていた。
紅音に場所取りをさせて、オレは屋台を見て回る。定番の串焼き系や揚げパン系、スイーツ系も少しあるな。
紅音の好きそうな物をいくつか買って戻ると、ベンチの辺りが騒がしい。
…嫌な予感がする。
「なぁ嬢ちゃん、こんな所にいないで俺達と行こうぜ。美味い飯、食わせてやるからさ〜」
「やめて下さい!連れを待っているんです」
「連れは女か?女なら一緒に連れてってやるよ」
やっぱりか。ベンチで待っていた紅音に、3人のガラの悪い男が絡んでいる。
腕をつかんで、無理やりにでも連れて行こうとしているようだ。
…行くか。
「おい。オレの連れに何か用か?」
なるべく殺気を抑えて、静かに男達に近づいていく。
紅音があからさまにほっとして、つかまれていた腕を振りほどいてオレの方へ駆け寄って来る。
「大丈夫か?」
「うん。でも、ちょっと怖かった」
オレの背に隠れた紅音は、少し震えている。
「何だぁ?随分と綺麗な顔の兄ちゃんだな。俺達はそっちの嬢ちゃんに用があるんだ、お前は引っ込んでな!」
3人の内、スキンヘッドの男がそう言いながら殴りかかって来た。
紙一重で躱し、ついでに足を引っ掛けてやる。簡単に引っ掛かって、盛大に頭から地面に突っ込んでいった。
残りの男達もそれぞれ殴りかかって来たり蹴りかかって来たりしてくるが、全て躱して転ばせる。
隙だらけだし、弱すぎる。ギルマスと戦った後だから、余計に差を感じてしまう。
「その程度の実力で、こいつに声をかけるとはね。紅音、アスワドを呼べ」
「アスワド、お願い」
男を煽り、紅音に小声で指示を出す。紅音は小さく頷いて、アスワドを呼んだ。
紅音の影から飛び出たアスワドはオレの隣に立ち、男達を威嚇している。
「グ、グーロ…」
「お前達にこいつを倒す実力があるのなら、オレも文句はないがな。さあ、どうする?」
『グァウ!』
かかって来いや!と言わんばかりにアスワドが吠えると、3人はヒィッと情けない声を上げて逃げて行く。
情けない。威勢だけの野郎が、紅音に声をかけるなんて問題外だ。
「ありがとう、兄さん。アスワドも、ありがとね」
『ニャ〜ン』
紅音は、お礼を言いながらアスワドをギュッと抱きしめる。その手はもう震えていなかった。
「悪かったな、紅音。今度からオレがいない時は、アスワドと遊んでろ。そうしたら、ああいうのが寄ってこないから」
「そうする。もう、あんなのはごめんだわ」
アスワドを子猫サイズにして、紅音はベンチに座る。その膝の上に、アスワドは陣取った。最近のお気に入りらしい。
オレは紅音の隣に座ると、買ってきた串焼きを渡す。アスワドには、串から外して食べさせる。
「あ、これ美味しい。何のお肉だろ」
「確か、ホーンバードの串焼きだって言ってたな。見つけたら狩るか」
確かに、この肉は美味い。街にこんなにおいしい物があるのに、なぜ城の料理はあんなに不味いんだ?
やっぱり、今度から紅音に料理してもらおう。
『ナァ〜オン』
アスワドから催促が来たので、最後の肉を串から外して与える。
オレは新しい袋から肉まんモドキを取り出して、紅音に渡してから自分の分を食べる。
あ、これも美味い。
ここの屋台は、当たりが多いな。チャンスがあったら通うか。
「ここのご飯、美味しいからまた来ようね」
デザートまで平らげて、紅音は満足げに笑った。
良かった、さっきの恐怖は無くなったみたいだな。
「さて、教会に行くか」
「うん。テラリオル様に、アスワドを紹介しないとだもんね」
そういうと、紅音は勢いよく立ち上がった。膝からアスワドが転がり落ちて、焦っている。
ニャウニャウ抗議されてるよ。 何とかアスワドをなだめて、教会へ向かう。
テラリオルと会えれば、いや話せればいいんだけどな。
教会についた。
教会は掃除が行き届いており、とても暖かい雰囲気だ。祈りに来ている者も多い。
「何か落ち着くね。かすかにだけど、テラリオル様の力を感じる」
紅音の言う通り、かすかにだがテラリオルの力を感じる事が出来る。だからだろう、こんなにも落ち着くのは。
この教会はテラリオルが創った神の力の流れる道筋、通称【神流】の真上に建っているから彼の力を感じやすいのだろう。
ここならコンタクトが取れそうだ、さっそく祈ろう。
「紅音、こっちの隅で祈ろう。目立たなくていい」
「うん。アスワドも祈ってね」
目立たない隅の方の椅子に座って、目を閉じ祈りをささげる。
すぐにめまいのような感覚があり、それが収まると小鳥の声が聞こえてきた。
「ここは…」
目を開けると、最初にテラリオルに呼ばれた東屋にいた。
横を見ると、紅音がきょろきょろしている。膝の上で、同じようにアスワドもきょろきょろしている。
横に気配を感じてそちらを向くと、テラリオルと2柱の神がいた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、会いに来てくれたんだね」
とても嬉しそうに、テラリオルが微笑んでいる。…天使の微笑みってこういうのを言うんだろう、隣で紅音が完全に溶けている。
テラリオルの笑顔の破壊力、ヤバすぎるだろ。後ろに控えてた2柱も悶えてるんだが。
控えていたのは男女1柱づつの神で、男神の方は長い黒髪を後ろで一つで結び、濃い隈がある。女神の方は、ふわふわとした柔らかい薄紫の髪の美女だ。
「?この2人はボクの部下で、一緒に世界を管理してくれているんだ。彼女はアルティレーヌ、彼がディックルトっていうんだ」
「初めまして、アルティレーヌと申します。この世界では、慈愛の女神等と呼ばれております」
「私はディックルト。死と再生を司っている。よろしく頼む」
アルティレーヌと名乗った女神が優雅に微笑むと足元に花が咲き乱れ、逆にディックルトの周りの花は枯れてしまった。
「そうだ。お願いを聞いてくれてありがとう、これでボクの力を勝手に使われなくて済むよ」
「それは良かった」
「お姉ちゃんの力が流れ込んだ時、すっごく暖かかったんだ。多分、ボクの神力とお姉ちゃんの魔力の相性が良いんだね」
へぇ、オレの魔力とはイマイチだったから心配してたけど、これで効率良く頼まれ事が出来るな。
やっぱり、異性の方が相性良かったりするのか?オレは、姉2柱と相性が良いらしいし。
などと色々考えている間に、紅音がテラリオルにアスワドを紹介していた。
「そっか、君が僕の声に答えてくれた子なんだね。ありがとう、お姉ちゃんを守ってあげてね」
『ニャン!』
任せてくれと言うように、アスワドが誇らしげにないた。
『声』に答えた?どういうことだ。紅音も不思議に思ったのか、同じ事を聞いている。
「お姉ちゃん達を送り出した後に、ちょっと強そうな子達に聞こえるようにボクの『声』を送ったんだ。お姉ちゃんを助けてくれる子は、会いに行ってあげてって」
「そうなんですか!だからアスワドは、最初に会った時に敵意がなかったんですね」
『ニャウン』
まるでそうだよ、と言うようにアスワドが鳴く。何故か得意げな顔をしているように見えるのが、可愛い。
紅音が笑いながら、アスワドの頭を撫でている。それを見てテラリオルも微笑んでいる。
…うん、この光景は素晴らしい。写メっときたい位に。
そう思ったのは、オレだけじゃないらしい。アルティレーヌ、ディックルトの2柱と目が合うと、お互い無言で頷いた。
「アスワドって名前をもらったんだね。じゃあ、ボクからも1つスキルをあげる」
テラリオルがそう言ってアスワドの頭に淡く光る手を置くと、光がアスワドに吸い込まれていった。
「これで、アスワドは『念話』のスキルが使えるようになったよ。あまり珍しくないスキルだけど、信頼できる人以外には使わないようにね」
テラリオルはアスワドをよしよしと撫でながら、言い聞かせるようにどんなスキルを与えたか教えてくれた。
そろそろ時間が来そうなので手短に今後の予定を伝え、指示といくつかの情報をもらって戻る事になった。
「イサオ、アカネ、わたくし達も貴方達をサポートいたします。わたくし達を祀る教会でも、お話位は出来ますからね。機会があったら寄ってみてくださいね」
「イサオにはこれを渡しておく。必要だと思ったら、使うといい」
ディックルトがくれたのは、小さな黒い球だった。『死と再生の宝玉』というらしい。
使い道はよく分からないが、この手のアイテムはその時が来ればおのずと分かるからありがたくもらっておく。
「じゃあ、またね」
テラリオルの声と共に、来た時と同じようにめまいのような感覚が訪れる。
それが治まると、教会の隅の元いた場所に戻っていた。
紅音の意識も戻っている事を確認し、教会の外へ出て城へ戻る道を歩き出す。
こちらの時間では、ほんの数分だったらしい。
「城に戻ったら、夜にでもアスワドのスキルの検証をするか」
「そうだね。じゃあ、お城の人に見つかると面倒だから、アスワドは影に戻っててね。大きさは戻しておくから」
『ガウ』
元の大きさに戻ったアスワドを影に戻し、紅音と城へ戻る。
クァッド王子に報告を済ませて、今日はもういいからと部屋に戻る事を許された。
さあ、検証を始めるか。