第7話
紅音がグーロの希少種であるアスワドをテイムしてから、王都周辺でのレベル上げが出来なくなった。
アスワドの気配を感じるのか、レベルの低い魔物が寄ってこなくなってしまったからだ。
ディナトさんがクァッド王子に相談した所、少し早いがダンジョンでのレベル上げに移行することになった。
ダンジョンの魔物は侵入者を問答無用で襲うらしい。実力差があっても関係ないそうだ。
で、何故か今オレ達は、冒険者ギルドのギルドマスターと副ギルドマスターの前に座らされている。
「…という訳で、彼らにダンジョン入場の許可を出して欲しいのです」
ついて来たクァッド王子が、なぜダンジョンに入る必要があるのかをギルマスに説明している。
何でいるんだ、この人。まぁ、当初より大分仲良くはなったけど。
「クァッド王子のお話は分かりました。ですが、彼らだけ特別と言う訳には参りません。登録時の実力試験もしておりませんので、実力を見させて頂いてから決めさせて下さい」
答えを返したのは、口元のほくろがセクシーな副ギルドマスターだった。
淡い水色のローブに身を包んでいる所から、魔法使いだと分かる。
「それは構いません。彼らの実力なら大丈夫ですから」
「がはははは!クァッド様がそこまで言うのは珍しいですな。これは、吾輩直々に相手をしましょうぞ」
実力試験にギルマスとか、何の冗談だ。…冗談だよな?
「では、試験場の用意をしてきます」
「うむ。よろしくな」
え、マジでギルマスが相手なの?嘘だろー。
このおっさん、手加減とか出来なさそうなんだけど!
「では、ガリーザ殿、彼らの事をくれぐれも頼みます。とても、そうとても大切な『客人』なので」
えらく含みのある言い方するな。
多分これで、オレ達が勇者召喚で召喚された事がギルマスに伝わるんだろう。
王子とギルマス、共通点はよく分からないが懇意にしているようだし。
「では、私は失礼します。そうそう、これを」
王子はそう言って、一通の封筒をギルマスに差し出した。
「今度のパーティーの詳細です。お知り合いを誘って、是非とも来て頂きたい」
「考えておきますよ」
パーティねえ。その割には、ギルマスが不敵に笑ってんなぁ。2人で何を企んでいるのやら。
ギルマスが手紙を受け取ると、王子は城へと戻っていった。
「さて、改めて自己紹介をするか。吾輩はこの冒険者ギルド本部のギルドマスター、ガリーザ・カウィードだ。これでも、討伐・採取共に元Sランクの冒険者だったんだぞ〜」
冒険者ギルドのランクには2種類あって、一つが純粋に魔物の討伐で加算されるポイントで上がる討伐ランク。
もう1つは採取した物や素材で加算されるポイントで上がる、採取ランク。この2種類のランクが、冒険者の価値を決めているようだ。
ランクはEから始まり、D・C・B・A・Sの順に高くなって行く。
現在、現役の冒険者で両方のランクがSの者はいないそうだ。それだけで、このおっさんがすごい冒険者だったのが分かる。
「オレは勲。こっちは妹の紅音」
「よろしくお願いします」
こちらも軽く自己紹介をする。まあ、この後ステータスの鑑定をするだろうから、簡単でいいだろう。
「おう、よろしくな。何か、お前らとは長い付き合いになりそうだな。がはははは」
この人も、相手するには疲れるタイプか。どこの世界も、冒険者ギルドのマスターってのは豪快じゃなきゃダメなのか?前の世界も同じようなタイプが多かったし。
ガリーザの印象は7割白髪の刈り上げで、顔には傷。筋骨隆々でいかにもなパワーファイターだが、意外と面倒見が良さそう。そんな感じだ。
「お待たせしました。試験場の準備が整いましたよ」
ちょうど自己紹介が終わるころに、副ギルドマスターが戻ってきた。
「よし、行くか!」
ガリーザと副ギルドマスターに連れられて、試験場へと向かう。
途中で色々な冒険者とすれ違うが、ギルマス達といる所為か好奇の目で見られている気がする。
試験会場に着くと、ギルマスが上着を脱いで試験用の大剣を手にしている。本当にギルマスが相手なのか。
今日は抑制の魔道具を着けて来ていないから、気を抜いたらやりすぎてしまいそうだ。
副ギルドマスターが、手にして書類を確認している。
「では、アカネ・クロキリさんから始めましょう。あなたは…テイマーでしたね。使い魔を召喚して準備してください」
書類にはクァッド王子から提供された、オレ達のステータスが書いてあるのだろう。
副ギルドマスターは、迷わず紅音の職業を言った。
「はい。おいで、アスワド」
紅音が呼ぶと、するりと影からアスワドが出現する。
テイムしてから毎日手入れをしているからか、アスワドの毛並みは最高にふわふわのつやつやだ。
『ナォ〜ン』
アスワドが紅音に頭をこすり付け、いつものあいさつをしている。それに答えて、紅音もアスワドを撫でまわす。
アスワドが出てきた瞬間、周りで見学していた冒険者達がざわめき出した。
流石に グーロの希少種なんてテイムしてるとは思わなかったんだろうな。
紅音がテイムした後にグーロがどういう魔物かグラーサさんに教えてもらったんだが、普通この辺りには生息していない魔物だそうだ。
本来なら魔族の国の中心付近にある『不帰の森』に生息していて、非常に獰猛な性格をしているらしい。一度敵だと認識すると、息の根を止めるまで追い回すという。
足音があまりせず、隠密行動を得意とするアサシンタイプの魔物だが、ガチンコ対決でもかなり強いらしい。
通常のグーロでこの評価なのだから、希少種ともなれば更に評価が上がる事になる。
グーロの希少種はあまり目撃例がないので、見た者は生きて帰れないと言われるほどだそうだ。グラーサさんがビビるはずだよ。
通常種との見分け方が簡単なのも、グーロの特徴らしい。
通常種なら茶色、亜種なら灰色、希少種は漆黒の毛並みを持つ。
ちなみに、『不帰の森』自体の魔物の平均レベルが高く、テイムしにくい魔物ばかりだそうだ。
「ほぉ、グーロの希少種か。よくテイム出来たな」
「この子がわたしに会いに来てくれたんです」
ギルマスの質問に、紅音が嬉しそうに答えた。
ギルマスは一瞬よく分から無いという顔をしたが、アスワドと戦えるのがうれしいのか笑顔で大剣を構えた。
「それでは、始めるとするか!いつでも良いぞ、かかってこい」
「お願いします」
紅音はそういうと、アスワドに小声で指示を出す。
テイマーの鉄則として、対人では大声で指示を出す事は無い。さて、紅音のお手並み拝見といきますか。
最初に動いたのは紅音だった。
正確にギルマスの右手を狙って鞭を打ち込むが、躱される。躱した所を狙ってアスワドが突っ込むも、大剣で受けられはじかれる。
流石に経験の差が出るな。ガリーザは紅音の目の動きでどこを狙っているのか、大体見当をつけている。
アスワドの動きは、気配察知か何かのスキルで把握しているんだろな。何度か不意を衝いて攻撃をしかけているが、後ろにも目が付いてるのかって位綺麗に躱されている。
ああ、紅音が焦ってるな。狙いが荒くなって来ている。
「そこまで!」
副ギルドマスターの声と共に、試験が終了する。
結局、紅音はギルマスに一撃も与えられなかった。元Sランクは伊達じゃないって事だな。
「全然当たらなかった…。アスワドも頑張ってくれたのに、ごめんね」
『ニャウン。ガウガウ』
がっくりと肩を落とす紅音に、慰めるように鳴いて体を摺り寄せるアスワド。
テイムして日は浅いが、ちゃんとした信頼関係があるのが分かる。
「がっはっは!そんなに気を落とさんでも良いぞ。お前さんの動き、使い魔との連携、最後の方は焦ってしまったが集中力も新人とは思えんものだったわ」
ギルマスは満足そうに笑うと、紅音の良い所を挙げる。
「だけどな、やっぱり経験不足は否めん。鞭を打ち込む際の視線、足の運びとかな。素直すぎて、狙いがどこかはっきり分かってしまうのだよ。そのあたりは、やはり新人だな!」
次に、直すべき点を挙げる。
紅音は自分の直すべき所、良い所をしっかり把握して、今後の戦い方を考えろと教えられている。
「次は、イサオ・クロキリさん。あなたは、魔法剣士でしたね。この剣を使って下さい」
副ギルドマスターから、試合用の刃の潰された剣を渡される。
ちゃんと、魔力を通しやすい金属で作られているようだ。ためしに魔力を流してみたが、いい感じでなじむ。
「よし、次は兄ちゃんだな。いつでも来い!」
「…お願いします」
このおっさん、意外と戦闘狂なのか?すげぇ楽しそうなんだけど。
今はディナトさんもグラーサさんもいないから、本来のスタイルで戦おう。
剣に薄く魔力を流し、構える。それを見たギルマスの顔から、笑顔が消えた。
嫌な予感はするが、行くしかないな。オレは覚悟を決めて、とりあえず正面から打ち込んでみる。
案の定、大剣で受け止められた。
バックステップで距離を取り、次は少し速度を上げて胴を狙って斬りかかる。やっぱり、受け止められた。
「!?」
ギルマスの顔が真剣な物に変わり、手加減とは程遠い一撃がオレを襲った。
咄嗟に前に突っ込みギルマスの左側を抜けつつ回避し、剣に氷の魔力を付与する為の呪文を詠唱する。
≪氷の精霊よ、我が魔力を糧に剣に宿れ≫
剣がピキピキと音をたてて氷を纏った。
振り返るとギルマスが振り下ろした剣の軌道を曲げて、横薙ぎに後ろを攻撃する所だった。
おっさん、本気すぎるだろ!?慌てて大剣を弾いて下がった。
大剣の弾いた箇所が少し凍る。
「お前…」
ギルマスが何か言いたそうな顔をしているが、口を噤んで大剣を構えなおす。
…何かスイッチ入ってないか?ヤバい雰囲気がする。
「イサオ。この技を受けられたら、試験終了だ」
ギルマスはそう言って、大剣に力を込めだした。何かのスキルらしいが、あんなもん受けたくないわ!
…まあ、本来のステータス的には受けられるんだけど、新人として来てるんだからダメだと思うわけだ。
ここは避けるか、あえて食らうか…痛いのは嫌だけど食らっとくか。避けたら避けたでめんどくさそうだし。
《スキル 山崩し》
剣が真っ赤に燃え上り、それ相応の攻撃力で振り下ろされた。
氷を纏わせた剣に最大まで魔力を込めて強化し、覚悟を決めて受け止める。
一瞬だけ受け止めたが、剣がビシリと音をたてて壊れた。そのまま壁まで吹っ飛ばされる。
「がはぁっ」
叩きつけられて、肺の空気が全て強制的に外へと排出される。苦しい。
「兄さんっ!!」
遠くで紅音が叫んでいるのが分かるが、動けない。
食らって分かったのだが、このスキルは防御力無視の攻撃らしい。久々に痛い攻撃を食らった。
とりあえず、気を失ったふりでもしとくか。
「兄さん!兄さん、しっかりして!!」
駆け寄ってきた紅音が、泣きながらオレを起こそうと回復魔法を発動している。
「…医務室に運ぶ。試験は終了だ」
「急いで場所を準備します。アカネさんも一緒に来てください」
副ギルドマスターと紅音が先に医務室に向かう。ギルマスはオレを抱えると、小さな声でつぶやいた。
「お前、起きてるだろ」
「………」
何でばれてるんだよ。とりあえず、黙っておく。
「まあいい。後で色々聞かせてもらうからな」
こっわ。結局めんどくさい事になったな。
…きっと紅音にも怒られるんだろうな、と思いつつ、ギルマスに医務室まで運ばれて行くのでした。
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