第2話
別室へと案内されたオレ達は、お茶を1杯出されたまま放置されていた。
多分だが、職業に勇者がなかった事で会議でもしているのだろう。
見張りは入口の外にさっきの騎士が一人だけ。
内緒話には、今がいいか。
オレは念のため防音の結界を部屋に施すと、背負っていた鞄からペットボトルを2本取り出し1本を紅音に渡した。
「ありがとう。やっぱりこのお茶、飲まない方がいいよね?」
「多分な」
とりあえずペットボトルのお茶で喉を潤し、体の力を抜く。
思ったより緊張していたようだ。
「で、話してくれるんでしょ?兄さん」
「んー、何から話すかな…。薄々気づいてるとは思うが、オレは以前にもこことは違う世界に召喚された事があるんだ」
召喚されたのはテラリオルの姉が管理する世界で、人の居住可能地域のほとんどを魔王とその配下に支配されていた。
オレは魔王を倒すために、一縷の望みをかけて召喚された勇者だった。
召喚された時まず謝罪されたし、敵戦力の説明・現在の状況など詳しく説明してくれた。
引き受けないのならすぐに元の世界に帰すとも言ってくれた。
この国の対応とはえらい違いだったんだよな。
召喚されたとき王族も貴族も疲れ果てていて、とても見ていられなかった。
自分に出来る事があるならと魔王討伐を了承し、何とか魔王を討伐。
居住可能地域を半分位にまで回復させて、元の世界に戻ったのだ。
「…それっていつの話なの?」
「3年位前の話だな」
「何で教えてくれなかったのよ」
紅音が拗ねたようににらみつけてくる。
「オレにも色々と制約があったんだよ。オレ達の世界を管理する神からも、きつく言われてたし」
オレ達の世界を管理する神は、テラリオルのもう一人の姉であり、オレが救った世界の神の妹だ。
彼女たち3柱で『創世の3姉弟』と呼ばれているそうだ。
異世界がある事を知られるのはいろいろ良くない、って事で口止めされてたんだよな。
「神様に口止めされてたら言えないか。しょうがないから、許してあげる」
「すまん」
「代わりに、本当のステータス見せて。兄さんの事だから、絶対おかしなステータスしてるはず!」
紅音の期待している瞳に若干の悲しさを覚えつつ、自分のステータスを呼び出す。
《ステータスオープン》
【黒霧 勲 25歳】
Lv.732 勇者・賢者
体力:EX
魔法力:EX
攻撃力:EX
防御力:SS
魔法防御力:S
素早さ:SS
魔力:SS
器用さ:SS
魅力:EX
ステータスを見た紅音は案の定、眉間に皺を寄せた変な顔をしている。
「…思った以上におかしなステータスだった」
一言目がそれって、ひどくない?お兄ちゃん泣くよ?その顔やめて。
まあ実際、自分で見てもおかしなステータスだとは思う。
無我夢中で戦い続けたのと、スキルに『取得経験値10倍』というのがあるからこのレベルまで上がってしまった。
ドラゴンの群れとか、いろいろ倒したからなぁ。
「このステータスだったら、兄さんに任せておけばいいんじゃ?私、いらないよね?」
「いや、あくまでこの世界に必要とされたのは紅音だ。オレの力ではどうにもならんよ」
そう。オレにどんなに力があっても、この世界が必要としたのは紅音なのだ。
だからテラリオルは、オレに紅音を守れと言った。
オレはあくまでもテラリオルの姉、アースフィリアの世界の勇者なのだから。
そんな感じで雑談をしていると、近づいてくる人の気配を感じた。
紅音に静かにするように合図し、防音結界を解除した。
コンコンとノックの音が部屋に響く。
「失礼します。晩餐の準備が整いましたので、お越しください」
何かつんとしたメイドが入ってきて、移動を促された。
ここの奴らは、どうにもいけ好かない奴らばっかりだな。
メイドに連れてこられたのは、大広間の様な食堂だった。
正面には、髭を蓄えたいかにも国王、といった感じのおっさんが座っている。
その向かって右側には、ピンクの髪に少しきつめの瞳が印象的な美人。
左側には、金髪でやさしそうな青い瞳の温和そうな印象の美人が座っていた。
「よく来たな、異世界の者よ。そこに座るがよい。わしはこのアルファード王国の国王、ディルディレイ・ヴァン・アルファードだ」
思った通り、正面の男は国王だった。
王だから仕方がないのか、ものすごく横柄な態度だ。
オレ達は指定された椅子に座らされると、王は満足げに頷いて話し出した。
「そなたたちには、明日から戦闘訓練を受けてもらう。異論は認めない」
「オレ達の他に勇者とやらがいるんだろ?だったらオレ達は必要ないだはずだ」
「異論は認めないと言ったはずだ。お前達には、この国の為に戦ってもらう」
うわー。話聞かない、俺様系の傲慢支配者だ。
テラリオルに聞いた通り、この国の上層階級は腐っているんだろう。
「明日から、騎士達と戦闘訓練をしろ。ある程度戦えるようになったら、王都近くのダンジョンでレベルを上げるのだ」
「断るという選択肢は…」
「もちろんない」
もう、本っ当こいつらと話してると疲れる。
紅音もうんざりした顔をしている。
「では、息子たちを紹介しよう。こちらが、第1王子のコミールス・ヴァン・アルファード。反対にいるのが、第2王子のクァッド・ティル・アルファードだ」
赤みの強いピンクの髪を後ろで一つに束ねた、王によく似た風貌の男が第1王子のコミールス。
金髪で左側の美人によく似た、ウルフカットの青年が第2王子のクァッドか。
クァッドはオレ達がこの部屋に来た時から、ずっと眉間に皺が寄っている。
「ツィアリダは、先程会ったからよいな。わしの両隣にいるのは妻達だ。さあ、晩餐にしよう」
王の一言で晩餐が始まり、話は終わりとばかりに次々と料理が運ばれてくる。
オレと紅音は顔を見合わせ、諦めたように黙々と食事をした。一応何かあるといけないので、事前に対策はしておいた。
第1王子や王女が質問してくるが、適当に答えて流しておいた。
どうも、第1王子は紅音をいやらしい目で見ている気がする。要注意だ。
それにしてもこの料理、イマイチだなぁ。紅音の飯の方が断然美味いな。
「そうだ、これからそなた達の事はクァッドに任せる。クァッド、こやつらのレベルを、そうだな…40前後まで上げよ」
「…承知しました。父上」
すごい嫌そうな顔してるな。何に対して怒っているのやら。
とにかく、オレ達の担当は第2王子になったようだ。彼が少しでもまともな事を祈ろう。
晩餐が終わるとオレ達の当面の拠点となる部屋に通され、今日は就寝するように言われた。
紅音と別々の部屋じゃなくてよかった。一緒なら、何かと対策が取りやすいからな。
「よし紅音、魔力操作の訓練するぞ。これだけは、さっさと習得してもらわないと困るからな」
「うん。出来ないと、テラリオル様のお願い叶えられないもんね」
魔力と聞いて、紅音の気分とやる気が大幅アップしたみたいだ。
ヲタクの悲しい性ですな。
テラリオルのお願いを叶える為には、オレと紅音の結晶化させた魔力が必要になる。
最初はサポートするけど、なるべく早く1人でも出来るようになってもらわないとな。
「じゃあ、今からお前に魔力を流す。何かを感じたら教えてくれ」
目を輝かせている紅音の右手を取り、ゆっくりと自分の魔力を送り込む。左手からは、逆に吸い出す。
これで、オレと紅音の間で魔力が循環するはずだ。
「…なんか、あったかい物が動いてる気がする。これが魔力?」
「お、もうわかるのか。優秀だなぁ。オレ、分かるのに2日かかったんだよ」
オレ、この魔力の流れがなかなか分からなくて、結構苦労したんだよな。
流石に、魔法系のステータスだっただけあるわ。
「おーし。次は自分で魔力を動かして、手のひらに集めてみろ」
「うん。…んー、う・ご・け!」
一生懸命力を込めている紅音が、めっちゃ可愛いんだが。
実は、魔力を操るのは力を抜いたほうがやりやすかったりする。
「紅音、力抜いて一回流れに身を任せてみろ。素直に動くようになるから」
「ん」
すーはー、と深呼吸して再チャレンジ。…うん。今度はいい感じで動いてるな。
「そのまま手のひらに維持して、圧力をかけるイメージで…そうそう」
すぅっと紅音の手のひらに、薄緑の光が集まっていく。
いい感じで集まってるな。そのまま結晶化してくれれば…よしよし、上手くいったな。
「ふぁぁ、出来たー!!」
「最初にしては上出来だな。きれいに結晶化してるし、歪みがない」
出来た小さな魔力結晶を受け取って、色々な角度から確認する。
結晶化させた魔力。これを作れるのは、オレ達兄妹だけらしい。
ちなみに、オレが作ると紫の結晶が出来る。どうも、得意な属性の色になるみたいだな。
薄緑は回復や浄化系が、紫は時空系の魔法を得意としている証らしい。
「じゃあ、これ持って用事を済ませてくる。お前はもう寝てろ」
「はーい。気を付けてね」
初めての魔力操作でくったりしている紅音を寝かせ、オレは愛用している隠密装備に着替えた。
それでは、ショタっ子神の最初のお願いを叶えに行きますか。
ブックマークありがとうございます。
すごくうれしいです。
ゆっくり更新ですが、頑張ります!
※一行抜けていたので修正しました[18/9/5]
※少し加筆しました[18/9/13]