第11話
ギルドでタグをもらってから3日がたった。
アスワドと紅音の新しいスキルの検証も終わって、いよいよダンジョンに潜る事になった。
少し前から結構自由に動けるようになったが、代わりに妙な監視が付くようになっていた。
誰の差し金かはわからないが、不愉快なので監視している奴らにちょっとした術をかけておきました。これで安心だね☆
「兄さん、もうすぐギルドに着くよ」
「あいよー」
今回は王子の好意に甘えて、ギルドまで馬車で送ってもらう事になった。
歩かなくていいのは楽なんだが、振動が直に来るから尻が痛い。車が欲しいなぁ。
ギルドに到着したら御者さんに挨拶して中に入り、ギルマスを呼んでもらう。
事前に通達がされていたのかすぐにギルマスの執務室に通され、ギルマスが来るまで待つように言われた。今日は副ギルドマスターのフィークスさんはいないらしい。
紅音と色々話しながら待つが、なかなかギルマスが来ない。
「来ないね。トラブルでも有ったのかな」
紅音がそう呟いた途端、勢いよく執務室のドアが開いた。
「悪い悪い、待たせてしまったな。こいつがなかなかつかまらなくてな、遅くなってしまった」
ギルマスに続いて執務室に入ってきたのは、緑色の髪をポニーテールにした少したれ目がちな緑色の瞳の弓を背負った青年だった。
多分、彼がギルマスの言っていた信用できる探索者なのだろう。
「今日からダンジョンに潜るんだな。約束通り、こいつをサポートを付ける。こき使ってやれ」
「ガリーザのおっさん、それはないんじゃな〜い?」
「いいから、自己紹介しろ!」
「はいはい。僕はウィリディス・ウェナトール、討伐A採取Bの冒険者だよ。よろしくね」
彼は自己紹介をすると、ぱちりとウインクした。結構いい声してるな。
こちらも自己紹介しておこうか。
「オレは勲。黒霧勲。討伐C採取Eの新人だ。隣にいるのは、妹の紅音。よろしく頼む」
「紅音です。よろしくお願いします」
これから一緒に行動するんだから、出来るだけ仲良くしたい。
ステータスの事とかも、話すかどうか決めなきゃいけないしな。
「こいつの言動は軽いが、ちゃんと仕事はする男だ。そこは信用していいぞ」
にやりと笑いながら、ギルマスが言う。
どうも、この2人は悪友と呼んでもいい関係に見える。
「ほんっとに、このおっさんはよぉ。ま、いいや。すぐに分かると思うけど、僕は妖精族なんだ。ほら、これが証拠ね」
そう言った途端、ウィリディスの背に半透明の翅が現れた。
薄く、蝶の様な形の翅は淡く光っている。
城で座学の時に他種族について学んだが、妖精族はとても神秘的な見た目をしているが、悪戯好きな者が多いと聞いた。彼もそうなのだろうか?
「うわぁ、綺麗な翅…。触ってもいいですか?」
「ん?もちろん!可愛いお嬢さんだったら大歓迎ですよ」
紅音が許可を取ってから、翅に触らせてもらっている。ふわーとか薄ーいとか、堪能しているようだ。
しかし、チャラい。
素なのか、作っているのか…まぁ、付き合いやすいと言えば付き合いやすいのか。
もう少し話してから、ダンジョンへ向かうか。
「はーい。ここが初心者用のダンジョン、【始まりの洞窟】でーす」
あれから少し話し込んでお昼ご飯を食べた後、ウィリディスに連れられてダンジョンの入り口に着いた。
ダンジョンに入る手続きは済ませてあるので、そのまま行く事が出来る。
「普通の洞窟に見えるけど…ここがダンジョンなの?」
「みたいだな。ほれ、初心者っぽい奴らがいっぱい入ってく」
ダンジョンには、いかにも初心者と言う感じの冒険者が次々に入っていく。
逆に出てくる者も、初心者かちょっと慣れた位の者が多い。
「それじゃあ、行きますか。僕が先行するから、ちゃんとついて来てよー。3階層位は罠がないけど、それ以降は罠が仕掛けられてるから」
「ギルマスも言ってたな。ウィリディスは罠の解除、出来るんだろ?」
「もちろん出来るよ。見分け方も教えてあげるから、安心して頂戴な」
洞窟に向かいながら、ウィリディスはへらりと笑った。
オレ達はそれについて行く、ダンジョンなんて久しぶりだな。
少しわくわくしながら、洞窟の中へと進んだ。
中は思ったより広く、壁に備え付けられた魔法の明かりのおかげでそこまで暗くはない。
「そうだ。聞くの忘れてたけど、2人はそこそこ強いんだよね?さっさと最下層まで行くかじっくり探索してくか。どっちか決めて欲しいな。このダンジョン、完璧な地図があるから迷わないしね」
初心者用だから入る人数も多いもんな。地図が完成しているのも頷ける。
オレとしては、ここで探索する意味はあまり無いように思うんだが…紅音に決めてもらうか。メインは紅音だし。
「紅音、お前はどうしたい?」
「んー…早く中級ダンジョン行きたいし、ささっと最下層まで行こう!」
紅音の言葉で方針が決まった。さっさとクリアして、次に行きますか。
ウィリディスの話だと、最短コースで進んでも3日はかかるらしい。
途中にセーフゾーンはあるらしいけど、冒険者同士のトラブルが多いそうだ。気を付けよう。
「あ、前方から魔物来たよ。紅音ちゃん、よろしく〜」
「は〜い。アスワド、お願いね」
紅音はアスワドを呼びだすと、人撫でして送り出す。
出て来たのはゴブリンが3体、外なら絶対にアスワドに襲い掛かってこない奴らだ。
アスワドは楽しそうにゴブリンに駆け寄り、鋭い爪で切り裂いていく。
オレ達はその様子をほっこりした気持ちで眺めていた。ウィリディスには、オレ達の使う武器や魔法の話はしてある。
「あのグーロ、アスワド君だったっけ?楽しそうに戦うねぇ」
「ですね。最近外に出られなかったから、運動不足だったのかな?」
最初のゴブリンを倒してから次々とゴブリンが現れるが、アスワドはモノともせずに倒していく。
無双するアスワドを見ながら、ウィリディスと紅音が楽しそうに話している。
後ろからも来てますけど。ま、オレが倒しますけど。
「お前らな、後ろをオレに任せっきりにするなよ。意外と来てるぞ」
後ろから来たゴブリンを倒しながら、一応2人に声をかける。
まぁ、助けとかいらないんだけどな。
危なげなくすべてのゴブリンを倒し、2人の所へ戻る。少し後にアスワドも戻って来た。
「お疲れ様。倒した魔物はダンジョンに吸収されて、何故かアイテムになるんだよね〜。ゴブリンは小さい魔石になるから、拾っておくといいよ」
ウィリディスが言った瞬間に、倒したゴブリンが魔石に変わる。
すぅっと変わるのかと思ったら、ポンッと可愛い音をたてて変わった。
結構な数のゴブリンを倒していたらしく、辺りに数十個の小さな魔石が転がっている。拾うの面倒だな。
そうだ、魔法を使えばいいんじゃないか?
「わたし、アスワドが倒した方の魔石拾ってくる」
「紅音、ちょっと待て」
魔石を拾いに行こうとした紅音を止めて、オレは手に風の魔力を集める。
魔力をつむじ風の様に練り上げ、地面を這うように放つ。
つむじ風は魔石を巻き上げながら徐々に大きさを増し、更に魔石を集める。全ての魔石を集め終えたらオレの手元へと戻し、用意した袋の中へと魔石を落とす。
最後につむじ風を拡散して、終わり!
「掃除機みたい…」
吸引力の変わらないって?いや、このネタは危険だな。
「イサオ君すごいね〜。無詠唱でそこまで精密な魔力操作が出来るなんて」
あ、しまった。この世界の魔法は、詠唱がいるんだった。
不信がられるかと思ったが、ウィリディスはただ感心しているだけだった。
事前に、ギルマスから何か言われているのかもしれないな。召喚された事は知ってそうだし。
「まぁ、頑張ったからな」
「努力家なんだねぇ」
素直に褒められた。努力したのは本当だから、ちょっとうれしいが照れる。
そんなオレを見て、紅音がニヤニヤ笑っていた。
「ふふっ、兄さん顔赤いよ」
「うるさい!先行くぞ」
くそっ、ここぞとばかりにからかいやがって。
早足で進むオレの横に、アスワドが寄り添う。
『お兄チャン、だいじょうぶ?』
「ああ、ありがとな」
心配して来てくれたようだ。
アスワドがテラリオルからもらった『念話』のスキルは、アスワドが話したいと思った相手にだけ彼の言葉が分かると言うものだった。
今の所オレと紅音、ウィリディスに聞こえるようになっている。
ちなみに、アスワドはオレの事を“お兄チャン”と呼んでいる。テラリオルがそう呼んでたので、真似をしたらしい。
紅音の事は“姫”、ウィリディスの事は“弓のお兄チャン”と呼んでいる。
自分の事を、紅音という姫を守る騎士だと思っているのだろう。
「アスワド、魔物が出たらよろしくな」
『うん!まかせて、お兄チャン』
ぐりぐりと頭を腕にこすり付けてくるアスワドは、大きな猫にしか見えない。
巷ではこの可愛らしい猫が、死神だと言われているのだから驚きだ。
わしゃわしゃとアスワドを撫でながら先へと進む。
出てきた魔物は、アスワドが瞬殺していく。楽しそうで何よりだ。
戦闘は紅音とアスワドに任せてどんどんと進み、地下5階まで来た。
「思ったより早く来れたな。この先にセーフゾーンがあるから、そこまで行って一旦休もうか」
「そうだな。腹減って来たし、紅音達も疲れただろ?」
ここまでほぼノンストップで来たから、紅音もアスワドも少し疲れているように見える。
出て来た魔物はゴブリンをはじめ、スライムやコボルト等の弱い魔物ばかりだった。
「うん、ちょっと疲れて来ちゃった。休憩できるなら、したいかな」
『アスワドはだいじょうぶ!姫はアスワドが守るよ!!』
アスワドにとってはたいした戦闘量ではなかったのか、元気いっぱいで尻尾がピンと立っている。
「なーんて、話してる間にセーフゾーン到〜着〜。今日は何だか混んでるねぇ」
「あっちの奥の方が空いてるから、そっちで休憩しようぜ」
奥の方に少しスペースがあるのを見つけ、そこへと向かう。
他の冒険者達に見られるが、アスワドに気が付くとそそくさと横に避け道を開けてくれる。テイムされてても、怖いんだろうか。
奥に行くと、少し慣れた感じの冒険者が数人休憩していた。
こちらを見て、ひそひそと何かを話している。…嫌な感じだ。
とりあえずは何もされていないので、無視して休憩の準備を始める。
この世界にも空間魔法はあるらしく、鞄に空間魔法を付与した魔法の鞄は値段がピンキリだが普通に店で売られている。
だから自分のスキル《無限収納》をカモフラージュするために、ちょっと大きめの普通の鞄を持って来た。
中から下に敷く少し厚めの布を取り出して敷き、クッションを3つ取り出して2人に渡す。ようやく落ち着ける。
『アスワドは姫の背もたれになる!』
アスワドはそういうと、紅音の後ろに寝そべった。
「先に、ブラッシングだけしちゃおうか。2人とも、先にお弁当食べてていいよ」
「待ってるからいいよ〜。しっかりブラッシングしてあげて」
オレが鞄からだした弁当や飲み物を準備しながらウィリディスが言うと、紅音は自分の鞄からアスワド用のブラシを取り出してブラッシングを始めた。
長毛種ってこまめにブラシ入れないと、毛玉が大変な事になるからな。
アスワドのブラッシングが終わるまで、オレとウィリディスは今後の予定を話し合っていた。
もちろん、簡易だが防音結界はこっそり展開してある。
ウィリディスによると、このペースなら予定通り3日で最下層まで行けるだろうとの事だった。
ただ、途中の階層に中ボス的な魔物が出る部屋が存在しており、そこをクリア出来なければ先に進む事は出来ない、と言うのはお約束と言う奴だな。
中ボスは何が出てくるか分からない仕様で、多いのはショテリという魔物だそうだ。
ゴブリンがスライムの特性を持ったようなやっかいな魔物で、魔物のランクはCだそうだ。一番下はEなので、新人にはちょっとだけキツイ魔物のようだ。
最下層にはボス部屋があり、倒すと宝箱と外に出られる転送陣が出現するらしい。
ボスの方は様々な魔物が出るそうで、簡単なものは将軍コボルトとその部下。報告が上がっている一番強い魔物は、フレイムオーガと言うBランクの魔物だった。
その程度なら大丈夫だろう。このまま最速でボス部屋まで行く事にした。
ちょうどアスワドのブラッシングも終わったので、作ってきた弁当を食べる事にした。まあ、作ったのは紅音だけどな。
和やかに食事を終えて城でもらった時計で時間を確認すると、もう夜の遅い時間だった。
今日はここまでにして休む事にし、見張りはオレとウィリディスで受け持つ事にした。
紅音とアスワドにはゆっくり休んでもらおうと思います。




