第10話
「首尾はどうだ」
「コミールス様とツィアリダ様が囲っていらっしゃる勇者が、レベル80を超えたそうです」
「そうか」
王城の一室で、国王と宰相であるイスクロ・アトカース公爵が話している。
イスクロは白髪交じりの茶色い髪をオールバックにしている、神経質そうな男だ。
数枚の書類をパラパラとめくりながら、様々な事を報告していく。中には、裏の報告も混ざっているようだった。
「そういえば、クァッドに押し付けた兄妹はどうなった?」
「あの2人でしたら、まだレベル30にもならず今後はダンジョンでレベル上げをすると報告にございます」
1枚の報告書を見ながら淡々と言い、そこに添付されていた2人のステータス表を王へと渡す。
「あのテイマーの娘、ただの黒猫をテイムしたのか?」
「ええ、たまたま通りかかった猫を間違えて…という事らしいです」
「貴重なテイム枠をたかが黒猫1匹に使ってしまうとは…。何を考えておるのだ」
国に提出された紅音のステータス表はアスワドの種族が改ざんされており、『黒猫』となっていた。
それ以外は、勲が偽造したステータスになっている。
「しかしこの兄妹、なぜこんなに魅力の値が高いのだ。確かに見目は良いが、それだけでこの値が出るとは思えぬ」
魅力というステータスは見た目だけではなく、人や物を惹きつける『何か』がなければ上がらない物である。
例えば、権力やお金がそうである。故に貴族や商人に値の高い者が多く、レベルに左右されずに常に値の変動があるステータスの1つである。
「確かに。一応監視はさせておりますが、特にこれと言った報告は上がって来ておりません」
「ふむ、引き続き監視させておけ。その内、何か出てくるだろうからな」
「承知しました」
宰相は恭しく頭を下げると、最後の書類を無言で王に差し出した。
王は訝しげにその書類を受け取るが、何も聞かずに読み進め、進む毎に眉間に皺を寄せて行った。
「イスクロ、何だこの報告は」
報告書を読み終わった王は机に書類を乱暴に置き、宰相をにらみつけた。
「ご覧の通りでございます。勇者召喚陣の研究をしていた者から、地脈から魔力を吸い上げる部分が書き換えられていると報告がございました。元に戻そうにもあの陣を書き換えるだけの魔力を持つ者がおりませんし、解明出来ていない物は元に戻せないそうですので研究が行き詰ってしまいました」
「書き換えられたのはいつだ?」
王の問いかけに宰相は面白い物でも見つけたかのように笑い、答えた。
「あの兄妹を召喚した夜、でございます」
それを聞いた王は、何かを確信したかのように笑い出した。
「ははははは!イスクロ、あの兄妹の秘密を必ず暴け。そして、地脈から魔力を吸い上げる研究を進めよ。もしもの為に書き写しておいた召喚陣がある。それを使うがいい」
「既に、そのように指示しております」
宰相の答えに鷹揚に頷くと、王は立ち上がり窓辺へと移動する。
「地脈の力が自由に扱えるようになれば、この国が世界の頂点に立てる。人族こそが選ばれし種族だという事を、知らしめるのだ」
王の言葉に、宰相は最上位の礼で答えた。
「はっ!はぁ!てやぁぁっ!!」
国が勇者の為に用意した訓練場から、剣を振る音と気合の入った声が聞こえる。1人の男性が素振りをしているようだ。
横には教官らしき騎士が居り、彼は騎士にあれこれ指示されながら剣筋を微調整している。
訓練場の隅では、ツィアリダ王女が優雅にお茶を飲んでいた。
「キヨタカ様、そろそろ休憩になさったらいかがですか?」
王女が微笑みながら声をかけた。
その声を聞いた騎士から制止の声が掛かり、彼は素振りを止めて王女の方へと歩いてくる。
彼はツィアリダ王女に囲われている勇者で、勲達の前に召喚された人物だ。
召喚された日から違和感を与えないように、少しづつ王女の魅了の魔法で虜にされていいように使われている。
「いつも思うんだけど、ぼくの訓練なんて見てて楽しいの?」
「キヨタカ様の勇姿ですもの、楽しいですわ」
汗だくの勇者にタオルを手渡して、王女はにっこりと微笑んだ。
キヨタカと呼ばれた勇者は、それを見てほんのり顔を赤くしている。
「そうですわ、先日鑑定したキヨタカ様のステータス表が届きましたの。お渡ししておきますね」
「ありがとう、ツィリー」
王女を愛称で呼ぶと、彼は少し興奮気味にステータス表を受け取った。
【堀口 清隆 18歳】
Lv.81 勇者・聖騎士
体力:B
魔法力:C
攻撃力:B
防御力:B
魔法防御力:D
素早さ:C
魔力:D
器用さ:C
魅力:C
「やった!レベルが80超えたぞ」
「ふふっ、おめでとうございます。魔族が攻めて来ても、キヨタカ様がいれば安心ですね」
「任せてくれよ!ツィリーはぼくが守るからね」
「頼もしいですわ」
王女は清隆に座るよう勧める。2人が席に着くと、お茶と茶菓子が素早く用意された。
「そういえば、お父様が魔族に攻め込まれる前に、こちらから…とか何とか言ってましたわね。もしそうなったら、キヨタカ様はお力をお貸しくださいます?」
おねだりするように自分を見つめ小さく首をかしげる王女に、清隆は顔を真っ赤にして頷く事しか出来なかった。
王女の仕草、言葉の端々に魅了の魔法が仕込まれているようだ。
魔法防御力の低い彼では、振り払う事は出来ない。
「そ、そういえば、ちょっと前に召喚された人がいるって聞いたけど、その人達はどうしてるの?ぼくの前に召喚された人には会ったことあるけど、その人には会った事ないから気になって」
「ああ、あの方達は……キヨタカ様が《気になさる必要はありませんわ》。職業が勇者ではなかったので、クァッドお兄様の元で厳しい訓練をしていると聞いてます。機会があれば、その内会えますわ」
「そうだね、気にする必要はないね。でも勇者じゃなかったなら、すごく苦労するだろうね」
気にするなと言われ、彼はあっさりと気にする事をやめてしまった。完全に魅了されて、思考まで誘導されてしまっているようだ。
答えを返した彼の目に光は無い。王女はそんな彼を見て満足げに笑う。
とても歪んだ、優雅とは程遠い醜い笑みで。
色とりどりの花が咲き乱れる庭園に、一人の少女がいた。
散歩をしながら、綺麗に手入れをされた花を愛でている。とても楽しそうだ。
「サキ、ここにいたのか」
「コミールス様!」
後ろから声をかけたのは、第1王子のコミールスだった。
コミールスの姿を見つけたサキと呼ばれた少女は、恋する乙女の表情で駆け寄っていく。
彼女はコミールス王子に囲われている勇者で、一番初めに召喚された人物だ。
「どうしたんですか、何かありました?」
「ああ、先日調べたステータスの表が届いてな。早く見たいだろうと思って、持って来てやったぞ」
1枚の紙を差し出してコミールスが告げると、少女はわーいと言いながら受け取って確認をした。
【今井 早姫 17歳】
Lv.86 勇者・戦乙女
体力:B
魔法力:C
攻撃力:C
防御力:B
魔法防御力:C
素早さ:C
魔力:C
器用さ:D
魅力:B
「わぁ、大分レベルが上がってる。この間まで72だったのに」
「中級ダンジョンであれだけ戦えば、レベルも上がるだろ。素晴らしい戦いぶりだったからな。流石、俺様が見込んだ勇者だ」
コミールスは、上機嫌で少女の頭を撫でる。少女も嬉しそうに撫でられているが、少し恥ずかしそうだ。
そのまま一緒に庭園を散歩する事になり、他愛もない話をしながら2人で歩く。
「最近また勇者召喚の儀式が行われたって聞いたんですけど、本当ですか?」
「ああ。だが召喚されたのは、勇者では無い兄妹だったな」
晩餐で会った勲達の事を思い出し、コミールスは少女に分からない程度に口角をあげた。
「勇者じゃなかったんですか」
「何だ、会いたいのか?」
「い、いえ、そういう訳じゃないんですけど…何か気になっちゃって」
少女は俯きながら、申し訳なさそうに言う。
「あの兄妹は今厳しい訓練を受けてるから、それが終わったら会えるんじゃないか?」
コミールスの言葉に、少女はパッと顔を上げて笑った。
そんな少女の頭を撫でながら、コミールスは意地悪な笑みを浮かべる。
「あの兄妹の見目は非常に良かったから、俺様よりあっちが良いとか言い出すかもな」
「そんな事、絶対にありません!わたしが好きなのは、コミールス様だけです」
「くくくっ、冗談だ。そんなに怒るなよ」
毛を逆立てた猫の様に怒る少女をなだめながら、コミールスは笑い続ける。
その態度に頬を膨らませる少女と、笑いながら謝るコミールスの散歩は続く。
そしてもうすぐ宮殿と言うところで、コミールスが立ち止まった。少女もつられて止まる。
「親父殿から魔族の動向について色々聞いたんだが、近々戦になりそうだ。俺様も戦場に出るが、背中を任せられるのはサキだけだ。一緒に来てくれるな?」
真剣な顔で少女を見つめ、彼女を戦場へと誘う。
少女も真剣な顔で見つめ返し、コクリと頷く。
「コミールス様の為ならたとえ相手が魔王でも、わたしは戦いを挑みます。背中は任せて下さい、必ず守りますから」
「すまない。可愛いお前を戦場に出すのは、俺様としても辛い。だが我が国の為に、いや俺様の為に力を貸してくれ、俺様の愛しい戦乙女」
少女の頬に手を添え、額に軽くキスを落とし抱きしめる。少女はうっとりとコミールスの胸に身を預けた。
少女の事を愛しいと言い、抱きしめるコミールスの顔に浮かぶのは満足げな笑み。
彼女を〈利用できる物〉としてしか見ていない、冷たい笑みだった。
更新遅くなってしまいました。
これから、定期更新が難しくなりそうです。
でも頑張って更新しますので、よろしくお願いします。




