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 初日は特に何も問題は起きなかった。

  

 生徒会長の渋谷先輩に呼ばれて生徒会室へ行ってみれば、そこには副会長さんの女性の先輩と書記の男性の先輩の二人もいて、いろいろな話をしながら一緒にお弁当を食べた。 

 みなさん本当にこの学校のことがお好きみたいで、あれやこれや校内の観光スポット的なところも、色々な歴史にも触れながら説明してくれた。それが本当に面白くて、ついお喋りがすぎて校内を回る時間はあまりとれなかったのだけど。

 それからしばらく、私はお昼は生徒会室で食べるようになった。

 やっぱりみなさん色々な経験をされているからか、話し方も上手だし次から次に話題が飛び出してきてそれが本当に楽しかったから。

 とくに渋谷先輩は面白かった。読者モデル関係のはなしなんて、なんの取り柄もない私には全くの未知の世界の話で、有名なデザイナーさんとか、スタイリストさんとか、カメラマンさんとか、本当にたくさんの著名なお知り合いがいるとのことだった。

 だから、私は彼の誘いを快諾した。

 

「今度の日曜日に、雑誌のグラビアの撮影があるから、もしよかったら見学においでよ」


 こんな経験そうそう出来るわけでもないしね。私はプロの人たちがどんなことをするのか今から楽しみで楽しみで仕方が無かった。


 そしてそんな週末をむかえての金曜日の放課後、私はウキウキしながらあさみんとふたりで並んで駅を目指して歩いた。


「本当に楽しみだよー。どんなふうに撮影するのかな? 渋谷先輩どんな格好するのかな!」


「ええー? いいなー、私も行きたかったなー」


「ごめんね、今回は一人だけなんだって。あさみんはまた次回に期待だね」


「ぶー、なんかずるいよ!! 確かになでこ超可愛いけどさ? それってなんかすっごい不公平」


「なーに言ってんだか? 私が可愛いわけないでしょ」


 そんな風に冗談を言い合いながら、そうしながらも私は見たこともないその情景に想いを馳せてかなり浮かれていたんだ。そんな時だった。


「撫子、ちょっと」


「え?」


 唐突に名前を呼ばれて振り返れば、そこにはあの適当に髪の毛を伸ばしたままの表情の乏しい南方君の顔。

 私は急に呼び捨てにされたこともあって少し気分が悪かったけれど、普段ほとんどしゃべらない彼が急に声をかけてきたことが気になって、多分表情は不機嫌であったろうけどそのまま彼に返した。


「なあに? 南方君。何か用?」


 そう聞いてみれば、彼はちらちらとあさみんの方を覗うばかりで声を出さなかった。彼女を見れば、少し気まずそうに顔を逸らす仕草をしてはいるけど、この後一緒に買い物に行こうと約束してもいるのですぐに別れることも出来ずに手持ち無沙汰になってしまっていた。

 私はそんなあさみんに声をかける。


「ごめんね。少しだけ待っててくれる?」


「うん、いいよ」


 彼女はそう言うと、近くの車のディーラーの建物の壁に寄り掛かるようにしてスマホを取り出してその画面を見始めた。

 私はそれを見てから彼へと言った。


「なんの用?」


 そう少しつっけんどんな感じに聞いてみれば、彼はその髪の毛に指を差し入れてぽりぽりと掻き始める。そのもったりとした仕草にすこし苛立ちを覚え始めたあたりで、彼が口を開いた。


「お前、変わったな?」


「え?」


 突然そう言われて私は思わず息を飲む。

 この人、やっぱりわたしのこと知ってるんだ。でも……誰? ううん、違うか、私はあの頃有名だったもの。あの頃の私を知っていれば今の私の変わりようは間違いなく異常に思えるはず。

 そうか、だからこの人、私に何も話しかけなかったんだ。

 私の正体を知っているから、こんな『気持ち悪い女』とは口もききたくないって、そう思ったんだ。うん、きっとそうだ。

 それが頭に思い浮かび、同時に私はあの頃の陰惨で、悲しすぎた自分の境遇を思い出す。そして同時に酷い眩暈に襲われた。もうすっかり忘れたと思っていたのに、私にはやっぱりあの時のトラウマは大きすぎた。

 泣きそうになりながらも私はそれに必死に耐えて、なんとか声を出した。


「あなたは何が望みなの?」


「ん?」


 そう問えば、今度は彼が不可解だとでも言わんばかりの顔に変わった。眉間にしわを寄せて私を見つめ返してくるし。


「言っている意味が良く分からんが?」


「分からないって……だったらなんで『変わったな』なんて言ったの? あなたは私の秘密を知ってる。だからそれを暴露するって脅そうとしているってことでしょ? い、いいわよ、なんでも言うことを聞いてあげる。だからその代り、私の話は誰にもしないで」


 そう一気に私は言い切った。

 もうこれしかない。こうするしか私には道がない。そう思えたから。

 せっかく全日制の高校にも編入できた。友達だってできた。それに、ひょっとしたら恋人だって……

 そう、私はずっと憧れていたの。普通に生活して、普通に恋をして、そんな生活に……

 だから今の全てを私は失いたくなかった。そのためならなんだって……なんだって!

 決死の覚悟で言った私の前で彼はまだ首を捻っていた。そして……


「良く分からんが、了解した。お前のことは誰にも言わない」


 その言葉にホッと安堵すると同時に、いったい彼がどんな要求を突き付けてくるのかと気になって私は息を飲んで彼を見つめた。


「それで……私は何をすればいいの?」


「何とは?」


 この期に及んで彼はまだとぼけるし。この人、私からむしり取れるだけむしり取ろうとか、最大限の脅しをかけようとか、そんなことを考えているのでは? ま、まさかひょっとしてエッチな要求とかも。

 それを思って怯えていたそこへ、彼は言った。


「何のことか本当に分からないが、何でも俺の言うことを聞いてくれるというのなら……」


 きたーーーーー。い、いったいなにを言う気なの? お、お願い変なお願いはしないで。

 そう心で願いながら彼の言葉を待つと……


「なら、今度の日曜日の夕方でいい、俺と一緒に多摩川に行ってくれ」


「へ? た、多摩川?」


 予想の斜め上の答えに私は思わず彼の言葉を繰り返してしまう。そして思案もままならないままに声に出した。


「え、えと……た、多摩川って、あの多摩川だよね? おっきな川のあの多摩川」


「ああ、そうだ」


「それだけ?」


「それだけだ」


 最早オウム返ししか出来ないそれに、本当に私の思考は追いつかなかった。いったい多摩川に何があるというの? 日曜日でも夕方と言ったら河川敷は人も多いし、何をするにしたって人目があるし。

 それに川沿いにはお店だってそんなにないし、ただ行ったってやることは限られるし、あれとあれとあれくらい?

 そんな風に私が悩んでいると、彼が口を開いた。


「あの渋谷って生徒会長には気をつけろよ。俺はそれが言いたかっただけだ」


「え? それはどういう」


「話は以上だ。良く分からんが約束はしたのだから日曜日、忘れるなよ? ではな」


「え? え? ちょっと……」


 南方君は言うだけ言うとバッグを肩に担いでスタスタと駅の方へと大股で歩き始めた。

 途中であさみんを通り越したけど、まったく振り返らずにあっという間にその姿が消える。私はただ茫然とそれを見ていたのだけど、それに気が付いたあさみんが小走りに駆け寄ってきて私を覗き見た。


「なでこだいじょうぶ? 顔色悪いよ?『ナンポ―』になんか言われたの?」


「ナンポ―?」


「うん。南方だからナンポ―、みんなそう呼んでるよ? でさ、なんかさ、ナンポ―ってずっと勉強してるし、全然喋んないし、何考えてるかわからないじゃん? だからみんな怖がっちゃってさ、あいつずっとボッチなんだ」


「そう……なんだ?」


 あさみんにそう言われたけど、結構いろいろ喋ってたよね今。でもあれはなんだったんだろう? 私を脅していたにしては随分と呑気な話をしていたような気がする。


「ねえねえ、ナンポ―になんて言われたの?」


 あさみんがそう興味津々に聞いてくるので、とりあえず正直に答えた。言えるところだけ。


「ええと……渋谷先輩に気を付けろ……って? それと、今度の日曜日の午後に一緒に多摩川に行こうって」


「え? え? えええ?」


 あさみんは目をきらっきらさせて私へとにじり寄ってきた。近い……本当に近いよ、顔。

 思わず仰け反った私に彼女は……


「ねえねえ、それってさ、渋谷先輩になでこ盗られちゃうと思って焼きもち妬いてるんじゃないの? それでさ、夕方の多摩川で、二人でお散歩デートしてさ、それで、告白とかっ!! ぷぷ、しちゃうつもりなんじゃないの? 彼!!」


「えええっ!? ま、まさか……」


 急にそんなことを言われて思わず顔が熱くなる。あ、あれ? なんかこの展開って、恋愛ドラマとかでよくある感じのような……え、え? ま、まさか。


「そ、そんなわけないよ。私渋谷先輩とはなんでもないし、南方君のことだって何にも知らない……」


『お前、変わったな?』


 唐突に先ほど言われたことが思い起こされて、今度はなんだか胸が高鳴ったような気がした。

 南方君は私のことを知っている。それに私もなんとなく彼のことは知っているような気がしていたんだ。

 やっぱり私たちはどこかで出会って……?

 ど、どうしよう……これって、いよいよ恋愛ドラマとかラブコメとかの展開なんじゃ?


「……ーい、おーい、なでこ? おーい?」


 頬をつんつんとあさみんに突っつかれて思わず飛び上がった。あ、あれ、私今何して?

 彼女はニヤニヤしながら私を見た。


「今なんだかポケーっとしてたよ? なんだかまんざらでもないって感じだねえ」


「そ、そんなことないよ!!」


 にひひと笑っているあさみんは私に小声で囁いた。


「ナンポ―ってさ、不愛想だし髪の毛ぼさぼさで何考えてるか分からないけど、実は結構イケメンって噂なんだよね。気になってる子結構いるし」


「ええっ!? そ、そうなの?」


「うん。声はかけられないけど、なんていうか彼ストイックな感じじゃん? そこがいいみたい。私には全くわかんないけどねー」


 けらけらとおかしそうに笑いながらそう話すあさみんに、私はドキドキしつつ彼の横顔を思い出していた。

 髪の毛とか伸ばし放題だし見た目暗そうだけど、目鼻立ちとかすっきりしてるし背も高くて確かに身だしなみを整えたらカッコいいのかも?

 え? 本当に彼は私に興味ある……とか? え? ほんと、どうしよう。

 それから先、急に湧いた南方君カッコいい説のせいか、私の頭の中はどうしようもないくらいお花畑になっていた。そしてそのふわふわしたままであさみんと出かけて……

 結局私はそれから先の彼女の話のほとんどを覚えていなかった。


 その日私は布団の中で枕を抱きかかえたまま悶絶しまくっていた。


 ど、どうしよう……あさみんの言う通りなら、私ってば今渋谷先輩と南方君の二人に想われてるってことになるよね? そ、そんな恋愛物のヒロインみたいな感じになってるってこと? この私が?


「むふ……、むふふふふ……」


 枕に顔を押し付けてそんな変な笑いがこみあげてきてしまった。そして、そんな風になっている自分が凄く気持ち悪いなと思いながらも、でもそう思えたことがうれし過ぎてそれに耐えられなくて……

 30分くらいはそうしていたと思う。

 ひたすらに恋愛ドラマのヒロインのように告白されるシーンが頭に浮かんで、どうしようどうしようとひたすらに悶えて、そのまま力尽きた。


「はあ……」


 大きくため息をついてベッドの上に大の字になって天井を見上げた。そうしたらなんだか少し落ち着いて……

 それで冷めた頭で自分に向かって言っていた。


「そんなわけないじゃない」


 それが私にとっての当たり前だった。

 あれだけみんなに気持ち悪がられたのだもの。今回だってきっとそうなるに決まってる。自分が普通じゃないってことは痛いほどわかっているのだもの。

 さっきまであんなに悶えていたことがまるで映画か何かを見ていたかのように現実味が無くて、バカだなあと自分を嗜める気力さえ起きなかった。


 こんな私を好きになってくれる人が本当にいるのかな……


 そう思いながら、部屋の一角にきっちりと整理して並べた、たくさんの本や円盤を眺め見た。

 この2年間、私を励まし続けてくれた宝物たち……

 引きこもって絶望して死にたくなっていた私に力をくれたのは、たくさんの恋愛の物語だった。ドラマでもバラエティでもアニメでもマンガでも小説でも……

 恋をして勇気をもらったヒロインたちは本当に素敵だった。

 私も恋をしてみたい。恋をして新しい自分に変わってみたい。

 誰にも認められない自分を、自分で殺して死んだように生きていくことを止めたかった。私は変わりたかったんだもの。


『お前、変わったな』


 でもね……


 変われないこともやっぱりあるんだよ……


 南方君の言葉を思い出しながら、私はくっと唇を噛んだ。



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