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「じゃあ、堤さんは悪いけど一番後ろに用意した机に着いてくれるかしら?【南方】君。あなた隣だから、堤さんを色々助けてあげてね」
そう先生に言われ教室の奥へと視線を向けてみると、窓際の最後列に誰も座っていない机が。
そしてその脇の机の髪の毛がぼさぼさの男子が、のんびりした動作で顔をあげて『はい』とひとつ返事をした。
あれ? あの人ひょっとして朝駅のホームにいた……
でも……あれ? 私その前にも会ったことがあるような……
私はそんな既視感を覚えつつ席へとむかう。みんなの和やかな視線を受けつつ歩くのはなんともこそばゆかったけれど、穏やかに迎え入れてくれていることが分かって、なんだかすごく嬉しかった。
そして席に着く前に、例の隣の彼……たしか南方君に小声で挨拶。
「わたし、堤撫子です。これからよろしくね」
「ああ……」
彼はこっちも見ずにそれだけ言うと、そのまま教科書を見ながらノートにペンを走らせ始めた。
ええと、これはあれだよね?
む、無視?
あれ? いきなり私無視されちゃったの? ど、どうしよ……
そう思いかけていたら、前の席の女の子がくるりと振り向いてきた。
「私【仙川あさみ】ね。よろしくね、堤さん!」
「よろしく」
そう言うと、こんどは斜め前の男子。
「俺は【北野亨】。困ったらなんでも言ってくれよ」
彼は鼻を擦りながら私へと視線を向けてきていた。結構気を使ってくれてるみたいだ。
「ありがとう」
「うへ、うへへへ」
「ちょっと北野ッチなに照れてんの? マジキモいんだけど」
「なっ!! 仙川っ‼ キモい言うなキモいって」
「堤さんが可愛いからって、いきなりデレってなるのマジキモいから! キモ男はお呼びじゃないよ、シッシッ」
「にゃ、にゃにお~~!? 言わせておけばこのちんちくりんが!! 俺のどこがキモいっていうんだよ!!」
「ちんちく……!? そ、そういうとこでしょ、このバカっ!! キモ男はキモ男らしくおとなしくしてなさいよ!!」
「あは、あははははは、ふたりとも、仲良く……」
いきなり言い合いが始まって私も慌てちゃったけど、すぐに先生が気がついて二人を叱りつけた。
なんだか私に原因があるみたいで申し訳ない思い一杯だったけど、二人は気にしないでねとか笑顔で言ってくれるし、本当に優しくて私の方が辛くなっちゃったよ。
でも、その後は特になにも無く過ごすことが出来た。
こうやって同い年の同級生に囲まれての授業も、久しぶりではあったけど特に問題はなかったし、休み時間も私の回りにたくさんクラスメートが集まってくれて、定時制の授業のことを聞かれたり、テレビのこととか趣味のこととか、私は答えられる限り答えた。
そう、特に問題はなかったの。だって私は今日この日のために本当に一生懸命に準備してきたのだから。
みんなとの会話も弾んでいたし、これはまず第一段階はクリアーかな? そう思っていた時のことだった。
「こんにちは? 堤さんって子……いる?」
休み時間にみんなと話していたところで、そんな声が教室の後ろの方から聞こえ、みんなで一斉にそっちを見た。
すると、そこには背がスラリと高い、優しい風貌の男子生徒の姿が。
「あー、渋谷先輩!!」「どうしたんですかー!!」
彼の姿を認めたクラスの女の子達が数人で駆け寄っていく。そして、彼の周りに集まって何か楽しそうに会話を始めていたのだけれど……
「えーと、だれ?」
そう、前の机の仙川さんに声をかけてみれば、彼女は困ったような顔で答えてくれた。
「生徒会長の渋谷先輩だよ。すっごいカッコいいでしょ?それにとっても優しいの。雑誌の読モもやってるんだよ」
「『どくも』……って、読者モデル!? な、なんかすごいね」
「ね! だから女の子達に大人気なんだよね。あーあ、堤さんが先に目をつけられちゃったか? 玉の輿玉の輿!! いいなぁ」
「え? それはどういう……」
そう聞き返そうとしたところで、私のすぐ前に人影が。
見上げてみれば、そこには爽やかに頬えむ渋谷先輩の姿が。彼は軽く会釈をしてから私へと話しかけてきた。
「君が堤さん? 初めまして、僕はこの学校の生徒会長を務めさせてもらっている【渋谷】です。実は先生方から君を連れて校内を案内するように言われていてね、昼休みに30分くらい時間を貰えないかな? なに、そんなに手間は取らせないよ」
そう気さくに話しかけてくれる様はまさに王子様で、私はとんでもなく緊張してしまっていたのだけれど、そこはなんとか頑張って声を出した。
「い、いえ……、せ、先輩に御迷惑をおかけするわけにはいかないです。私は自分でなんとかしますから」
そう頑張って言ったのだけれど、彼は軽く微笑んで返してきた。
「それだと僕が先生に怒られてしまうんだよ。だから本当に申し訳ないけど今日は我慢して生徒会室に来てくれないかな? どう?」
そう聞かれ、もうこれ以上断わる理由も見当たらなかったので私は頷いた。
「は、はい」
「オーケー。じゃあ、12時にね。そうそう、お弁当ももっておいで? その方が時間のロスが少ないから」
彼はそれだけ言うと、サッと教室を後にした。
私は……
ずっとぎゅっと握り込んでい両掌を開いてみた。もうそこは汗でぐっしょり。うっわー、めっちゃ緊張したぁ。いきなり生徒会長とかって言われても何話していいか全然わかんないよ。
で、でも……読モもやってる人かぁ。やっぱり凄いイケメンでカッコ良かった。みんながきゃいきゃい言うのも分かるよ。でも、この後また会えるのか。
ふふ、どうしよう、ひょっとして本当に脈があったりして……
「ねえねえなにニヤついてるの堤さん? 会長カッコよすぎて好きになっちゃったとか?」
「ち、違う違う、な、なんでもないなんでもないよ」
内心でそんなことを考えていたところに仙川さんに突っ込まれて思わず胡麻化した。いやぁ、さすがに私みたいな芋芋した女子にイケメンさんが声を掛けたりはしないでしょ。自分なりには頑張って良く見せようってはしているけど、クラスの子達だってみんなめっちゃ可愛いしね。
過度な期待は禁物禁物!! っと。
「あははははは……」
「何急に笑い出したの? あ、それよりさ、私のことはあさみって呼んでよ。その方が仲良さそうでしょ?」
「あ、じゃあ、私のことは撫子って呼んで。私もその方がうれしいし」
「うん、いいよ。撫子」
「なあに? あさみん?」
「あ、あだ名に進化した!! やるな! なでこ!!」
「なんかこっちは退化してるよ」
「じゃあさじゃあさ、俺のことはトールって呼んでよ」
「北野ッチは北野ッチでいいの!! お呼びじゃないんだから急に出てくるなっ!!」
「ひでぇっ!!」
「あはは」
嬉しい、本当に嬉しいな。
友達とまたこうして笑顔で話せる日が来るなんて夢にも思わなかった。楽しくて、楽しすぎて本当に夢の様……
順調だった。怖いと思っていたことが嘘みたいに本当に順調に私の高校生活はスタートできた。
これでもう私は普通なんだ。
これで私も普通に女子高生をやって、普通に友達と遊んで、普通に恋とかもできるんだ。
それが今はただ、嬉しくてたまらなかった。
そう思ったその時、ふと視線を感じて顔を上げてみれば、隣の席の南方君と目が合った。
彼は表情の乏しいその顔でただじっと私のことを見ていた。
あれ? こういうふうに顔を合わせたの多分初めてなのに、なんでだろう、私彼のことを知っている気がする……だれ……だっけ?
そう考えつつ見つめ返していたら、彼は途端にふいっと視線を逸らしてしまった。そして再びノートとテキストへと視線を落とした。
すぐにあさみんや他の子達が集まってきて色々話しかけられたから、私の意識もそっちへと移った。
でも、なんとなく先ほどの彼の視線が頭に残り、それが私の心を妙にざわつかせた。
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