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「えっ、わああっ!」
「えええっ、そんなぁ」
真はその手を振りほどいた。
細く白いきれいな手が、いきなり僕の手を取った時に起きた大袈裟なリアクションに自分でも驚いた。
でも、仕方ない。女子との付き合いは、半年前にしなと固く心に誓った苦い思い出のためだ。
「酷いなぁ! 夜に女子と歩くときの常識でしょう」
隣を歩く細い人影がしきりと文句を言ってくる。
普段なら、女子にも容赦なく、一言ウザいと言うのだが、この子にはそれが言えないのが、少し歯痒い。
こんなに早々、二人で帰ることになるなんて、全く予想などしていなかった。しかも、手まで握るとは約束と違うし、そんな経験値は持ち合わせていない。
だから、俺のリアクションは仕方ないものだと自分の心の中で繰り返す。
「はい、どうですか?」
ニヤニヤしながら、手を差し出す美鈴。
細い指、そして小さな手、ううっ……これに触れるのか。いや、彼女ではないから、そこまでする必要はないだろう。ここは断固として断るべきだ。
決心が固まった瞬間に、まさかの不意打ちだった。
美鈴は無言のまま、俺の手をスッと握り、歩き出す。
「ほら、暖かいでしょう」
「い、いや、これっておかしくないか?」
「えっ、私は、まこちゃんの彼女でしょう。叔母さまからのお願いで私は了解してるし、まこちゃんは嫌なの?」
「あっ、あれは、かーちゃんの悪戯だし、お前がそんなことを守る必要はないよ。しかも、お前の彼氏に見られたらどうするの?」
「えっ、私は叔母さまの悪戯とは思ってないし、可能な限り、叔母さまの願いを叶えたいと思っているんだ。それに彼氏なんていません。彼氏はあなたでしょう。もし、いい人がいるのなら、身を引くから遠慮なく言ってくれたらいいからね」
そう言ったと思ったら、美鈴の手は指を互い違いに握り直して、力を込めた。
えええ……っ。
なにこれ、美鈴と付き合うなんて、いまの俺には無理ゲーだよ。
「誰もそんな奴はいないし、美鈴はどうして付き合わないの? お前なら、落ちない奴はいないだろ」
「あっ、誰もいないわけね。なら、私が手を繋いでも大丈夫だね。それと、気になる人は昔からいたけど、どうも、人が嫌いみたいだから、少しずつ頑張るだけかな」
「そっか、なら頑張れよ。その時は、かーちゃんの願いなんて無視していいし、俺も応援する」
「……そう、なんだ」
それから、家に着くまで美鈴は話もせずに黙々と歩いた。なんか、気に障ったのかな?
少し心配になってきた。
筑紫駅の構内を抜けると、高い高層マンションが見えてきた。そこの最上階が美鈴の家であり、俺の家もある。祖父が、母に与えてくれた家だ。
エントランスに入って、カードキーをセンサーにかざすとエレベーターホールの扉が開く。
そのまま二人で乗り込むと、みるみるうちにエレベーターは、最上階までたどり着いた。
エレベーターからの景色は、夜のネオンが綺麗に見えるが、本音でいうと、あまり好きではない。
高所恐怖症とは、かなり損な生き物だとしみじみ思う。
ここまで来て、美鈴から自然に手を離された。
そして、いままでずっと手を繋いでいたのだと意識したら、急に胸がドキドキしてしまう。
「夕飯は?」
「……」
「ご飯は、どうするの?」
軽く睨んでいる美鈴、胸のドキドキでで話どころではなかった。
「あっ、ごめん。なんか作るから大丈夫」
「そう。なら、ここで。さようなら」
「あっ、バイバイ」
美鈴は、こちらを見ることなく、カードキーで玄関ドアを開け、その中に消えて行った。
……なんか、間違えたのだろうか?
色々と考えながら、自分家の前に立つと、美鈴と同じように玄関を開け、自室に向かった。
モノトーンの部屋には、柔らかな感じはしない。
はぁ、と溜息を吐きながらベッドに座ると、メールの着信音が鳴った。その差出人はやはり美鈴だと確認すると、メールに目を通さず、背後にスマホを放り投げた。
メールの内容は読まないでもわかる。
ご飯を食べに来い、という内容だ。
そのままベッドに仰向けに倒れ込むと、スマホを掴んで、了解とだけ書いて、返信する。
どうも、素直になれない自分に苛立ちを覚えながら、軽く目を瞑った。