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ソウセキ2017  作者: 多田野 水鏡
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二人だけでも姦しい

部活かぁ……。やっぱり学生生活の華ですよね。中学時代は部活にろくな思い出がありませんでしたが。どうでもいい? そうですか……。

 翌日から、早速授業が始まった。授業と言っても、今日はオリエンテーションで、本格的に授業らしい授業を行うのは次回かららしい。数学などは、ずっとオリエンテーションだけやって授業をやらなければ良いのに。そういう訳にもいかないという事は分かっているが、数学というものが苦手な人間であるオレは、ついそんな事を願ってしまう。

 昨日の一件から、空樹とは友達になった。とまではいかなかった。しかし、一言挨拶を交わすくらいの仲にはなった。ただ、少しでも距離が近づいてみると、空樹がいかにクラスで孤立しているかがよく分かる。

 はて、昨日一緒に四日市を回った空樹を思い出すと、とても人に嫌われるような奴には見えない。そうなるとアイツ、何か中学時代にやらかしたのだろうか。

 丁度四時限目の日本史が終わったところで、これから昼休みだ。

「桜ぁ、お昼たべよう」

 薄ピンクの小さな包み片手にオレに声をかけてきたのは、いかにも今時の女子高生といった風な短髪の少女、確か名前は二年草柚菜(にねぐさゆな)といったか。コイツも中々可愛い方だとは思うが、桜の方がよっぽど美人だと思うのは、身内びいきという奴だろうか。

 空樹を除いて、クラスメイトで最初にオレに声をかけてきたのがコイツだ。コイツがオレに声をかけてくれなければ、オレはどのグループにも入れず空樹のように孤立していたかもしれない。

 本当は、教室の奥で朝の特撮番組の話で盛り上がっているいかにも根暗そうな男子グループに混ざりたかった。しかし、今は女子高生という身の上、同性を無視していきなり異性グループに突っ込んでいくのはあまり良いとは言えないだろう。まずは女子グループの中に籍を入れておきたい。

 オレが引き込まれた女子グループの話を聞いても、てんで内容が分からないし興味も湧かない。とても話についていけたものではない。化粧品やらアイドルやらの話などされても困るが、こういう時に記憶喪失はありがたい。

「へぇ、そんなのがいるんだ」

 と流すことが出来るし、その反応に違和感を持たれない。

「桜、すごい髪綺麗だよねぇ」

 二年草がオレの髪を触りながら何か言ってくる。褒めているのだろうが、別にそんな事で褒められても何も感じない。石鹸は何を使っているのか聞かれたのには参った。家の風呂場に置いてあったものを適当に使っているだけなので、そう答えた。

 ふと気になり横目で見たのだが、空樹は弁当も持たず教室を出て行ってしまった。購買で何か買って食べるのだろうか。一人でどこかで食べるのだろうか。一緒に食べないか、と誘ってやれば良かったが、一応今のオレの立場は記憶喪失の余所者なのだ。そんな奴が勝手なことをして良いものなのだろうか。そう思いながら、やはり後味がよろしくない。

 オレは高校の頃は友達が入っていた部活の部室で一緒に食べさせてもらっていた。おかげで一人で食べるのは免れたが、当時の彼らには、異物と食事をさせて迷惑だっただろう。

「桜はさぁ、部活どうするの?」

 二年草がオレに話を振ってくる。

「特に決めてないかな。まぁ、見学でもして決めようかと」

 それだけ返す。もし入るなら文化系に限る。運動系は中学時代に所属していたが、何しろろくな思い出がない。

 なら一緒に見学しようよ、と二年草が言いだした。どうせやることもないし、家に帰って仁奈と顔を合わせるのは嫌だ。オレは二年草と部活見学の約束をした。


 六時限目が終わり、ホームルームが始まった。谷岡がプリントの束を取り、配るように指示する。オレに回ってきたそのプリントを見ると、芸術教科のアンケートに関する内容だった。谷岡が説明する。

「芸術教科には音楽、美術、書道の三つがあります。その内から一つを選んで、一年間授業を受けてもらいます」

 これは今週の金曜日までに決めて谷岡に紙を提出しないといけないのだそうだ。どうしたものか、と悩む間は実はない。音楽はオレにはできない。書道も経験がない訳ではないが、面倒でやりたくない。準備からして面倒で、字を綺麗に書くという事もオレには面倒に感じる。そして片付けもまた面倒くさい。おまけに上手い事片付けられないと、硯が汚れるは筆は固くなるはの悪循環に陥る。だったらちゃんと片付ければ良いのだが、不精のオレにはそれが難しい。一度嫌悪感を抱くと、それを払拭するのは難しい。金曜までに書道嫌いを治すのは難しかろう。

 そんな訳で、消去法で美術を選ぶ事にした。そう言えば、現役高校時代にも芸術教科は美術を選んでいたような気がする。


 その日の放課後、二年草と一緒に部活見学に向かった。まずは二年草の要望で運動系を見て回る事にした。どうせオレは運動系の部活に入るつもりはないので、ただの見学で済ませるつもりだ。

 野球など一部の運動部は女子部員の募集をしていなかった。ただし、マネージャーとしての募集はあった。二年草はかっこいい人がいたらマネージャーもいいかな、などと言っていたが、オレは使い走りの真似事は御免だ。

 オレは中学時代に運動部を経験していたため、その辛さをよく知っている。だから、運動部には死んでも入部するつもりはなかった。尤も、色々あって途中でやめてしまったので三年間丸々入っていたわけではないのだが。

 二年草は悪くないといった顔で運動部を見ている。男子でも女子でも面倒なことに変わりはない。

「ねぇ、文化系も見てみない?」

 二年草に提案してみる。運動系は見飽きた。わがままを言っている気がするが、二年草の奴は嫌な顔をせずに提案に乗ってくれた。オレに限らず色々な奴と二年草は喋っていたが、それだけ友好関係が広いという事だろう。こういう所がみんなに好かれる所以なのかもしれない。

 それで校舎に戻り、文化系部活を一通り見て回る。吹奏楽部や美術部といったオーソドックスなものから、谷岡に昨日聞いた新聞部、読書部といった変わり種まで中々の品揃えだった。読書部なんてのは悪くないが、オレは読むときは自由に気になった本を読みたいタイプなのだ。部活に入るほどの事はないだろう。 歩き疲れたので、自販機で紙パックのジュースを買って一息つく。残念ながら、炭酸なんて気の利いた飲み物はなかった。田舎の高校なら田舎だから、で済むが、都会の、それも東京の高校でも用意してくれないとは。まぁ、校内ではそれほど需要が無いのかもしれない。

「色々あったねぇ、どうする?」

 二年草が聞いてくるので、どうするかなぁ、とため息混じりに返す。 

 オレは、高校では部活に入らなかった。中学の部活でろくな目に合わなかったため、どうせ高校も似たようなものだと諦めていた。その後気を変えて大学ではサークルに入ってみた。まぁ楽しいことは楽しかったが、そこがオレの居場所になったか、と言うとそうでもない。

 こんなに迷うくらいなら、いっそ部活動に入らなくても、という考えが頭をよぎった。しかし、それでは高校時代の二の舞でしかない。

『部活っていうのは、学生生活を飾る華なんだから』

 昨日の母親の言葉が、オレを励ますように頭によみがえる。華がない高校生活を送ってきたオレとしては、どうせ再び高校生をやれるのならその華という奴が欲しくなる。

 今度こそ、この人生でこそ居場所を得たいと思ったオレはすぐに後ろ向きな考えを掻き消した。といって今すぐ何に入りたいという部活は見つからなかった。

 そういえば、空樹の奴はどの部活に入ったのだろうか。多分剣道部だろう、とも思ったが、この学校には確か剣道部はなかったはずだ。別に空樹を悪く言うつもりはないが、空樹が剣道部以外の部活に入って活躍しているイメージが浮かばない。

 なんて人の事を心配している場合ではない。オレはどうするか。紙パックのストローから口を離し、ため息を一つ。

ところで姦しいってどういう意味なんですかね?

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